見出し画像

食歩記【人は舌のみで味わうにあらず】ー 東京でやっと見つけた大阪の味の「スジ焼き」

「スジ焼」― 東京丸の内・お好み焼 きじ


土台、無理な話だ。
東京で大阪を探そうというのである。
しかも正真正銘の本物でなければならない。
だからこそ、それは難航を極めた。
何度鉄板を前にして首を横に振ったことか。
しかしついに巡り会えたのだ。
これが僕の求めていた本物の大阪だ。
間違いない。
 

お好み焼。
東京生まれの僕も、小さな頃から慣れ親しんできたメニューである。
しかし、本当に美味しいお好み焼きを食べたことがあるか。
そう聞かれると自信がない。  
大阪には二度行った。
一度は仕事、一度は旅行である。
しかしその度に、たこ焼きや串カツ、きつねうどんにうつつを抜かし、お好み焼を口にすることがなかったのである。
本場のお好み焼きを味わいたい。
今更そう願っても、東京で本場大阪の味を求めるなど、そもそも無理筋である。
しかし、と思う。
沢山の大阪人が東京で暮らしている以上、時に本場の味を求めて出向く店がどこかにあるはずである。
大阪人が肩の力を抜いて、故郷の味に心ゆくまで舌鼓を打つ。
そんな店が、必ずこの東京にあるはずである。
そう信じて、今日まで鉄板の海を彷徨ってきたのだ。
 

その店は、東京ど真ん中にあった。
煉瓦作りのJR東京駅から徒歩たったの三分、皇居から五分の位置である。
周りはメガバンク本社やタワーホテルが林立する高層ビル街。
まさに東京の中の東京、という場所だ。
まさかこんな所に本場の大阪があるとは夢にも思っていなかった。
まさに盲点だった。
その店の名前を「きじ」という。
本店は大阪新梅田にある行列店である。
 

お好み焼・きじは商業ビルの地下一階にある。
赤いのれんがよく目立つ店構えである。
晩秋のぬくもりが欲しくなる頃、店を訪ねた。

お店に入ると、一人客だったからだろう、調理場前の鉄板の横たわったカウンター席に通される。
眼の前で、いくつものお好み焼がしゅうしゅうと湯気を上げながら、
その仕上がりを待っている。
上席である。

店内は美味そうなソースの焼けた匂いで満ちている。
隣の若サラリーマンが、慣れた様子で焼きそばとお好み焼をつついている。
おしぼりをくれた店員さんに何かオススメはありますか、と訪ねてみる。
「ネギがお嫌いでなかったら、スジ焼ですね」という。
じゃ、それをお願いします、と即決する。
店員さんが自信を持って勧めるもので、この店の実力がわかる。

注文が決めれば、後は眼の前で開催されているお好み焼きショー見学である。
銀色のボールで生地をざっくりと混ぜる。
それを鉄板に丸く流し、サイコロ大のスジ肉を全面にトッピングして、
しばらく放置。
あざやかな手つきでさっと返して、また放置。
隣に生卵を落として目玉焼きを作り、それをお好みの上にヘラで乗せる。
わざと黄身をつぶしてその上に刷毛でソースをまんべんなく塗る。
刻んだ緑鮮やかなネギを小山になるくらい乗せれば、
スジ焼きの完成である。
 

おまたせしました、目の前の鉄板にスジ焼がヘラに乗ってやって来た。
ふっくらと厚く、美しいお好み焼である。
これが出来上がる過程を最初から見守っていたので、何だか愛おしささえ感じる。
ヘラで四等分する。
その一つを小皿に取り分ける。
そこで気付いた。
おや、やってしまった。
俺としたことが写真を撮る前に取り分けてしまうという凡ミスである。
焼きたてのお好みのかぐわしい香りが、心を急かしたのである。
仕方がない。ここでシャッターチャンスを設ける。

さて、実食である。
そおっと箸を入れる。
柔らかな生地である。
断面から湯気が立ち上る。
頬張る。
熱い。美味い。
スジ肉がカリカリ。
ネギがシャキシャキ。
生地はふんわりとやわらか。
ソースのフルーティーな甘みが、それら全部を包みこんでいる。
口の中でそれぞれがしばし主張し合った後、とろけてなくなっていく。
しかしその後も、口の中には幸せな旨味がこだまの様に留まっている。
これだな。
俺が探していたのは。
まさに本物である。
確信が心の底から湧き上がる。
美味い、美味い。
また一口。
スジ肉の脂が生地に溶け出していて、深い旨味が溶けている。
ネギも爽やかでいい仕事をしている。
さすが、店員さんも勧める一品である。
旨味たっぷりなのに、しつこさが微塵もない。
また一切れ、また一切れと皿に取り分ける。
これなら何枚でも食べられる。
そんな気のする美味さである。


 隣のサラリーマンのお兄さんが「ごちそうさん」、
とカウンター内に声をかける。
「おおきにー」、と店員さんが返す。
見つけた。見つけた。
ここが僕の東京の大阪である。
そして確実にこれから何度も通うことになる店である。
ごっつ美味かった。

お好み焼・きじ、東京でやっと見つけた大阪の味の『スジ焼』、
頂きました。

ごちそう様でした。
 
 

いいなと思ったら応援しよう!