短編小説☆スイーツオヤジ#3「カフェオレからカフェラテになった僕」

「いってきます」その一言で僕は孤独を勝ち取る。。
 かっこよく言ってみたが先月会社から解雇を言い渡され途方に暮れ、妻子に言い出せずに勝手に退職してもう何日も経つ。大手IT企業に就職して十五年。気づけば四十になるところ。人生とはそううまくいかないもんだ。
「カラーン」ドアを開けると中は程よく薄暗く、僕の存在を消してくれるような、まるで違う人になったような気分になる。
「いらっしゃいませ。」マスターの優しい声でやっと孤独から解放された。
 勝手に孤独になっておいてなんだが、昼間カラオケやネットカフェで時間を潰し、転職サイトやら美味しいご飯屋なんかを見ては寂しい気持ちになる。孤独は友達、でもやっぱり血の通った友達が欲しい。と、矛盾するのが人間だ。
「カフェオレみたいな中途半端なとにかく真ん中を極めたようなお酒ありますか?」
気づいたら聞いていた。
「面白いこと言うね、色々混ぜてあげよう、お酒強い方?」マスターの笑顔がカワウソみたいだ。
「強くもなく弱くもなくっていう設定で。」

 僕は昔から勉強がそこそこでき、進学校でもトップの成績だったが、正直努力という努力はしてこなかった。毎日家に帰っては空想本を読み、もし自分の部屋の鏡から別次元の世界へ行けたら、、なんて妄想から空想本を自分で書き、全校集会で披露したが誰一人興味を示してくれず、寂しい僕、という僕にまた酔いしれていた。きっと側から見たら変態なんだろうがずっと楽しかった。
 企業に就職した僕、それは自分自身を押し殺し「普通の人」という紙をオデコに貼って生活しているようなものだった。当たり前のことを当たり前にこなす僕はとってもつまらない奴になってしまった。酔いしれるネタもない。息子は学校で「お父さんは普通の会社員」と言っていることだろう。

「普通ってどうやってやるのか忘れてしまって。僕、どうしても変態なんですよ。オフィスに穴掘りたくなったり、会社から家までの間に二世帯住宅は何軒あるか気になったり、そういうの隠すの凄い疲れちゃって。」  ここのバーは僕のありのままを受け入れてくれるような気がして、いつもより喋れた。
「エリートの苦悩だよねぇ、才能に溢れていても発揮できる環境が無きゃ勿体無いな」 マスターはバースプーンを持ったままディズニー映画みたいに魔法をかけるビビデバビデブーみたいになっている。顔はカワウソ。

「ワインおかわり!」横から聞こえてきた。見ると小綺麗な女子力高そうな、あれはしかしおっさんだ。常連のようだ。
「今日は羽ぶりがいいね、お金、貯まってきた、」マスターが嬉しそうだ。
「昨日インスタの広告収入があってさ、現金でくるなんて珍しい。ユーチューブ始めないかって言われてるんだ、困ったよなぁ、本業より稼げそうで。」このおっさんは何をしてる人なんだろう。と思ったらついお金のことを思い出して急に現実に引き戻された。
 僕の妻は陶芸家で稼いでいるとは言い切れないがそこそこお金は持っているはずだ。先日個展を開き、評判が良かったようだが僕と同じで人と喋るのは苦手、いつも貰い物の服なんかを着て美容には無頓着だ。お互い得意と苦手がはっきりしている極端なタイプ。僕が会社をクビになったと話してもふぅん、としか返ってこないだろう。だが僕は言い出せずにいる。このまま僕の変態が加速するとコンクリートジャングル東京に戻れなくなりそうでまずい。息子はまだ小学生でエレベーターとエスカレーターの違いも曖昧だ。

「なんの仕事がいいかはやってみなきゃわからないんだから気にするこたーないけどさ、楽しいことしなよ、それが仕事になる人もいるし、不本意ながら稼げちゃう人もいるし」気づいたらカウンターの奥から話しかけられていた。というかはっ!今の心の声、全部声にしてたらしい。マスターと女子力オヤジがこっちを見て神妙な面持ちになっている。
「俺はただのオヤジだけどさ、インスタグラムに好きなスイーツを載せてたらそれが段々と人々に気に入られて、予想もつかない展開なのよ。」スイーツオヤジが喋る。
「彼はすごいよ、今やフォロワーが何万といるんだ」カワウソが喋る。
「一日中ネカフェにいるならそこで働いたら?バイトもバカになんないよ」
「僕、接客が苦手なんですよ」
「大丈夫、接客って心だから、習得すれば案外楽しいからネ」カワウソ兼マスターの説得力。この人はどこの星から来たのか。まるでアニメから飛び出してきた違う世界の人のようだ。

 僕はこれまでインスタというものを開いたことすらなかった。IT企業に勤めていても正直ネットはよくわからない。ブログもやったことがない。改めて訳がわからない空間だと思う。ただあのオヤジの言葉が何となく残っていた。僕の人生も予想のつかない展開になって、ようやく、人の真似ばかりして普通を演じるのも意味がないのだなと気づいた。なんとなくインスタグラムのアカウントを作ってみた。アカウントを作るのに何時間もかかったが、ようやくスイーツオヤジのページに辿り着きフォローしてみた。キラキラと並べられた写真、美味しそうなスイーツ。気づけば昼間なのに走って家に帰り妻に見せていた「見てみて!」
 妻は「はにゃ?!」という顔になっていたが「美味しそう!あんたインスタやるようになったん」と少し女子の表情になった。
 美味しそうなものを見て、なんとなくコンビニに寄るのが楽しみになった。
 最近はカフェオレとは別にカフェラテというエスプレッソとミルク、苦味と甘味、対極な二つを合わせて綺麗な絵を描くという素敵な飲み物を知ってハマっている。
 「俺たち夫婦はカフェラテだな」なんて上手いことを言ったりしたり、妻の作った器で美味しい味噌汁を作ってインスタに上げたりしている。妻は「頭がおかしくなったかも」と心配していたが、バーのマスターには「芽が出たね!」なんて嬉しい言葉をもらった。

「カラーン」今日はずっと練習していたスキップが少しできるようになった。
「センブリ茶ってあります?」
「君も極端だね」

 それから僕が地質調査技士として再びデビューするのは少し先の話である。

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