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カロリー0理論を味方につける

最近、物語を1つ、人生で初めて完成させた。

今まで数えられない程の物語を読み散らし、食い散らかしてきた。キラキラかわいいものから、惨めで節ばったものから、色々。
人生において、私は物語にはなかなかお世話にはなってきたのではないか、とは思っている。それがどうとち狂ったのかは知らないが、ひょんなことから創作するという機会を与えられることになった。
よし分かった、いやよく分からないがやってやろうじゃないか、明日貴方の家が炎上してようが、電車が空を飛んでようが、隕石が落ちて地球が終わろうがそれは私のせいではない、恨むならそんな世界で生きていることを恨むんだな!私は知らない!

それは原稿用紙10枚分の短編小説を完成させる簡単なおしごとだ。読むなら直ぐである。おやつにもならない。私は友人にフードファイターと呼ばれるような食事大好き人間であるから、これは全然足りない。もっと食べたくなる。

ところがどっこい作るとなると、これがなかなかおやつのようにお手軽とはいかない。
計画を立てる。締切までを逆算するとどうやらあまり時間もない。初めての創作だ、何が起こるか分からない、今すぐプロットに取り掛からないと!
でもその前に腹ごしらえだ、腹が減っては戦はできぬ。頭を働かすからね、エネルギー補給は大切。そう、インド料理屋でチキンカレーセットを食べながらプロットを組めばいいんだ。
ようしゃなくきょだいなナンを2枚消費。サービスで頂いたアイスクリームに興奮。なんて美味しいんだろう。ダンスが見えた。また行きます。

さてとりあえずプロットらしきものはできた。これがプロットなのかは分からないけれど、まあ何とかなるだろう。
では本編に取り掛かろう。 パソコンを開くと目の前には自分の顔面。なるほど、私はいつ寿司屋に転職したのだろうか?とりあえずバンドが壊滅的に似合わないのは分かった、私には早いアイテムだった様だ、さよなら英世…。
スープ3杯にひじきご飯、ココア3杯にじゃがりこチーズがビートを刻む。大人のきのこの山とたけのこの里戦争が口内で勃発し、終戦の頃には日付はとうに変わっていた。
画面には冒頭1文。
ん?嘘だろう?おいおい、冗談はよしてくれ、お前はこのエセ寿司屋の間抜けな顔をただ眺めて5時間と少しを過ごしたのか?とんだ気狂いだ!
お前が過ごしたその時間で何が出来たか考えてみろ───────そう、回らない寿司屋に行って寿司を食べて帰ってこれた!!
今日はもう営業終了だ、布団が待っている。布団は幸せの擬人化だぞ。人間じゃないが。それに私はまだ身長が伸びるという望みを捨て ていないんだ。ベストを尽くさないとな。寝る子は育つ。寝よう。

もうお分かり頂けたとは思うのだか、私は三大欲求のうちの食欲と睡眠欲がその存在の9割を構成しているような人間だ。1日の5分の3は睡眠をとり、意識のある間はほぼ常に何かを口にしている。残りの1割で日々のリソースをえっちらおっちら割り振っているというのが現実である。
そんな人間が物語を創作するというのは、驚くべき選択であり、愚かな選択であると言わざるをえない。ましてや完成させるとなると、これは、修行だ。
そう、私は求道するのです。はい、はい、精進します。精神を磨いて、成長しましょう。完成の暁には、立派な人間になっているでしょう。滝行や山篭りよりも手軽でリーズナブル、創作修行、よろしいじゃありませんか。

とは言えども、やはり欲求には勝てない。気づけば締切は迫り、原稿はなかなかの白さ。もう後がない。とりあえず埋めなければ始まらない。チョコレートとリンゴとドーナツを懐に抱え、ココアを用意し、いざ、対戦。よろしくお願いします。
冒頭がかたまれば案外そこからはスムーズにいった。いける。これは勝てる。対戦ありがとうございます!
締切前日。ココアが切れた。えっ、ひと袋を消費したって、私、糖分摂りすぎ…?
どうやら創作すると、ただでさえ酷い食欲がとてつもなく成長する様だ。新しい気づきである。ところで私は受験期に太るタイプだ。ストレスでヤケ食いするタイプであるということはつまり、この修行は私にとってストレスであるのだ!なんてこった!
ストレスに晒されながらも書き進める。あと1日だ、ここまできたら完成させてやる。私は修行を修めて次のステップに進むのだ。新しい世界に進むのだ。くそっ、このやろう、ああ、私は阿呆だ、阿呆としかいいようがない、救いようのない大馬鹿者だ、もう二度とやるものか、歯ぎしりしながら跪け、おまえ、ふざけるなよ、これが最初で最後だ、今に見てろ、やってやるぞ、目にものを見せてくれる、どうだ、どうだ、おもしろいか、ほら、どうだ。

締切1時間前に脱稿。
確認もそこそこに、提出。

小説を書くって、最高だった。

あの瞬間は、これから先、ずっと頭の中に残るのだと思う。よく分からない感情がごちゃ混ぜになって、ぶつかり合って、弾けて、一気に出てくる、あの感触は、一生、忘れないだろう。

私は日頃から、辛い嫌だしんどいと言いながら締切を自分で作っていく創作家の方々を見ては、もしかすると頭がおかしいのではないか、と常々思っていた。短編を完成させた今、私は少し分かったような気がする。
創作家は、頭がおかしいのである。
物語を作ることが楽しくて、でも辛くてしんどくて、そして、あの瞬間が忘れられない。
それは、正気ではない。
短編を1本完成させて、次も、何かを書きたいと思うようになった。ただ、初の修行を終えたばかりのちんちくりんの私には、連続の修行は少し厳しい。
この文を書こうと思うに至ったのは、これがきっかけである。

ココアはまだ補充出来ておらず、棚の空いたスペースが存在を主張している。ココアが飲めない哀れな私は、カフェオレやミルクティーで代換して侘しい日々を過ごしている。それもこれも、全部原稿用紙10枚の短編が悪い。私は悪くない。
それにしても、小説を書くと、結構な食料が知らぬ間に自身の中に消えてしまうというのは、私のこれからのクオリティ・オブ・ライフにとっても看過できない問題だ。
でも大丈夫。カレーはスパイスが互いに反応し合って発熱する。カロリーは熱に弱いから、カロリー0だ。原稿では、カロリーを体内で反応させて脳内の思考を捻り出し、エネルギーを消費してキーボードを打つ。つまり原稿中の食事はカロリー0である。よかった。心配は何一つない。
後はココアを補充すれば問題は解決!世界平和!素晴らしい!

次は何を食べようか、思索中である。
なんてったって、私は悪食なのだ。

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