戯曲『かみさまを殺すための旅』
『かみさまを殺すための旅』作 結城真央
【登場人物】
「ブリキの金魚」
僕
みか・少年
「やさしいおうちやさん」
二宮あきら
岸本洋司
岸本奈緒子
佐紀子
純平
里奈
じゅり
カノン
「MAGICAL♡GIRL♡APOLOGIZE」
はぐみぃ(早瀬愛美)
まいたの
三鷹くん
「Perfect nymphet」
兎丸まり(健一)
舞台上、全ての舞台美術にはブルーシートがかけられている
僕の俳優はどこからともなく舞台上に現れ、中央のブルーシートの上に
腰掛ける
Perfect nymphet①
不織布に映像が投影される。画面内には兎の耳がついたツインテールの
少女の姿が現れ特徴的な甘い声で話しだす
兎丸 はーい、というわけで、今日のゲームはこの辺にしておこうかな。
まぁ前回よりは上手かった気がする。でも、また、ね、緊急配信回そうと思ってるよ。うさちゃんズのみんなもお疲れ様ー!じゃあ、ちょっとだけ雑談しようかな。あ、そうだそうだ、この配信で初めてマリを知ったよーって方もいるのかな。じゃあ自己紹介するねー!バーチャル美少女受肉系ユーチューバー、あなたの女神になりたいのー♡兎丸マリです!そうそう。う、さ、ま、る、ま、り、です!「うさまる」って呼んでねー。性別、ここ一番重要だね、中身はおじさんです。ボイスチェンジャーを使ってこんな、かわい
い声にしてます。…すこっていい?って?…いいよ。いいけどおじさんだよ。
好きな食べ物はグミです。あまい系。あと、すあま。週に一回ぐらい、生放送とか、動画投稿とかしてます。ゲームします!ゲーム!最近はスプラとか、スト4やってます。マイクラとかもね、いつかやってみたいね。ウサちゃんズのみんな、やってほしいゲームあったらマシュマロに投稿してねー!それじゃあねー、名残惜しいけど、今日はこの辺にしとこうかな。みんなてんきゅー!あ、ね、うさまる今日も最強だったね。あ、そうだね、サムネね、かわいい?ありがとう。これも5分ぐらいで作ったwwてんきゅー!じゃあみんなおやすみー
開演
ブリキの金魚①
男の持つスマートフォンに着信がある
男、電話に出る
僕 …あ、俺、やけど…うん。もう終わる。…あ、うん…
…その、エイタどうしとう?…そっか。…うん、うん、…ごめん、俺、…いや、…もうちょっと外の空気吸ってくる
電話を切る
僕 「風呂入る?」って聞かれただけやったんです。
その日は仕事のトラブル処理で疲れとったんで後にするって言いました。
やからエミちゃんは先にエイタを風呂に入れてくれました。エミちゃんは僕の妻です。子供ができたから結婚しました。エイタは息子です。
で、僕はふたりの後風呂に入りました。そしたら、風呂場のタイルがうっすら赤く汚れとったんですね。多分生理の血で、僕「そんなに血出るなんておかしいんちゃう。汚いねん。ちゃんと流せや」って言ってしまって。そしたら「ちょっと疲れが溜まってるからかな。あんた、自分のことぐらいもっと自分でしてよ」って言われて…
カッとなって俺は脱衣所にいたエミちゃんを浴槽の方に突き飛ばして、それで、
(短い沈黙)
手を上げてしまいました
ブルーシートの上には少年が立っている
少年 ごめんなさい
僕、ひどく動揺して歩き出す
僕 やっぱり僕にはあいつの、父親の血がちゃんと流れとるんや
僕 しょーもない人間やな
少年、話し出す
少年 塗装の剥げた鉄の扉。ドアノブに手をかけて扉を開く
少年・僕 と、そこはヤニくさい部屋やった。
なんや、コンセントがうねうね這いつくばって茨の道になっとう汚い部屋。
食べかけのご飯と発泡酒のカンカンがそれを飾って、溢れたソースは
床にこびりついとった。でも、狭いとこやったから、
爪先立ちをして目標に向かう必要も、ゴミの茨たちをかき分ける必要もなく
僕の目線はそいつにたどり着くことができた
少年、僕の手を引く
これより、僕の回想は僕の少年時代にも託されることとなる
僕 お父さん?…初めまして?なんて声をかけてみたけど、僕を一瞥したそいつの関心はすぐにテレビ画面に戻っていった。
少年 この日僕は母さんに手を引かれて新幹線に乗り込んだ。
僕 僕が生まれた家を飛び出した母さんがどんな顔しとったかは覚えてへんけど、山陽新幹線のぞみで二駅辿り着いたこの部屋、2LDK賃貸アパート203号室をぐるり見渡して、「…ごめんね」ってこっそり僕に言った事だけは覚えとう。僕を父親に会わせたかったんやろうか。でも
少年 タバコの煙はそいつの姿を覆い隠していく。
煙に巻かれてそのまま消えてしまえばよかったのに。こいつはこれから、ヤニと発泡酒の味しかわからへん舌で、僕と母さんのやさしい時間をむしゃむしゃ食い散らかしていく
僕 久しぶり。久しぶりってほど、忘れてたことなんてないんやけど
僕 ブルーシートに覆われた畳の部屋。前の家から運んできた僕の机と、僕たちの荷物が入った段ボール箱が2、3箱だけある部屋。西日が眩しい。ここはまだ綺麗
僕たちの部屋はまだ誰にも使われておらず、畳の日焼けを避けるため
ブルーシートが敷かれていた。そのブルーシートにはネコのおしっこが
溜まっていて、僕がシートを引いた途端、流れ出す
僕 うわぁ!
僕 何これ、…くさっ
少年、僕の目の前にダンシングキャットを置く
僕 お前か。トイレにせなあかんやろ
僕 あーあ、ここも掃除せなあかんやん
ネコ、荷物の中から綺麗な布を見つけてそれに包まっている
僕 やっぱ、ばあちゃんとこ帰ろや
少年 あの時、僕は10歳やった
僕 またや
少年 部屋の中、砂壁、まだ綺麗
僕 逃げるように目を瞑るといつもここに引き戻される
少年 畳、まだ綺麗
僕 映写機から投影される映像のように
少年 襖、まだ綺麗
僕 この数年間を何度も思い返す
少年 シーリングライト
僕 自己憐憫にでも浸りたいんか
少年 ちっちゃい虫の死骸がおる
僕 いや
少年 角部屋、小さい窓と大きい窓
僕 もう全て終わったのだと言うことを確認する、だけ
少年 開くと海。海岸線の工場たちが、今日ももくもく白煙を吐き出しとう。歓楽街の明かりが灯る頃かな、船着場の小学生はドックのアスファルトを蹴って家(ウチ)に帰る時間や
僕 …クラクラする
少年 酔ってんねん
僕 酒なんか飲んでへん
少年 船
僕 は?
少年 船酔い
僕 帆なんか張るなよ
少年 なんで?
僕 過去は、おだやかな忘却なんかじゃない
少年 できた
僕 腐って膿んだ、いつまで経っても癒えへん傷跡や
出航
第一場
僕、部屋の中に体を落ち着かせられる場所を見つけ、テレビの電源を入れ
るテレビ画面の明かりは僕とダンシングキャットを照らす
僕は猫(のおもちゃ)に向かって話しかける
僕 ゲームやで、ゲーム。見たことない?
僕 桃鉄、「桃太郎電鉄16 北海道大移動の巻!」
僕 100年決戦
僕 物件全件買い占めもやったし、桃太郎ランドも買えてん。すごない?
コツはあれやな、利率の高い物件を買い占めることやな。出雲、宇都宮、喜多方、盛岡は絶対買いや。青森のは基本利率高めやからそこも忘れずにな
「揚げ鯛焼き屋」なんて500%やねんで、やばない?
僕 …何、別に友達できんとかじゃないし
僕 前の家おったとき、これ買ってもらってん
僕 休みの日はじいちゃんとばあちゃんが一緒に遊んでくれてさ
たまに仕事帰りの母さんもやってくれてん
僕 あ、ほら、ちょうどこの辺、僕がおったところ
僕、画面に映った日本地図のとある場所を指差す
僕 お前もやってや
僕 名前は?
僕、ダンシングキャットの電源を入れる
ダンシングキャット、踊り出す
僕 じゃあネコな?
僕、ゲームの画面に「ネコ」と打ち込む
僕 お前はあいつとずっと一緒におったん?
僕 はい(ゲームのコントローラをネコの前におく)
ダンシングキャット、踊っている
僕 …
僕 あいつって何しとん
僕 仕事
僕 一日中ゲームしとうやん。なんで働かへんの?
僕 お、宝くじ当たった三億円や
僕、ダンシングキャットの踊りを止める
僕 なんで母さんだけ仕事行かなあかんの
僕 …あ(自分もゲームをしていることに気づいて)
僕 漫画読む
少年、ダンシングキャットと水鉄砲を持ち、僕の手提げ袋に水をかける
僕 …は!?お前まじでふざけんなよ、ストップ!ストップ!
僕、少年から猫を取り上げる
僕 もーアホネコ、何回目やねんな。教科書、お前のせいでヨレヨレなんやけど
しばらくすると足音が聞こえてくる。僕、縮こまる
部屋の扉が開く
僕 なに…?…ちゃんとやっとうし
僕、ランドセルから漢字ドリルを取り出し見せる
あいつ(僕の役者) お前はアホやからな。ちゃんとやっとうか、宿題見せてみろや
少年、僕奪った漢字ドリルをあいつに見せる
あいつ(僕の役者) これ、今日書いたんちゃうやろ。俺にはわかんねん。
こうやって擦って手につかへんってことは古い鉛ってことや。俺に逆らうんか?あぁ?じゃあお前は今からチョイ刺しの刑や
あいつ、台所の包丁を僕に向ける
僕の記憶はここで途切れる
みか あーそーぼー
僕 帰らんでいいん
みか えー。うち門限ゆるいから
僕 僕もそんな感じ
みか みんな帰ってもうたな。つまらん。
僕 いつも南さんとか藤田さんとかと一緒におるよな
みか うん。あんま仲良くないけど
僕 え!
みか 嘘。しおりん家もはるちゃん家も門限厳しいねん。カネモ(金持ち)やから。てか、女子のことさん付けで呼んどん。キショー
僕 ええ!
みか みかでええよ
僕 えええ!
みか てか何座?
僕 いて座
みか (占いの本を開いて)いて座はー、ワーカーホリックやって。どういう意味?
僕 わからん。
みか へー。しょぼそう。
僕 みか、ちゃんは何座なん
みか うお座。ロマンチストやってー
僕 こういうのって、誰にでも当てはまることをそれらしく並べてるだけで、中身は適当なんやで
みか お前友だちおらんやろ
僕 ごめん
みか でもさ、魚座って一番かわいいよな。
僕 …うん
みか あたし、かわいいのが好き。あんなー。ママの働いとう店もマーメードって書いてあってん!お風呂のお店らしいで
僕 何それ
みか 知らん。でも、ママ、髪の毛クルクルにして、顔かわいくしてから出かけるねん。今度一緒に行ってみよ。きっと、人魚姫みたいに綺麗やで。
みか、いつの間にか消えている
僕、部屋に戻ってネコに話しかける
僕 人魚姫は、愛する人のために全てを賭して、泡となって消える。
僕 (耳を塞ぎ、目を閉じる)この家で過ごす一回めの夏休みが終わる頃、母さんは仕事で帰りが遅くなった。父さんはずっと家でゲームしとう。母さんが休みの日、父さんに、便座に垢がついとうから風呂に入れって言った。そしたら皿がとんできた。皿はトイレの扉の木を抉った。そこからの景色は思い出そうとしてもところどころ思い出されへんのやけど。テレビでは昼のニュース番組が流れとって、笑い声が聞こえてきた。母さんは叫んでるけど、誰も助けてくれへんくて、昼間の団地の空洞に悲鳴が響いとった。多分、このアパートには僕らしか住んでへんかったんやろうな。知らんけど。気づいたら、僕は生物学上の父親らしい男にしがみついて、謝っていた。
なんで?母さんが泣いていて、男は僕のことも殴ってきた。僕が殴られると母さんはさらに大きな声で叫んで、僕はもっと男にしがみつく。そしたら、男は僕たちよりも大きい鏡を母さんに投げつけた。
骨、が、折れる音。肋骨。叫び声。もう、思い出されへん。
その後、母は歩いて病院に行った。自力で、病院に行った。
少年、語る僕を抱きしめている
僕 殺されると思った。けど、人はそう簡単には死なへん。僕は知っとう。
そんなことではコロッと死なれへんのや。苦しんで死ぬねん。
別の日
電気ストーブをつける
僕、ダンシングキャットに話しかける
僕 うちの冷蔵庫、あんまりなんも入ってへん。
放課後はどっかで過ごしたい。春、中学生になったら部活に入るねん。決めとう。できるだけお金がかからへん部活に。
なぁ、「おかえり」っていいな学校であったおもろい話聞いてもらえるのっていいな
あったかいご飯があるのっていいな
好きな人と食べるご飯っていいな家でこそこそせんでいいのっていいな
足音、怖くなくて、蹴られへんくって
包丁で脅されへん、恐ろしいことはなんも知らへん
母さんがもっと一緒におってくれるのっていいな
母から着信
僕 もしもし、僕やで。母さん、お疲れさま。…うん。なんもされてへんよ
…うん、大丈夫。勉強しとった
あんな、あいつがセブンスターと発泡酒買ってきてやって。あ、あと刺身って…うん…うん。そうやんなスーパー閉まるよな。僕買ってこよか
…男やで、大丈夫やって…わかった。じゃあ気をつけてな
僕 (あいつに向かって)タバコと飯ぐらい自分で買ってこいよ
僕、壁を蹴ろうとするが結局布団を蹴り寝転がる
ポツポツと猫に向かって話し出す
僕 あんな、でも冬は好きやねん。夜遅く、『ただいま』って僕を抱きしめる母さんの
コートはひんやり冷たくてすーっていい匂いがするから(棚から香水の瓶を取り出して)ホワイトムスクっていうねんて。僕さ、タバコとお前のおしっこの匂いがするこの家の中でも、母さんだけは綺麗なものやって思う。
早く帰ってこうへんかな。「おかえり」って言うねん
僕、ネコにホワイトムスクを振りかけ、抱きしめる
僕 猫クサ!
僕、ネコを投げる
第二場
暴力①
大切なものもそうでないものも、嵐は全てを破壊する
テレビからは夕方のワイドニュースの音が
事象を観察していた少年は、勉強机の下に駆け込み
嵐が過ぎ去ることをただ静かに待っている
一方、僕は家具に向かって独り相撲をしている
疲れ果てた僕はその場に脱力
しばらくして僕は話し出す
僕 嵐の次の日でも、母さんは何事もなかったかのように時間通り仕事へ行くだから僕も学校に行く。中学生になった。
学校ではみんながピカピカした顔で笑っとう
お前ら弁当臭いねん!
英語の宿題が多くてめんどいとか、先輩にどうやって告白しようとか
そろそろ携帯が欲しいとか、先生に恋人はいるんかとか
どーでもいい。そんなんどーでもいいよ!
休み時間、僕を「金魚殺し、貧乏男が焼いて食った!」って笑ってきたやつ
のこと、殴りつけてボコボコにしてやろうと思った
でも、僕は殴らんかった
僕 みかは、ちゃんと制服着てこいって先生怒られとった
放課後、掃除の時間
みか (制服のスカートを履かないことについて)意味なんかないで
僕 え、そうなん
みか かわいいやろ?
僕 うーん
みか 手伝ってや
僕、水槽を覗き込んで
僕 金魚、お前が河に流すから
みか ふん
僕、みかから水槽を預かる
みか だって、いややん。
僕 何が?みかのせいで僕、クラスで犯人扱いや
みか ごめん。でも、なっかー、カンべから帰ってくるから
僕 鑑別所?
みか そう。あいつなぁ、前の金魚殺した。チョークの粉、水槽に入れてさ。やから、帰ってくる前に逃したってん
僕 …中島何したん
みか 知らん
僕 あいつの父さんアル中なんやって
みか やから?この町の奴らだって全員、アル中みたいなもんやろ。関係ないわ
みか、ブリキの金魚を水槽に入れる
みか 金魚、代わりのん入れてんからええやろ
僕 そういう問題ちゃうねん
みか ブリキの金魚は殺されへん
僕 みかはおらんくならんとってよ
#暴力②
みか、僕から水槽を奪い、柱の裏に置く
その日の嵐は強烈であった
船は転覆寸前である
僕は畳を一畳、引きずり、部屋を破壊していく
終わると、部屋の外でゆっくりと身体を縮こまらせていく
第三場
みか 何しとん
僕 鍵なくしてもた 。寒いな
みか 知らんわ
僕 …
みか うちはあかんで 、ママのカレシおるから
僕 そっか
みか 凍死すんなよ…大丈夫なん
僕 心配してくれるん
みか お前の家の話や
僕 …わからへん。なんか警察来て、あいつ連れて行かれた
みか ああ。で?
僕 あ、あのさぁ、あいつがおらんなってから、家が静かやねん。
窓から差し込む夕日が綺麗って初めて知った! 母さんと取り込んだ布団に寝っ転がって学校の話するのがめっちゃ楽しかった 。
みか よかったな
僕 でも、あいつから手紙届いた 。ノートの切れ端にぐちゃぐちゃな文字で書いたメモが茶封筒に入っとった。留置所の人に書かされたんかな、なんか、俺たちと暮らしたい悪かったっていっぱい書いてあった
みか それどうしたん
僕 捨てた
みか やるやん
僕 帰ってくるんかな
みか そやな。いつかケロッと
僕 でもよかった
みか 何がよかったん
僕 母さん、いっつもキッチンで殴られるねん。キッチンの横、ベランダになっとってそっから「助けて」って叫ぶねんけど、こんなこと今までなかったから、聞こえてへんと思ってた
みか じゃあ聞こえてへんのや
僕 ええ
みか なんかさ、キーンって高い音、大人には聞こえへんってやつあるやん
僕 モスキートーン
みか あーそれ、それと一緒やな。「助けて」は高いから、聞こえへん人がいっぱいや
僕 高い?
みか 高級
僕 それは値段の高さやん
みか うん。だって助けられるのってタダちゃうやん。ケーサツ、呼んだんあたし。
僕 えっ
みか あたしが助けたんはお前じゃないで
短い沈黙
みか ん
みか、ポケットから取り出したくちゃくちゃの五千円札を僕に押し付ける
みか いらんから
僕 いや、なに
みか 「助けて」。これで買うわ(冗談っぽく)
僕 え 、じゃあ…
みか どうせ使わんもん
僕 いや
みか 何?足りひん?
僕 … あのさ、腕とか、痛くないん
みか 痛いよ
僕 傷って残るねん、種を存続させるために、次の世代に引き継がなあかん大事な情報やから傷は傷跡になって残る。先生、言っとったやん
みか やから?
僕 身体大事にしてや
みか …あーあ。そんなんいらん
僕 母さん、怪我したところにいっぱいファンデーション塗るねん みかはそんなことせんでええのに、なんで自分を傷つけるん
みか 生きてくため
僕 …
みか そんなことせんでええって何?じゃあ、お前が逃してよ。学校の金魚みたいにあたしたちをどこかに逃してよ
僕 … できひんよ
みか いっつもそうや
僕 わかっとう
みか いいな、お前は母さんに守ってもらえて。
僕 でも、やから、僕は、いっぱい勉強していい高校行って、大学行って、おっきい会社に入っていっぱいお金もらって母さんとここから逃げ出すねん。大人になれるまでの辛抱やん
みか アホちゃう
僕 は?
みか ずっとこんなん、いやや
みか、その場を離れようとする
僕 どこ行くん
みか ドンキ
僕 何しに
みか むかつくからあいつら殺してやろうかな。ママもパパも。 これまでのパパたちも!そのためのナイフ、買いに行く
僕 やめてや
みか は?
僕 そんなことできひんよ
みか そうかなぁ?あたしは黙って耐えて優等生ぶってるお前みたいになりたない
僕 僕たちは子供や
みか 関係ない
僕 殺す前に殺される
みか パパがお小遣いくれるねん。口止め料。いっぱいある。 それでうんと高いナイフ買うて。あたしはあいつらを殺す。
僕 みか
みか あたしは早く変えたい。じっと黙ってたらなんか変わる? 時間が経ったらなんか変わる?変わらんで。期待しても無駄。悲しいだけ。だんだん背が伸びて、腰のお肉がキュってなって、おっぱいもお尻も大きくなって、ママみたいな女になるねん。今のあたし、ママと一緒!嫌や。それさ、なんのお金か知っとう?男が私の中に…
僕 (遮るように)金魚、河では生きられへん
みか え
僕 金魚、水槽の中でしか生きられへん
みか …
僕 調べた、インターネットで
みか …
僕 僕はさ、怖い
みか ウチより怖い場所なんかある? 河が無理なら生きられるところまで泳いで行ったる
僕 みかばっか先に行かんとってよ
みか はぁ?先?
僕 僕は動かれへん
みか じゃあ死ね!
みか、去る
第四場
僕 なぁ、みかの言った通り、あいつケロッと帰ってきたわ。
僕の母さん、もうボロボロやった。腎臓があかんくなって、体から管が出てカバンみたいなん持っとった。おしっこのカバンなんやって。
「母さん、もう子供産まれへん体になってもた」って言うから、「僕がおるんやからええやん」って答えたけど、あれ、母さんってこんなに細かったっけ。あれ、こういう時ってどうしたらええんやろ。
僕 みか、僕にもできるかなぁ…
僕、勉強机からカッターを取り出す
自分に向けてみる、怖い
あいつの部屋の前に立つ。殺せない。
僕、少年に差し出された猫を掴む
僕 ネコ、お前はどうして殴られへんのや
僕 ネコ、お前は呑気でいいな
僕 ネコ、俺もアホになりたい
僕、カッターの歯を猫に突き立てる
少年 痛い
僕、逃げ出す
僕 人魚姫は全てを賭して海の底に沈んでいった
塗装の下には、血の通わぬ鉄板がのぞくブリキの金魚は、賭すものも
語るべき言葉も持たず、沈むことも叶わへん
僕 僕はブリキの方や
僕、去る
やさしいおうちやさん①
東京、下北沢。劇場
舞台公演中、劇場のプリセットをあきらは手伝っている
あきら、じゅり、学習机にブルーシートをかける
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