T字路の出会いと別れ
大人気ないままこんな大人に成りました
将来のちょっと先のT字路に立っています
(「T字路」歌:小泉今日子&中井貴一 作詞作曲:横井剣)
僕らが出会った、あの人生の「T字路」が懐かしい。
大好きだった人を失った僕は、目の前のくねくね道を辿るうちに、交差点で踊る君に出くわし、魅せられた。
見とれる僕に手を差しのべたのは、君の方だった。
「貴方はこれからどこへ?」
「君こそどちらまで?」
下手なステップでなんとかついていきながらも、彼女に微笑む。彼女は余裕の表情で、心底から楽しんでいるようだった。
僕らはしばらくT字路で踊っていた。
ウェルテルとロッテの出会いの日のように、文字通り全身全霊を込めて。
二人の身体がひとつのハーモニーかのように。
僕らの頭の中から、踊ること以外が消え去ってしまったかのように。
それは僕らが踊りを楽しんでいたのと同じくらい、「どこかへ行かなければならない『これから』」を恐れていたからでもあった。出会い日の若いドイツ人二人がまさにそうであったように。
来た道を戻ることは出来ない。そこに「幸せ」がないことは分かっているから。もちろん彼女を誘い入れるなど、論外だった。
そして恐らくは、彼女も同じように考えているようだった。
ここはT字路。
道は3つしかない。
僕が来た道、彼女の道、そして、第3の道。
「おんなじ方面ならお供します途中まで」
そして、歩き出す
はずだった。
行ったことのないこの道を歩みだそうとする矢先、彼女は疲れて休みたいと言い、来た道を戻り下がってしまった。
僕はT字路で待った。
彼女が、自分の道に入って欲しくない人なのを、知っていたから。
冬が終わり、春が過ぎ、夏が始まるまで待った。
たまに、お見舞いを贈りながら。
しかし大抵は、あまりに寂しくて飲んだくれながら。
結局僕はあまりに待ちすぎ、彼女は待たれることを重く感じすぎた。
無かったことにしよう。
ゼロにしよう。
またT字路で会った時、彼女はそう言って、「ひとりで」踊り始めた。
よかれと思ったことが裏目に出てばかり
やけくそになってバーボンを煽った僕は、どうしようもなかった。
酔った勢いで彼女と無理矢理踊っても、僕らの身体は不協和音。
そのままほろほろとろとろ彼女の道に踏み入れそうになった時から、僕の意識は飛んでいる。
いつの間にか僕は以前来た道を引き返していて、ボロボロになった身体を地面に投げ棄てていた。
拳は血まみれで、近くの壁を殴った跡があった。
死ぬほど、疲れていた。
ほとんど振り出しに、いや「ゼロ」ですらなく「マイナス」から始めると知りながら、それでも歩き始められたのは、その途中で、昔好きだったあの人と道が重なると知っていたからだった。
「きっとそれも個性 よく言えば世界遺産」
久しぶりに会う彼女は、相変わらず僕の扱いが巧い。
ずいぶんと励まされたし、歩き続ける力をくれた。
生き続ける勇気をくれた、と言っても過言ではない。
それでも、僕はまたあのT字路で、彼女と会いたい。
あの場所で踊り続けたいのか、二人でひとつの第三の道を歩みたいのか、自分でもわからない。
ただ、一緒にいられれば、それでよかった。
「今日もこんなだから 『つづく』があるのかな」
馬鹿な自分を責め、嘲笑いながら、それでも僕は毎日、T字路に通い続ける。