黒森峰より愛をこめて(逸見エリカ生誕記念 06.03.2019) ⑥

第六章 スイート・ルーム

エリカの泊まる学生寮は、旧市街の真ん中にあった。T大学が提携校の黒森峰用に確保している部屋がちょうど一室余っていて、まほが交渉、申請して使えるようにしてくれた。
二人が待ち合わせた橋から直線距離ではそう離れていないが、文化遺産にもなっている旧市街は一部交通規制があり、回り道をして中心部まで入る必要があった。

「15世紀の大学設立と同時に作られた街並みだ、中世以来の石畳が多く車では通れない所もある。すまないな」
「いえ、送って頂けるだけで光栄です!
しかし、本当に古い街並みですね」
「ルネッサンス期にイタリアから影響を受けた建物が多いらしい。晴れていると分かるが、川沿いの家並みは色彩豊かだ。
教会と城も歴史ある建物だ、見ていくといい」

そんな話をしているうちに、寮の前についた。
木組みのシックな外観の建物だ。昔は学生組合の集会所で、今では大学管轄の学生寮になっている。古い建物で、一階は管理事務所と共有スペースで二階が宿舎。吹き抜けの中庭の中央には使われていない井戸があって、夏はここで立食パーティーをすることもあるそうだが、今は雪に閉ざされている。

まほにトランクを持ってもらい、狭くて急な階段を登る。固辞したのだが、

「これも戦車道よ」

と冗談めかして言って聞かなかった。

スカイプで話した時も思ったが、黒森峰時代より「遊び」が出来たというか、余裕がある気がする。こんな冗談を言うなんて、昔は考えられなかったのだが。
重いトランクを持って階段を先に歩くまほの背中を、エリカは複雑な気持ちで見つめていた。

あてがわれたのは、広めの角部屋だった。大きめのベッドが二つとクローゼットが一つ。備え付けの年代物の家具は、手を触れるのをためらうくらいの逸品だった。
キッチンとダイニング、トイレとシャワーは通常なら数部屋で一つずつ共同だが、この角部屋だけは専用のものがある。黒森峰の寮では個室にすべて備え付けで共同で使う習慣がなかったので、エリカは安心した。

「ヨーロッパではルームシェア、ドイツではWGというが、非常に盛んだ。私も最初は苦労したが、慣れると楽しいものだよ。
ところで、相談なんだが」

エリカのトランクを部屋の奥の方のベッドの脇に置きながら、まほはエリカをじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「エリカの滞在中、もうひとつのベッドを使わせてもらえないか?」

エリカは、固まった。
憧れの隊長と、同室!
いや、同棲!?
状況を呑み込むのに数秒かかったのち、嬉しいやら恥ずかしいやらで急に心臓がドキドキし始め、言葉を発することが出来なかった。

その様子がまほには不服そうに見えたらしい。
弁解するように付け加えた。

「嫌ならいいんだ。確かに、プライベートを確保したい気持ちもわかる。
いつもは大学から少し離れた丘の上の学生寮に住んでいるんだが、クリスマス休暇中は誰もいないし、ゴーストタウン状態でな。ここならエリカに街を案内するのに都合がいいと思ったんだが、そういうことなら私は自室に…」
「いえ、お心遣い感謝します! 是非お使い下さい!
私も外国での一人寝は無用心で心細かったですし」
「悪いな。ではお言葉に甘えさせてもらおう」

車にあらかじめ積んであった荷物を取りにまほが部屋を去り、エリカ一人になった。

初めての外国。
世界を喰ってしまうような冬の体験。
そして、隊長との再会。

そして、まさかの共同生活。

あまりにいろいろなことがありすぎて混乱してしまい、ひどく疲れていた。

「こんな格言を知ってる?
『スイートルーム(suit room)はスウィートルーム(sweet room)』」

紅茶と格言好きの知り合いにあやかってふざけ混じりにひとりごちて、エリカはバネの強いベッドに勢いよく身を投げた。

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