短編小説☆宇宙一ありそうな夜

 想像してみて欲しい。これは実際にあった星の実際に起きた事実である。
 
 その夜は唐突にやってきた。ハーブティーにアロマ、夜のストレッチをして少し音楽を聴き、いつものように眠りにつこうとウトウトしていた。明日は午後からバイトだからゆっくりでいいが、生活リズムを崩さないよう早めに寝よう。早く起きて明日こそ小説を書こう。ヨシキは薄壁アパート一〇二号室、布団の中で小さくなった。
 街灯が消えたことに気付いたのは二分ほど経った頃。何となく、静かな街。異変を感じた。ふとスマホを開くと沢山の通知。なんだろう。その時はそんなに、深く考えず、そしてスマホのロックを解除した。
『地球が滅亡するらしい』
 あまりにも唐突で現実味が湧かなかった。
 政府も状況を確認中と言って情報は何もない。ただ、世界中の電気が全て消え、原因は不明。地球の温度がどんどん上昇し、このままいくとあと二時間ほどで地球は宇宙の塵となるらしい。
 ヨシキは一瞬わけがわからなかった。寝ぼけていたからだ。どうせ何かの冗談だ。エイプリルフールか?ツイッターの偽情報か?
 彼女のアカネからラインが来た。
『どゆこと?』と一言。
『俺も今知った。寝ようとしてた』
『ほんとに終わるの?!』
『俺の周り特に終わりそうな感じ無いけど』
『でも電気付かないよね?』
『うん、海面が上がってここも海に沈むとかネットに書かれてるけど…』
『やば、ヨシキに本返してない』
『それ今じゃ無くて良いでしょ!』
 アカネもそれなりに動揺している。俺も男らしくしなければ…地球滅亡の瞬間なんて彼女を守らなきゃ男として失格だ。。しかしなんだか怖くなってきた。バイト先の後藤さんに連絡。二個上の先輩。普段から相談に乗ってもらう。
『起きてますか?』一言送るとすぐ既読がついてヨシキは少し安心した。
『起きてる起きてる、やばいね』後藤さんは色んな意味で強い女性だ。昔から格闘技をやっていたこともあり体はがっちりしていてメンタル面も、鍛え上がっている。ただ、負けん気が強くバイト中にお客さんと揉めてしまうという失態を何度か見たことがある。豆腐のように脆い俺のメンタルからすれば羨ましい。とヨシキはいつも思っている。
『あと二時間ってマジなんですかね…』恐る恐る聞いてみた。
『マジかもしれない、今親父が確認したみたいだけど、本当に大変なことになってるらしいよ』後藤さんの父親は警察官だ。彼いわく、関係者たちは原因を探るべく各所走り回っている。何せ電気が付かないのだから電話もテレビも電車も交通整理のための信号も使えない。文字通りその足で走り回っているのだ。唯一スマホは生きている。ただ、ネットも混雑して繋がりにくい。人工衛星が生きてるのはまだ救いだが、電波障害もいずれ起きて、もはや世界は連絡手段を失い、文字通りバラバラの塵になる。
 
 同じアパートの住人の中に知ってる人はいなかった。上京してきて約二年。隣の人の顔も知らない。今になって少し気になった。最後の最後に運命を共にするのは同じアパートの住人くらいかもしれない。ヨシキはアパートごと宇宙に飛ばされることを想像してぞっとした。
 そういえば親兄弟はどうしているだろう。ペットの亀太郎はこのことを知ってるだろうか。親から連絡はない。山口県の山奥に住む家族にはなんとなく関係ないことのように感じるが、一応同じ星だ。連絡してみるか、、いやもし寝ていたら起こすのは悪い。明日も早いだろうし。いやいや明日は来ないかもしれない、このまま寝ていた方が幸せかもしれないし、弟もまだ小さい、この事実を知るのは可哀想だ。
 意外と自分には守るものが多いことに気がついたその矢先、アカネから連絡。
『今から行っていい?』
『良いけど』俺も断る理由が無かった。アロマで部屋はいい香りだし。布団は一つだが今日は掃除もして綺麗だ。せっかく綺麗にしたのにこのまま滅亡するのは勿体無い、とまで考えて…こんなことしてる場合じゃないのに…あぁ…みたいな、もう頭はごちゃごちゃだ。
『どうやって来るの?てか親御さんはどうしてるの?アカネも家にいた方が良いんじゃ無い?』ヨシキが聞くと、
『いや、うちの親気にしてないから、朝になったら元に戻ってるだろうって、寝ちゃった笑』ああ、それが正常だよな…ヨシキは思ったが、自分は人生経験が少ないせいか本当に滅亡するのでは無いかと不安で仕方なかった。アカネが来ると言って少し安心したのは確かだ。
『じゃあ待ってる、自転車だよね?道混んでるだろうから気をつけて来るんだよ』少ししてオッケー!というハートマークのスタンプが来た。アカネとは大学の登山サークルで知り合って、もう二年付き合っている。俺の人生が終わる時はまさにこの人と一緒にいたい。隣の駅に住んでいて自転車で来られる距離だが、街灯も付いてないので心配だ。十分おきに連絡を取り合うことにした。今すぐ電話をかけたい気持ちは抑えて。
 
 後藤正夫は走っていた。
 警察の本部から連絡がありまずは他の職員と連絡手段を確保することを呼びかけねばならないが、どういうわけか警察官には早寝早起きが多い。電話も繋がらないので家の近い職員の家まで走り、そして交通状況などを把握しながら警察署まで。正夫はこれまでに三人の家に行き、起こした。眠りについたばかりの気持ちいい所、最悪の事態だ。だがアドレナリン全開、疲れは吹き飛んで、今は市民を守ることで精一杯だ。一人は他の順路で、もう二人は正夫の真後ろを走っている。
 警察だというのに徒歩だなんて何をしているんだか…という気持ちは抑えて。
 無線の電池が切れるまでは警察官同士連絡が取れる。今のところ政府の情報では国民の混乱は抑えきれず、警察署の前にも人が殺到しているらしい。大変なことになった。誰も予想していないことが、生きていると起こるものだ。
 
 悪魔はリンゴを齧りながら混乱の街を見ていた。後藤正夫という一人の警察官がこれから直面する事態にどう対処するかで、この先地球がどうなるかを決める、と大魔王は言っていた。言っていただけで本当かはわからない。大魔王は気まぐれな人だし。にしても後藤正夫とやらはどこにいるんだ?
 
 アカネがうちに着いた時、ネットニュースでは災害用の伝言ダイヤルや、食糧の準備、避難所の確認など、生きる気満々な情報が出回っており、ヨシキもなんとなく毛布と普段から買い溜めておいたペットボトルの水を押し入れから出してみた。これで助かるのか?終わるなら何もしないで映画でも観ようかな、お菓子が、ないな、コーラも、欲しかった。
「この部屋寒いね」
「暖房も点かないからなぁ」
「なんかお菓子買ってこようか?」アカネも同じことを考えてるようだ。
 と、ふいにラインがきた。『皆大丈夫そ?』バイト先のグループライン。後藤さんからだ。三十人ほどいるバイト達。ヨシキの家の近くに住む人が多いが、皆どうしているだろうか。
『めっちゃこわいんだけど!』
『やばいねーどうなるんだろ』
『やっぱ皆起きてるよね、これ明日バイト行かなくて良いのかな』
『生きてたら行けよ』
『てか皆死ぬってことだよね、会えなくなるね…』
 一旦止まった。
 会えなくなるのか…
 ただのバイト先、されどバイト先。お世話になった先輩や可愛い後輩達、飲みに行ったりもしたし、普段一緒にいるだけあって、かなり仲は深まっている。ヨシキの中ではアカネの次に近い存在たちだった。
『俺、このバイト結構好きだったな』ヨシキは気づいたら送っていた。
 すぐに既読は十以上付き、
『ヨシキやめよって、めっちゃ寂しい!』
『いやいや私も初めて続いたバイトだし感謝してるんだよねぇ』
『これほんとに滅亡回避できないのかな?なんか死にたくなくなってきた』
『だよね』
 どんよりした雰囲気に耐えきれず「アカネ〜」と飛びついた。
「なにさ〜どうしたの急に」アカネはちょっと嬉しそうだ。
「俺やっぱまだ死にたくないな〜温泉旅行もいってないじゃん?」
「そうだよ、二郎系ラーメンも連れてってくれるって言ってたし、ダーツもしたいし麻雀大会も、ふたりでゲートボールやるっていったじゃーん」アカネは半泣きである。
「そんなん言ったっけ?」麻雀のルールはまだ覚えたばかり。「トーナンシャーペーハクハツチュン」たばこの匂いは苦手だ。
 
 さて、後藤正夫は人生最大の試練に直面していた。
 三丁目で起きていた火事の火消しには困難を極めていた。消防車は交通渋滞で来れず、近隣の人々がホースやバケツで火と戦っている状態だった。
「二階に逃げ遅れた子供とお婆さんがいる」そう聞いた時は足がすくんだ。正夫の人生の中で犯人を捕まえることは何度も経験していたが、人を助けるということは数えるほどしかない。火は一階から上がり、今にも二階に燃え移りそうだ。助けに行くなら今しかない。
 
 悪魔は林檎を齧りながら凝視していた。「わ!こんな試練はあかんやつやん!正夫絶対逃げるやん!地球終わりやな。見てられへん!さっさと違う星見に行こかな、大魔王今日何食べるかな、和食か焼肉弁当かカレーかピザで提案してみたけどこの騒ぎじゃウーバー来んかもなぁ、ライン返ってこーへんな、考えとるんかなぁ」
 
 アカネに抱きついた流れで二人はもう裸になっていた。一つの布団の中で小さくなってあたためあう。地球最後の日、かもしれない。まさかの事態に脳は追いつかないが、なんとなく人類の歴史を遡るようないつもと違った刺激があった。死ぬ時は一人だが、死ぬまでは二人でいたい。
 さっきからぽんぽん流れてくるバイト先のラインを二人で見ていた。なんだかぼんやりと星空を見ているみたいだ。
『あと約一時間くらいだよね』
『今までの事を色々思い出すけどもう、あんまり振り返る時間は無さそう』
『ふつうにさ、皆と出会えて良かった、楽しく過ごせたし俺めっちゃラッキーだったな』
『えー全然心の準備できないけど、私も皆大好きだよーありがとう』
『いやいや、これ滅亡しないんじゃない?でも一応サンキューでした』
 アカネが小さな声で言う、
「こういう感じなのかな、滅亡する時って」
 アカネは「泣いてないよ」と言いつつ泣いている。
「大丈夫だよ、俺横にいるし、アカネの横にいれてめっちゃ幸せだし、それで十分で、俺が抱いてるからなんかあっても俺に衝撃がくるからアカネは大丈夫だし。」俺も怖いが、守るものがあると強くなれるとはまさにだ。
「優しい彼氏いて良かったわぁぁ」アカネは本音を言うのが上手である。素直に伝えるのは簡単なことじゃない。さらっと言うアカネの言葉の数々が、俺の気持ちを救ってくれたのは確かだ。
 あと何十分で…本当に滅亡するのだろうか。ネットの情報では依然として確認中というだけだ。海面上昇やら温度上昇やらが本当ならそろそろ起き始めているのではないか。
 
 後藤正夫はフル回転している脳みそを更に回転させ一瞬で答えを出した。
【どうせ皆死ぬ。】
だけどぐっと脳が停止した。自分の娘の顔が浮かんだ。妻の顔が浮かんだ。そして足は前に進んだ。この時正夫が何を思ったのか、どうして行動に移せたのかはもはや解明しきれない。ただ、彼は人間だから、こういった行動にでた。そして人間は時々他人のために選択を間違える。そういう生き物だ。
 
 大魔王からのライン『やっぱ地球はなんか憎めないなぁ』と一言。そして『今日、マック食べたい』
「あーまじか今日マクドかー大魔王まじで」
 綺麗に食べ終わった林檎の芯がぽつんと、ビルの屋上に残っていた。
 
 
 寝てしまったようだ。彼女の泣き声や鼻をすする音でなんとなく今までの緊張がほぐれ、ヨシキはすっと眠りについた。彼女もまだ腕の中にいる。
 
 情報テロのようなものだったらしい。世間を騒がせるためメディアや電気全般がハッキングされ、こんな事態。かなりの損害と人々に精神的ストレスを与え、夜中のうちには収束したようだった。詳しいことはこれからテレビで記者会見があるもよう。
 
 朝から天気が良く、少し寒いが窓を開けてみた。空気を吸い込むと、何もなくて良かったという安堵と、ひどく精神を消耗させられたな、というふたつの気持ち、ふうーーーと長めに、遠くへ吹き飛ばすイメージで息を吐いた。
「アカネ、いつまで寝てるの?」呼んでみる。
「んーあ、あ?あれ?なんもなかったの?!うちら生きてんじゃん!!」
「そうなんだよ」
「なんだよーー心配して損したーー」
「俺もめっちゃ怖かったのになんだよって感じ」アカネはスマホを見て本当に自分が生きてることを確認している。
「あれ、ヨシキも怖かったんじゃん、強がっちゃって」
「彼女の前で強がったっていいじゃん」
「うん、まぁお陰でかなり救われたわヨシキの温もりの安心感半端無いね、さすが私の彼氏!」
 
 テレビでは三丁目の火事で子供二人とお婆さんを助けた警察官の話が流れている。火の中に飛び込み、三人も担いで出てきたのだからヒーローだ。重体だったが、今朝、意識が戻ったらしい。
 昨日は、誰もが一度は滅亡することを考えただろう。いつそれが起こるのかは誰にも分かりっこない。ただ、日常は呆気なく壊れる。そんな単純なことに気付いたならラッキーだ。ヨシキは、なんとなくこれ、神様の仕業なんじゃないかな、と思った。いや普通にテロリストの仕業なんだけどさ。
 ヨシキは今日から人生が変わるような気がした。
 
 

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