黒森峰より愛をこめて(逸見エリカ生誕記念 06.03.2019) ⑤

第五章 戦車はラグナロクの中だって進む

雪の影響で列車が遅れ、40分遅れでT駅に到着する。

「ドイツではよくあることさ、友達も分かってくれるよ。いい旅をな」

焦って遅刻の詫びのメッセージを書くエリカに、相席した男性がなだめるように言う。彼にトランクを下ろしてもらい、列車から下りるのも助けてもらって、ようやくT駅のフォームに降り立った。プラットフォームは日本よりも低く、列車の乗降口からはかなり段差があった。はらはらと舞う雪を避けるため地下通路に逃げ込み、表示盤をなんとか解読して駅舎へと急ぐ。改札を探して少し右往左往してから、ドイツの駅には改札口がないと聞かされていたことを思い出し、キオスク前にベンチを見つけ一息つく。

事前に連絡してあったので、まほが駅まで迎えに来てくれる予定だった。列車遅延で約束の時間に遅れることを伝えると、駅に着いたら連絡するようにとの返答だった。

「今T駅に到着しました。遅刻してすみませんでした」
「気にすることはない。
車で来ているが、駅まで行くのが難しいのでN橋まで来てくれるか?」

メッセージの下部にはN橋の地図のURLが張りつけてあった。駅からはそう離れていない。
雪の中重たい荷物を引きずっての移動、それも緩めの坂道だったので真冬でも少し息が切れたが、なんとか橋にたどり着いた。観光案内所らしき小屋があったが、閉まっているようだった。この橋は公共バスの通り道にもなっているようで、それなりに車の行き来があるが、それを除けばかなり閑散としていた。

しかし空が暗く、重い。
まだ15時前だというのに、橋の向こうの景色も、さっき登ってきた道も、もう見えない。
生きとし生けるものを押しつぶし、呑み込むような曇天。
淡々と、しかし絶え間無く降り続く雪。
そして、露出した肌を削り取るように吹きつける風と、喉を責め立てる寒さ。
ドイツの冬の獰猛さを、エリカは今体感していた。

ラグナロクの前の恐ろしい冬。
神々の黄昏。
世界が冬に、喰われていくようだった。

寒気がしてエリカは両の腕を、自分自身を抱き締めるかのように強く組みあわせ、頭を胸に埋めるようにぎゅっと顎を引いてうつむいた。滅びをもたらす冬に、自分自身を晒さないように。

しかしそうして「自分」の中に閉じ籠ったエリカの耳に、誰かが歌う声が聞こえた。

♪Ob’s stürmt oder schneit,
Ob die Sonne uns lacht…

パンツァー・リート。
昔高校の資料室で隊員みんなで一緒に見た映画で歌われた軍歌。行事の際のパレードでもたまに演奏される。
まほの、大好きな曲だ。

♪Bestaubt sind die Gesichter,
Doch froh ist unser Sinn…

「Ja, unser Sinn!」

自分でも気が付かないうちにエリカは顔を上げ、歌い返していた。
対岸から橋を渡ってくる、見慣れたシルエットに。

♪Es braust unser Panzer
Im Sturmwind dahin!

二人で声を合わせて歌った後、エリカはまほに駆け寄り、抱きついた。
まほは少し驚いたようで一瞬固まったが、エリカの頭を撫でながら何気無い口調で声をかける。

「Herzlich Willkommen in Deutschland, Erika.
Wir haben uns schon ewig nie gesehen, habe Dich doch vermisst」
(ドイツへようこそ、エリカ。本当に久しぶりだな。寂しかったぞ)

まほの優しい言葉も、エリカの耳にはなかなか入っていかなかった。
世界の終わりのような冬景色の中でひとりぼっちだったところに、隊長が来てくれた。
それだけで胸が一杯になってしまって、何も言えず、何も聞こえなくなってしまった。

挨拶を終え、二人は対岸に停めてある車に急いだ。
「隊長」が運転席で、エリカが助手席。
いつもとは逆で少し違和感があったが、エリカは不思議と不安は感じなかった。

戦車は火砕流の中でも、ラグナロクの中だって進むのだ。

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