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短編小説☆しがないフランス人、ホテルのフロントにて

 愛とは、、とか考えるのがめっちゃ苦手である。
 以下、彼の言葉、体験を日本語に翻訳したものである。
 私はしがないフランス人。二年前に日本に来てからずっとホテルのフロントで観光案内等の仕事をしている。昔から日本の文化や習慣、国民性に興味があり、何度も旅行に来ていたが、ついに日本で働く事が叶い、夢の日々である。
 フランスの友人達は人情に熱く、時間を忘れて語り、家族や愛する人と日々愛を育む。私はフランス人の顔をしているが、正直ずっと一人、その国民性に共感出来ずにいた。人と人、間に一枚壁を作り、そこには踏み込まず、常に冷静で物事を俯瞰して見る、そんな社会観を持つ日本人は私の性格にはピッタリだった。無感情は悪い事だと、思わずにいられず、苦しんできた。
「フジイさんってフランス人っぽくないよね」猫田さんは顔の表情を全く崩さず、前を向いたまま横にいる私に話しかけた。
「私もそう思ってきました、日本が肌に合うんです」日本語の表現の豊かさを感じる。正直この手の質問は聞き飽きたので、以前自宅アパートで答えのパターンを沢山書き出し、今日は「肌に合う」という言葉をチョイスした。「感性が合う」「性に合う」「相性が良い」日本語を勉強するのが苦にならないのは、色んな表現を知れば知るほど自由になれるからだと思う。
「フランスは合わなかったの?」猫田さんがどこまで興味があるのかはわからない。この時間はチェックインも少ないためニコニコすることが我々の使命だ。要するに暇だという事だ。
「フランスも好きです、ただ彼らは少し情に熱い。私はどこか欠落してるんですよね。」「ああーなるほど、日本人は冷めてるからね」
「…。」怒らせただろうか?日本人は顔色を全く変えずに怒るから混乱する。いや、彼らは冷静に自分達の存在を理解しているだけなのだからきっと怒ってはない。そもそも猫田さんは怒らない人だ。
 日本人が怒らないのは我慢しているからだと思い込んでいた。武士道のようにそういった感情はグッと抑える鍛錬をしている。つまりどこか「キレたらこわい」と思っていたのだが、最近の若い人たちはそうでもないようだ。そもそもフランス人の私にもイギリス人の彼女にもインド人のあの人にも「全く期待していない」というのが表現として正しいだろう。人に期待しない、ということは何をされたって怒るに値しないという事なのだ。
「日本ってそもそもなんか変よね、うちのホテルなんて人情ゼロでしょ、私たちロボットみたい。」猫田さんは私にというより社会に向けて話しているようだ。
「私は逆にそれが居心地良くてここに来てるんですがね」フランスにいた頃の私は明らかにロボットだった。それが日本に来て人間になれたのだからある意味逆だ。
「私たちの仕事なんていつかロボットに取られるわよ、ていうかなんのために働いてるのかしら、私なんて家に帰って缶ビール飲んで海外ドラマ観て寝るだけで人生楽しんでる気になってるけど、趣味と呼べるものは何もない。てか趣味を見つけたって仕事に繋げたがるのが現代の流行りで、結局それは充実してる感じがするだけっていうか写真に撮ってインスタにアップして満足なのって本当に楽しいの?」猫田さん、多分これはキレてる。わたくしフジイはなんと答えたらよいのかわかりません。にしても表情は依然としてニコニコのままだ。恐るべしこのロボット。
「私は楽しいですよ、インスタはやってないけど休日は簡単に旅行もできるし地下鉄も楽しい。ご飯も美味しいですし。」
「フジイさんはたくさん探してちゃんとここを選んだんだから立派よ、私はずっと流されて生きてるの、、」あーよくない。日本人はすぐ自己嫌悪に陥る。お酒を飲むと手がつけられないタイプだ。こんなに考えたら美味しいご飯も美味しくなくなるし楽しい地下鉄もただの暑苦しい箱になってしまう。
 ちなみに私の名前のフジイというのは日本で使ってるあだ名みたいなもので、藤井風が好きだから付けた。本名は教えても誰も性格に発音できないため、使ってない。
 さっきから目の前のソファにフランス人らしき老夫婦が座っている。というかずっとキスしてるからきっとフランス人だ。日本ではどういうわけか外国人がキスしていても誰も気に留めない。そういうものだ、という目で見ているが私はそういった時少し自分の居場所がわからなくなる。日本人は仲間意識が強いため、私みたいなフランス人顔の人は少し疎外感を感じる。もちろん仲間になりたいわけでもないのだが、受け入れてもらえないのは寂しい。
 恋愛をした事がほとんどない私は家族以外と愛を語り合ったりする機会がなかった。自分は無性愛者ではないと思ってはいるが、年々よくわからなくなってきている。その分日本では挨拶でハグもキスも、このご時世握手もしなくてよいのだからますます人と触れ合う機会が減った。彼女が欲しいとは思わない。ただこうして何十年も愛し合っている老夫婦などを見ると不思議になるものだ。
 それこそ、猫田さんが言ったような「人生の楽しみ」みたいなものを彼らは知っているのだろうか。
「猫田さんは恋愛しないんですか?」気づいたら話しかけていた。こんな質問失礼だろうか?
「めんどくさい。」まさかの即答だった。猫田さんは仕事もできるしとても丁寧に教えてくれる親切な方だ。きっとモテるだろうに、この一言で世の男はバッサリ切られてしまった。恐るべし侍魂。
「私も、恋愛に興味がないので」
「恋愛をすると、自分の大切な時間が減るし感情を持っていかれるとペース乱されてなんかただただダメになるの、向いてないと思う」普段笑顔で丁寧な接客をしている猫田さんからは想像できないほど感情のこもってない言葉、ただ私は本来の猫田さんを見た気がして嬉しくもなった。
「本質は私も似ていると思います、ただワクワクしないので基本そういったお誘いは断ってしまいます」やはりフランス人というだけで寄ってくる女性も少しはいる。いつもそうやってチャンスはしっかり逃してきた。が、私は結構幸せなのだからそれでよい。
「明日蚤の市行きませんか?」唐突に誘ってみた。
「え、行きたい」
 猫田さんとデートすることになった。人間は矛盾する生き物である。

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