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【創作大賞応募用】(BL)雨さえやさしく 第一話

【あらすじ】

椿はゲイバレを畏れて暮らす地方公務員。
ある日、オープンゲイの婚活コンサルタント、晴臣と街コンを手がけることに。
彼がいると自分もゲイバレしそうで、追い返せないかと画策する。
椿がゲイバレを恐れるのは、大学時代のアウティングのため。
それを知った晴臣は、過去を吹っ切り自分と付き合って欲しいと迫る。
素直になれない椿は突っぱねる。
が、ある日、街で結婚式を挙げるゲイカップルを追い返そうとしている上司に腹が立ち、椿は晴臣の味方となって啖呵を切ってしまう。
椿は、晴臣が母親の言葉に傷つき、地方にやってきたことを知る。
そのおかげで椿にも出会えたと語る晴臣に、椿も過去の傷から踏み出す勇気を得、ふたりは結ばれる。

【キャラクター】

【攻】早坂晴臣(24)
東京からやってきた、ゲイの婚活コンサルタント。自ら広告塔にもなる爽やかなイケメン。椿に対して初手からぐいぐいくる。
屈託のない太陽属性に見えるが、実はベテラン婚活コンサルタントである母の「婚活コンサルタントの息子が結婚できないなんて」という
言葉に傷つき、地方へやってきた。

【受】月森椿(25)
かつての失恋が元で、ゲイバレを恐れてひっそり生きる地方の旧家の出。東京の大学へ進学し、ゲイに偏見のない友人たちとの青春を謳歌していたが、
就活の際に佐久間にアウティングされ、人間不信に。
地元に戻って市役所務めをしている。若手なのでなにかとこき使われる日々。
自分とは正反対のオープンゲイ晴臣をめちゃくちゃ警戒しているのだが、その明るさに嫉妬してもいる。
田舎あるあるで、知らないおばちゃんなどに顔と名前を知られてしまっているため、少しでも顔を隠したくて伊達眼鏡をかけている。

龍介
椿の幼馴染み。堀の観光舟の船頭。「イケメン船頭さん」として観光雑誌にも載る。地元の強豪野球部出身。肩口くらいまでの髪を、後ろでひとつにくくっている。密かに椿のことを想っていて、晴臣を敵視している。

佐久間
椿の大学時代の同級生。椿がゲイだと知っても親しくしてくれていたが、就職時のアピールに使うなどして「悪意なくアウティング」していた。

忍者
 観光の目玉である城の公園にたまに出没する。市の職員が扮しているらしいが、正体は謎とされている。実は椿の父。

【アピールポイント】

 偏見の残る地方都市で暮らす隠れゲイの受が、都会から来たオープンゲイの攻と出会うことで、過去の恋愛の傷から立ち直るお話です。正反対のふたりが、正反対だからこそ出会って恋に落ちていく様子を楽しんでいただきたいです。
 お仕事もの要素もあり、くすっとできる田舎あるあるもあり。城下町、夕日、椿を浮かべたお堀での婚礼舟など、絵になる要素もたっぷりご用意しました。
生きづらさを感じている人の癒やしになればと思って書いています。

【第一話】本編

■場所(地方都市の市役所・観光課の事務所内)

 自席で仕事をする椿。デスクの上のスマホが鳴る。
椿、すうと息を吸う。「無」の表情を作る。
細い黒縁の眼鏡を押し上げ、応答ボタンをタップする。

椿「はい。梓市役所『ご縁巡り課』月森です」

椿〈いっそ冗談であってくれと思うが、正真正銘これがおれの在籍する職場の正式名称だ〉

椿〈東京から飛行機で一時間半、しかし最寄り空港があるのは隣の市になるためそこから一時間に四本の在来線に乗り、下手すると飛行機に乗っていたのと同じだけの時間をかけてやっとたどり着く典型的な地方都市、それがここ梓市だ〉

市役所の窓から、城の天守閣が見える。

椿〈あれが梓市のランドマークであり、貴重な観光収入源でもある梓城。日本国内に現存する十二の天守閣の中で二番目に広く、三番目に高く、五番目に古い。
つまり一番は一個もない〉
 
 デスクの上に、旅行会社のパンフレット。隣の市の神社の写真に、可愛らしいフォントで「縁結びツアー」の文字。と、梓市街コンの地味な企画書。

×  ×  ×

観光課課長「えー、梓市も今年は開府四百年。「縁結び」を前面に押し出してうまいこと若い女性観光客を呼び込んでいる隣市にあやかって――要するにちょっとパクって――「こちらも観光客を取り込んでいこう、今年は開城祭りも盛大にやらなきゃだしね! 記念事業として街コンとかもやっちゃおう! ついては椿君宜しくね! なんてたって若手だし、東京帰りのシチーボーイだから」

×  ×  ×

椿〈という地獄のような理論で三年目の異動と同時に立ち上がったご縁巡り課に配属された〉
 
椿〈だいたい、街コンて。わざわざそうまでして恋愛したいだなんて、がつがつしすぎ。
そもそも恋することになんの障害もないノンケなんだから、手近なところで見繕っとけよ、贅沢に選ぼうとしてんじゃねーよ〉

椿〈そう、俺はゲイだ。それは、こんな、鉄道の駅が完全自動改札化したのも実はほんの数年前みたいな田舎で、死にも等しい十字架〉

×  ×  ×
椿の実家・大きな日本家屋
高校生・詰め襟の椿。正座させられている。
 和服の祖父。いかめしい顔。

祖父「おまえの名前は私がつけた。椿は散るとき首ごとぽろっと落ちる。その様のように潔く、男らしく育てと」
 
椿〈武士か〉
×  ×  ×

×  ×  ×

 親戚が集まっている。「結婚してこそ一人前」「これお見合い写真」などと、まだ高校生の椿に詰め寄っている。

椿〈二十一世紀に、冗談みたいな話だ〉

×  ×  ×

■回想おわり(再び事務所)

晴臣・電話『椿さん?』
 椿、我にかえる。
椿「はい」
晴臣・電話『ああ、切れちゃったかと思った。こっちロビーまで来ました。よろしくお願いします』
 電話ごしにも伝わってくるきらきら爽やかな声に、椿は「無」の顔。
椿〈相変わらずきらめいてんな。死ね〉
椿、嘘くさい笑顔を顔にはりつけて。
椿「――すぐに行きます。では」

■場面転換(同・エレベーターホール)

 なにかの手続きにきたらしい、車椅子の年配女性がエレベーターを待っている。
 椿、その場に立ってエレベーターに乗る気満々な課長たちをちらっと見る。
椿〈――くそ〉
椿「僕、船着き場に連絡してからいきます」
 椿、階段に回って、二段飛ばしで駆け下りる。

■場面転換(同・一階ホール。硝子張り)

 息切れしながら一階にたどりついた椿。エレベーターが到着したところ。素早くロビーにいた晴臣が駆け寄って、後ろ向きだった車椅子をひっぱりだしている。
女性「すみません、有難うございます」
晴臣「いえいえ。あ、そこちょっと段差ありますね。俺ちょっと押しちゃいますね」
椿〈しまった。降りるときのこと考えたら、狭くても一緒に乗り込むのが正解だったのか? そっちのほうがベターだったのか?〉

■場面転換(同・外・玄関ポーチ・数段の階段とスロープ)

晴臣、女性をスロープの下まで送りとどけ、戻ってくる。

晴臣「すみません、お待たせしました」

課長「早坂君、さっそく馴染んでるねえ。生まれたときから住んでるみたいじゃない」

晴臣「いえいえ、こちらの方がみなさんやさしいからですよ。――じゃ、行きましょうか、椿さん」
晴臣、わざわざ椿のほうに向きなおって笑顔で促す。

同僚「早坂君ほんと惜しいわあ。うちの姉のところにちょうど頃合いの娘がいるんだけどなあ」

晴臣「僕も残念です。――なんて」
 晴臣いたずらっぽく肩をそびやかす。

同僚「あー、その爽やかな笑顔。ねえ、ほんとにゲイなの? もったいない」
 
椿〈そう、今年観光協会の職員になったこいつ、早坂晴臣は、オープンゲイなのだ〉

 歩き出す一同。椿、じと目で晴臣を睨みながら一番最後についていく。
椿〈家賃を無償にするかわり少なくとも数年はこちらに住んでくれて、あわよくばずっと住んでくれる街コンに詳しいIターン人材なんて、無茶な条件に当てはまる奴、いるか? ふつう〉

椿〈なにか企んでるんじゃないのか。もしくはなにか問題を起こして逃げてきた、とか?〉

椿〈大人だから、仕事の場であからさまに態度に出そうとは思わないけど、といかく隣の市のおこぼれで街コンなんて、さっさと終わって欲しい。
 赤字はそこそこにとどめつつ、二回目を開催するモチベーションは上がらない程度の結果に終わって欲しい。
 その結果を受けて、さっさと東京に帰って欲しい。
 万が一にも成功して、来年もやろう、いや年に数回やろう、なんて言われたら死んでしまう。俺の心が〉
 
晴臣が椿の視線に気がつき、微笑みかけてくる。恐ろしいほどきらきらした笑顔。
椿は信号を見上げるふりで目をそらし、眼鏡を押し上げる。

 椿〈なにを企んでるのか知らないけど、だまされないぞ、俺は。……東京から来た男なんかに〉

■場面転換(城の周りの堀。船着き場。小舟が十艘ほど並んでいる)

船着き場で待機していた龍介。

晴臣「岡さん、今日はお世話になります。岡さんと椿さんは同級生なんですよね」

龍介「中学まで。俺が野球で忙しくなるまでは毎日のように遊んでた。高校は寮のある男子校へ進学して、椿は高校出たあとは東京で。こっちに戻ってからばったり会って。今はたまにメシ喰いに行ったりしてる。こいつ、ほっとくと乾パンと水だけで済ませたりするからな」
晴臣「かん、ぱん?」
 晴臣、呆気にとられた顔で。

晴臣「嘘ですよね?」

龍介「嘘じゃねーよ」
龍介、切れ長の瞳が不穏な色を発する。

龍介「再会したとき、昼時で、誰か堀のベンチにぽつんと座ってんなと思って……たまに飛び込むバカがいるからな。やばそうなら止めようと思ってたら、乾パン! 缶のままの乾パンをぱかっと開けてもそもそ喰い始めやがって……!」
晴臣「缶のまま? それ一個むき身で持って市役所からここまで歩いてきたの? 椿さんが? そんな涼しい顔して?」

椿、あくまで龍介に向かって。
椿「役所の災害用備蓄が交換の時期で、消費しろって言われたんだよ。税金で買ったもの無駄にしたら市民の皆様からク……ご意見が寄せられるだろうが」
 
晴臣、笑いを堪えて肩をふるわす。
晴臣「あー、だめだ。ほんっと俺、椿さんのそういうとこ凄く好き」
 泣くほどウケたらしく、涙を拭う。椿、平静を装った顔で、軽くかわす。

椿「そうですか」

龍介、険しい顔になる。
龍介「――」
椿「龍介?」

■場面転換(舟の上)

龍介「揺れるので、足元気をつけてくださいねー」
 龍介、接客用の顔。誘導しつつ素早く靴を揃えていく。

同僚「私、実は遊覧船初めてかも。私らが子供の頃はまだなかったもんね」
同僚「地元だと逆に乗らないもんだよねー」  

晴臣「俺は来たときまず乗ったんですよね。街の真ん中で船に乗れるなんて凄くいいなあと思って」

船内、細長くこたつ仕立てにしてある。樹脂製の屋根もついている。

椿「案外狭くて薄暗い……」

晴臣「それがいいなと思って。狭くてちょっと薄暗い閉鎖空間は、親密な雰囲気になるにはてっとりばやいでしょ。ちょっとだけ揺れるってのもいいんですよね。水の上ってリラックスできるし。だから街コンの最初に乗ってもらったらいいと思って。なので、今日の打ち合わせも俺から無理言ってここに設定させてもらいました」

 おおー、さすが、と職員が唸る。

椿〈どいつもこいつもちょろすぎる〉

龍介「全員乗りましたかー? 左右で均等に乗ってくださーい」
 こたつの左右に座った比率が、四対六になっていた。

同僚「じゃあ、椿くんあっちに移動して」

 椿、移動したことにより、晴臣の隣になってしまう。舌打ちをこらえる。
椿〈うっかり隣にならないよう、さりげなく一番後から反対側に乗り込んだのに、策が裏目に〉

舟、堀に出て行く。
観光協会上司「皆さん早速活発なご意見有難うございます。では、まず早坂のほうから大まかな日程案を説明させていただきます」

晴臣、街コンのコースを説明。「パワーストーンの恋守り製作体験」と口にしたところで。

椿「製作体験? お店にお金を落としたいのはわかりますが、誘導があからさますぎませんか? 参加者の方々の目的は恋人探しですよね。石に糸を通している暇があるならもっと話をしたいと思われないですか。今はSNSの次代ですよ。少しでもお客様のご機嫌を損ねたら、なにを書き込まれるか」

はしゃいでいた一同、とたんに渋い顔になる。
晴臣、意に介する様子もなく、にこっと笑う。
晴臣「なにかを作るときって、段取りの取り方とか協力の仕方って人によってそれぞれだから、参加者のいろんな面を知ることができます。東京では料理教室コンなんてのもあって、一緒になにか作るのが人気なんですよ」

課長「なるほど。いや、さすがだなあ」

椿〈ちょろい。ちょろすぎる〉

晴臣「体験教室が終わったらタクシーに分乗していただいて、移動。好きな人と一緒に見ると結ばれるという湖の夕日を一緒に見て、そのあとは温泉です。夕食を取りながらまた歓談して、あとは自由時間。安全上の観点から翌朝点呼だけ取らせてもらって、解散といった流れですね。宿のプランは組合にお願いして特別価格にしてもらいました」

同僚「宿もついてこの価格はかなりお得だなあ。仮にカップル成立しなくても、満足度高いよ。また来たいって思ってもらえたらいいな」

晴臣「はい。まさにそこが狙いなので、途中立ち寄るお店もお宿も、他のお客様が映り込まない限りは写真撮影OK、SNS投稿OKで許可をお願いしたいと思っています。お城も大丈夫ですよね?」

同僚「写真に夢中になって天守閣から身を乗り出したりしない限りOKだけど、階段も暗くて急だからなあ」

晴臣「じゃあ、リーフレットで特に強調して、当日口頭でもくり返しアナウンスすることにしますね。こういうのはやってやりすぎってことはないですから」
 晴臣はタブレットに手早くメモを入力していく。呑気にこたつにあたってそれを見守る一同の顔に「さすが、東京もんは違う」と書いてある。

椿〈このままじゃ、完全にこいつの独壇場だ。俺はこの街でめんどくさい家にゲイとして生まれついて息苦しく生きてるのに、ふらりとやってきたオープンゲイのよそ者のことはあっさり受け容れられるなんて――〉

椿「そううまいこといきますかね」
椿、また食いついてしまう。引っ込みがつかない。

椿「雨が降ったらどうします? 雨の中ひたすら歩くなんて、荷物もあるし、疲れる。夕日だって、雨が降ったら当然見られないでしょう。疲れた、汚れた、最悪って書かれないですか。ああいうのは、マイナスイメージが好んで拡散されるものですから」

 同僚たちの顔が強ばる中、晴臣の声は相変わらず能天気。
晴臣「俺晴れ男なんですよね。開催日は晴れの特異日にしてあるし、大丈夫じゃないですか?」

椿「早坂さんは来たばかりでご存じないかもしれないですが、梓は雨が多いんです。昔から弁当忘れても傘忘れるなっていうくらい」

 晴臣、まったく動じない。椿のほうへ向き直る。

晴臣「梓市の平均年間降水量は一八〇〇ミリで、平均が二三九八ミリの金沢よりずっと少ないんですよ。東京だって一六〇〇ミリだから、実は梓市が極端に飛びぬけて雨が多いってわけじゃないんです」

椿「え? だって昔から」

晴臣「うん。そういう言葉があるのは昔実際に水害が多かったからだと思うんですけど、今はインフラもちゃんと整って、そんなことないわけじゃないですか。だから〈また雨だ、昔からこうだ〉って思うし口にするからより強く印象に残ってるというだけで、データ上は実はそんなに変わらないんですよ」

一同、感心して「へえ」

 椿、むきになって。
椿「数字上問題なかったとしたって、人間なんて印象ですべて決めてるものでしょう。長く染みついたイメージはそう簡単には覆せない」

椿〈結婚してなきゃ一人前じゃない、とか〉

同僚たち、しらけてしまっている。
椿、我に返る。こたつのなかでひそかにこぶしをぎゅっと握る。
椿〈やばい。リカバリできるか、これ――〉

晴臣、ぱあっと顔を輝かせる。雲間から覗く日差しなみに。

晴臣「さすが椿さん」
 
戸惑う椿をよそに、晴臣は言い放つ。

晴臣「つまり、雨なら雨でより強く印象に残せるってことなんですよ!」

椿「……は?」

晴臣「だから、雨でむしろよかったってサービスを考えればいい。たとえば、そう……あ、女性参加者には可愛い傘プレゼントとか」

椿「そんな簡単に――」

 椿、何かを思い出して、思案顔になる。
椿「……市内に、雨に濡れると模様が浮かび出る傘を作ってるところがある。市内の企業の資料を作っていたとき、見た記憶が」

晴臣「え、なんですかそれ。――あった。ああ、これは可愛い」
 晴臣、タブレットを手早く操作して、一同に見せる。

同僚「ああほんとだ。無地に見えるけど、濡れると桜の花びらが……紅葉や萩もある。秋口ならこっちかね」

晴臣「もし話題になったら、それに合わせて都内の県アンテナショップで展開とかもありですよね。これ、梓のこちらのメーカーでしか作れないみたいですし」
そんな晴臣の言葉に、また一同が「おおー」と唸る。

気まずい表情をする椿。
椿〈少し困らせてやろうと思ったのに、結局株を上げてしまった。いやそもそも、気に入らない奴をちょっと困らせてやろうとか、子供か俺は――〉
 
晴臣、眩しい笑顔で。
晴臣「雨降ったらむしろ気になるお相手と相合傘で移動とか出来ますしね。さすが椿さん」  

椿「え?」

椿〈いや俺はただそういう商品があったって思い出しただけで、最初に傘って言い出したのはおまえ――〉
同僚「いやほんと、よく資料見てるなあ、椿くん」「椿くんの資料いつもよくまとまってるもんね」「やっぱり一度外に出ると新しい角度で物が見られるっていうか」

椿〈なんだこれ〉

持ち上げられるのも気まずく、戸惑い顔の椿。

一方、一同は次々案を出して、楽しげ。

椿「夕日! 夕日はどうするんですか。傘が可愛かったって、暗い空に荒れた湖観に行ったってしょうがないでしょう」

椿〈それいったいなんの修行? って話だ〉

椿「というか、カフェから湖まではタクシーって、その間運転手さんのスケジュールを押さえてるってことですよね? 当日ドタキャンになったら、タクシー会社さんには損失が出る。そんなんで協力してくれるとこありますか?」

「損失」と聞いて、一同黙る。
椿「このコース設定だと、夕日はメインイベントでしょう。メインが天候頼みっていうのはいかがなものかと」
 
船内は水を打ったように静まり返る。
 
晴臣と目が合う椿。
晴臣、ふっと笑みの気配を乗せて、目を細める。
椿、不本意ながら一瞬見とれてしまう。

龍介「一番低い橋の下通るんで、頭下げてくださーい。こう、炬燵にぺたっとほっぺたつける感じで。屋根下げまーす」

屋根を支えていた支柱が折れて、樹脂の屋根が下りてくる。
椿、前方ではなく、うっかり後方を向いて伏せている。

椿〈しまった〉
 
晴臣もこちらを向いているため、がっつり見つめ合ってしまう。

椿「――」
晴臣、瞬きののち、ぷっとふき出す。
晴臣「椿さん……」
くつくつと、伏せた肩が震えている。

椿「これは、たまたまこっちを向いてたからで……ッ」

晴臣「うん。椿さんて俺の顔よく見てますよね」

椿「は!? ――そんなことは、ない!」
 椿、前方の同僚に気づかれないように声をひそめつつ、必死の言い訳。

晴臣「そっか。俺が見てるからか」

椿〈……ッ! そういう、そういうとこだぞ……! この、別に他意はありませんーみたいな。それでいてするりと人の懐に入り込んで来るみたいな……っ〉
 
晴臣「ずっと思ってたんですけど、椿さんて、凄くいいお名前ですよね。椿さんに合ってる。俺、好きだな」

椿「それはどうも。潔く死ねって意味でつけられた名前ですけど」

晴臣「え」

船が橋の下を抜ける。椿、頭を上げられるほど屋根が上がった瞬間、素早く起き上がって前方を向く。

背後で晴臣が「花……椿」と呟いて、タブレットで検索している。
晴臣「花ごとぽろっと落ちるから、首が落ちるみたいで、昔は庭木には敬遠された……なるほど、それで――」
しばらくタブレットを見ていた晴臣、なにか閃いた様子。
晴臣「フラワーパーク。あそこはどうでしょう」

同僚「なにかあったっけ?」

晴臣「鉢植えのお花をハート型に展示して、カップルに人気の撮影スポットになってるそうです」

 検索画面の中では、赤いベゴニアの前でポーズを取るカップル(という設定のモデル)がにっこり笑ってる。

晴臣「それに、ここなら市街地から離れててタクシーも使うことになりますから、ちゃんとタクシー会社さんにもいくらか落ちますよ」

同僚「じゃあ、雨の場合はフラワーパークの縁結びハートの前で写真撮影ということでよろしいですか?」
課長「映え~だねえ」

どんどん進む会議に呆然とする椿。
にっこりとほほ笑む晴臣。

晴臣「俺はついなんでも楽天的に進めがちだから、椿さんが問題点をしっかり指摘してくれてほんと、助かります」

椿〈なんだこれ。いやほんとなんだこれ。こんなはずじゃない。俺はこいつをちょっと陥れてやろうと――〉

課長「ほんとにいいコンビだな、ふたりは」

■場面転換(船着き場)

課長「いやー、充実した打ち合わせだった。たまにはこういう変則的なのもいいね」

同僚「ほんと、早坂君と椿君のおかげではかどったわ。これコースに入れるのは絶対成功だね」
同僚「今後もこの調子で頼むよ、おふたりさん」

椿、すっかり憔悴している。
椿〈ニコイチ扱いがここへ来てより強固なものになってしまった〉

晴臣、呑気な様子で堀を見渡している。
晴臣「あ、見たことない鳥がいる。なんて鳥かな」 

龍介「渡り鳥だ。あいつらは在来種の餌を横取りする、卑怯者だ」
 思いの他棘のある言葉につられて、椿も堀に目をやる。

椿〈横取りって、堀の広さに対して鳥の数が増えるとわけまえが減るってことか?〉

ぼんやり考えていると、在来の鴨が藻をくわえて戻る。
途端、渡り鳥が鴨のくちばしを直接突つく。
椿「え、」
椿、大胆なやり口に呆気に取られる。
思わず身を乗り出して攻防を見守ってしまう。

龍介「あんまり身を乗り出すと、落っこちるぞ」

椿「大丈夫だよ」

龍介「昼飯を乾パンで済まそうとする奴の〈大丈夫〉があてになるか」

椿「その話はもうやめてくれ」
 
晴臣「おふたり、仲いいんですね」

椿〈やめろ、と思う。おまえが「仲がいい」なんて言うと、意味が生じすぎるだろう――〉

 同僚たちはすでに移動しているが、声が大きくなる椿。
椿「龍介は一年の時から先輩の身の回りのこと全部やるっていう野球部の出だから、人の世話を焼くのが身についてるんですよ」
な、と長身の龍介を見上げる椿。
龍介、なぜか笑ってはいない。晴臣を凝視している。

一方の晴臣、それに気がついていながら、まったく動じる様子もない。

椿〈なんだこの微妙な空気。どうしてくれるんだ。龍介は貴重な友だちなのに〉

椿「じゃ、じゃあな、龍介。また打ち合わせかなんかのときに!」
 椿、桟橋を離れ、一同と合流。
 
晴臣「じゃあ僕と椿さんは、城に回ってから戻りますね」

椿「は?」

晴臣「お城の危険個所の確認、ちゃんとしとこうと思って。僕実はまだ一回しか行けてなくて」

同僚「おお、そうだったそうだった。現場百回て言うしね」

椿〈それは刑事ドラマの科白。東京の二週遅れの土曜の昼に再放送される〉

椿「いや、早坂さんひとりでよくないですか」

晴臣「でも、椿さんのほうが細かいところによく気がついてくれるから」

椿〈嫌味か〉

椿「でもこのあとの仕事が」

課長「おお、行ってこい行ってこい。細かく詰めるのはこっちでやっとくから」

椿〈こんなはずでは〉

第一話終り

第二話: https://note.com/amajiu/n/n02e78cd9cd7d
第三話: https://note.com/amajiu/n/n6eeab1ac5fd9

#創作大賞2023 #漫画原作部門  

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