ショートショート『年越しジャンプ中ごめんね』
その彼の言葉が、私と彼との初めての会話だった。彼が言い終わる前に私の体は地上へ着地し、続いて毛先を天へ向けていた髪の毛の群れ達も重力に引っ張られ安定の位置へと落ち着いた。
なぜ今?突然の彼の言葉に驚き、周囲で響き渡っているサークルのメンバー達の「ハッピーニューイヤー」に私は乗り遅れた。
「えーと、、どうしたの?」
疑問系で幕を開けた新年は初めてだ。
「あ、ごめん。坂下さんだよね?俺小堀。箸落としちゃってさ。どこかに余ってる箸ないかな。」
あまりに呑気な質問に彼だけ年を越していないではないかと一瞬疑いたくなった。私は手元にあった箸を彼に渡すと彼はあっさりとした「ありがとう」だけ残し去っていった。
それからというもの、彼が私に話しかけてくることはたびたびあったが、その文言の始まりは全て「◯◯中ごめんね」であった。
「スタンディングオベーション中ごめんね」
「三三七拍子中ごめんね」
「いないいないばぁ中ごめんね」
「スカイダイビング中ごめんね」
「クライマックス中ごめんね」
絶対今じゃなくていいよね。もはや私が何かに気を取られ、誰かに呼びかけられるなど微塵も予測していない時を狙ってきているとしか思えなかった。しかも、その後に続く会話は全てくだらない内容のものだった。いや重要なものもあった気がするが、状況のせいで全てが相対的にくだらなく感じてしまっていたのかもしれない。
そんな彼の行動に私は一つの仮説を立てた。
この人は私に好意を持っているのだ。わざわざ私がスキをみせた時に声をかけ、私の驚く顔が見たいに違いないのだ。
そんな「◯◯中ごめんね」関係が続き3年が経った頃、私はかねてから交際していたサークルの先輩と結婚することになった。
そして、ついに彼の好意を確信する瞬間がきた。
「誓いのキス中ごめんね」
新郎を点X、新婦を点Y、神父を点Zとした場合、直線XYを軸とし点Zと線対称になる位置に彼は仁王立ちし、いつもと同じトーンで私に話しかけてきた。普段ならその間の悪さに呆れるばかりだが、この瞬間のみはドラマで何度も擦られてきたあの展開のおかげで、本人のみならず参列者も含めその場にいた全員(もちろん賛美歌を歌うため整列している聖歌隊の方々も忘れてはいない)が彼が次に発する言葉を待った。
「あのさ、、、」
ごくり。
「今日って二次会ある?」
いや、奪いにきたんちゃうんかい。
わざわざ読んでいただいてありがとうございます。 あなたに読んでいただけただけで明日少し幸せに生きられます。