黒森峰より愛をこめて(逸見エリカ生誕記念 06.03.2019) ①

今日はガールズ&パンツァーのキャラクター「逸見エリカ」の誕生日なので、書き慣れないSSをひとつ捻り出してみようと思います。

サンタを信じたままドイツ留学した隊長にプレゼントを渡しに行くエリカ、という設定です。
(僕が勝手に加えた設定も少しあります。また、「中の人」つながりで他のアニメから引用したものもあります)
どうぞよろしくお願いいたします。

黒森峰より愛を込めて

プロローグ

12月23日の昼下がり、フランクフルト空港からT市までの雪原を走る特急列車の二等席に、彼女はいた。
逸見エリカ、黒森峰女学園高等部二年生。
初めての海外旅行で荷物を積みすぎた重いトランクを、乗り合わせた中年男性に座席の上の棚に上げてもらい、向い合わせの席になった彼とたどたどしいドイツ語で世間話をしながらも、エリカの眼には窓の外の、広いが傾斜も多い雪原でティーガーIを駆るまほ隊長と、その後ろに続くティーガーIl、自分自身が映っていた。
「ヴィンターケッテ(冬用履帯)、頼まなきゃね、サンタさんに」
「Winterkette?」
知らぬ間に出ていた独り言を聞かれて気恥ずかしくなりながらも、無意識のうちにドイツ語で呟いていた自分に気付き、出発前の「西住流」スパルタドイツ語訓練の成果に改めて驚かされた。
『隊長、安心して待っていて下さい。今年もあなたの元には、サンタはやって来ますから』
話題を雪道用のチェーン(Winterkette)と冬場の運転のことに移してごまかしながら、エリカは心の中で呟いた。

第1章 「私」の戦車道

「勝ち負けにこだわらず、あなたの戦車道を探せばいい」

日本近海、黒森峰学園艦にいたエリカがスカイプ越しにまほにこう言われたのは、12月の初めだった。

「元」隊長は来年春学期からニーダーザクセン大学で戦車特待生として学ぶことが決まり、その事前準備として10月半ばから、黒森峰と提携している南西ドイツのT大学で外国人向けドイツ語コースを受講していた。他にもいわゆる一般教養、そして何より戦車道も学んでいる。流石は西住流、全てそつなくこなしているらしい。

一方のエリカは、まほから黒森峰の隊長職を受け継いで一ヶ月半が経ち、慣れてはきたものの、プレッシャーとストレス、不安と自己嫌悪で胃を痛める日々が続いていた。

ひとつは、隊員達を統率する「力」が不足していること。
長らくまほの側にいて、また直々に手解きしてもらったこともあって、作戦立案力や状況分析力は「元隊長」の足元くらいには及ぶまでに成長したと自負している。しかし戦場という激動の土壇場において、隊員に指示を出し従わせる「統率力」、あるいは「説得力」がまだまだ不足している。「西住ではない」ということは、ここではかくも大きなことなのだ。

そしてもうひとつ、「もうひとりの西住」との闘いへの不安。
冬の無限軌道杯、「西住」のいる大洗に「西住」のいない黒森峰が勝てるか。
「みほ」と「私」と、どっちが強いのか。

考えれば考えるほど、「西住流」を学べば学ぶほど、「みほの」戦車道を研究すればするほど、どんどん自信がなくなってきて、憂鬱になる。隊長であるにも関わらず、隊の雰囲気を必要以上に重くしてしまうこともあったし、側で支えてくれる小梅の言葉にも心を閉ざし、八つ当たりしてしまったこともある。その度に自己嫌悪に陥って、また塞ぎ込むという悪循環に陥っていた。

忙しい中時間を作ってスカイプしてくれたまほ「元」隊長にこう言われたのは、そんな時だった。

「勝ち負けにこだわらず、あなたの戦車道を探せばいい」

尊敬するまほの言葉も、素直に聞くことができない。
「期待していない」と言われている気がして。
「西住の者ではないから、好きにすればいい」、と。
ラップトップの画面の外、スカイプに映らない所に顔を下げて、涙ぐむ眼を隠すしかなかった。

まほは、しばらく黙っていた。
泣いているのはバレたかもしれない。しかし不器用な人だ、どんな言葉をかければいいかわからないのだろう。
あるいは、これは自分自身の問題だから、自分で解決するしかないと、突き放しているのか。

挫折感と疎外感を知らない「恵まれた強者」の、「弱さへの無理解」と、「正しすぎる正論」。
嫉妬のあまり思わずまほにまで八つ当たりしそうな自分の卑しさに、また涙が出る。

長い沈黙を破って出たまほの言葉はしかし、エリカにとってあまりに予想外だった。

「エリカだけの戦車道。こればかりは、サンタさんにも贈ることはできないからな」

サンタ、さん…?
意外すぎる単語に驚き、思わず顔を上げた。
まほは先程と変わらず真顔だったが、少しだけ柔らかくなったようにも見えた。

「私も本当はみほみたいに、西住流とは別の、『私の』戦車道が欲しいとお願いしようと思ったが、流石にやめたよ。こればかりは、自分自身で見つけなくてはな」

そう言って微笑むまほを見ているとじわじわと可笑しさがこみ上げてきて、ついに笑ってしまった。
普段の厳格な隊長が、「サンタさん」などと可愛らしい単語を発するだけでギャップが可笑しかったし、普段鉄のように堅い隊長が唐突に冗談を言ったのだから、なおさら可笑しかった。

「エリカも私も、『自分の戦車道』を歩み始めたばかりのいわば初心者同士だ。共に精進しよう」

親しみのこもった優しい笑顔。
尊敬する隊長の可愛らしい一面を見せられた上、同じ地平にいる「友」として扱ってくれたことが嬉しくて、また涙が出てきたが、この涙は先程までとは違ってすごく温かくて、凍りついた胸の奥が融けてまた熱を帯びるような心地がした。

次の日エリカは小梅をランチに誘い、先日までのことを謝罪、和解した。チームの雰囲気と隊員達との信頼関係はすぐには改善しないが、小梅のフォローもあって少しずついい方向に向かっていった。

勝てるかは、わからない。
「西住流」からは、外れるかもしれない。
それでも、「私」らしい、「私」だけの戦車道を、歩み始めている。
新生黒森峰は、今ここから始まるのだ!

その潔さ、晴れやかさが周囲を惹き付け始め、隊員達はエリカに付いてくるようになった。

「勝ち負けにこだわらず、あなたの戦車道を探せばいい」

まほのこの言葉に背中を押され、ついにエリカは、新たな一歩を踏み出したのだった。

しかしエリカはまだ知らなかった。
あの言葉をエリカが素直に受け止められるよう潤滑油になったあの「冗談」は、実は「冗談」ではなかったことを…

(続く)

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