黒森峰より愛をこめて(逸見エリカ生誕記念 06.03.2019) ⑧

第八章 「二人三脚」

「脱輪したティーガーを牽引している気分だ。地団駄でも踏むか」
「そ、そんなには重くないですよ!」
「落ち着けエリカ。乳酸菌摂ってるか?
 だが確かに、ティーガーをティーガーを牽引するのは禁止だったな」
「お互い様ですね」

旧市街近くの丘の上の城へと続く坂道を、二人は並んで歩いていた。ただし、まほがエリカに肩を貸して、担ぐような形で。

かえすがえすも恥ずかしい。
赤面した顔を隠すように、エリカは俯いていた。

川沿いの小路を散歩した後、近くにある城を見に行くことになった。
城門前のレストランはまほが常連で、夕食を予約してくれているとのこと。

「城まではかなり上る。どこかで一息つくか?」
「いえ、大丈夫です! 鍛えてますから」

まほにいいところを見せたかった。
それに、せっかく予約してくれたのだから、遅れては悪いと思ったこともある。17時をまわっていたので、城の拝観時間も気がかりだった。

しかし、雪の中石畳の急な坂道を上るのは、想像以上に重労働だった。
旧市街もそうだが、中世ヨーロッパの建築は「攻めこまれる」ことを前提に作られているところがある。
このT市旧市街の立地からして、平地ではなく急勾配にへばりつくように広がっているし、街の中の通りも迷路のように入り組んでいる。石畳の舗装もあえて不規則にして、人や馬が全速力では進めないようになっている。
ましてや「戦争」のための施設である城へ向かう道が、往きやすい道であるはずがない。兵員や物資を出し入れする都合から道幅こそ市街地より広いが、坂道はより急だ。直線が長く続かないよう、要所要所にカーブが作られている。

「それでもカフカの『城』よりはましだ。
 近寄っては遠ざかり、遠ざかっては近寄るを繰り返すが、進めばとにかく着くからな」
「私には近付いているかすらわかりませんが…
 きゃあぁ!」

疲れていた。
初めて異国に来た興奮と、憧れの隊長との「デート」の緊張で忘れていたが。
それに、ドイツに着いてからろくに食事を摂っていなかった。

つい、足を滑らせた。
石畳の上で一度溶けた雪がまた凍り、つるつるになった場所を踏んでしまい前足が滑る。
倒れないよう後ろ足に重心を移すと、その拍子に楔がわりに踏ん張っていた根雪の山が崩れ、こちらの足も崩れる。

「エリカ!」

気付いたまほが手を伸ばし、エリカの手を掴む。
強く握り返すエリカ。
助かったかに見えた。

が、今度はまほの方がバランスを崩す。
足場が悪いのは、彼女とて同じだ。
なんとか踏ん張りつつ、空いている片方の手で手すりを掴もうと伸ばす。

あと少し…
あと少し…

もうすぐというところで、足が限界になってしまった。
二人は一緒に尻餅をつき、半分凍った坂道を2メートルほど滑走してようやく止まる。

二人はきょとんとして互いに顔を見合せ、しばらくしてどちらからともなく笑いだした。
笑っているのを互いに見つめ合うと、ますます可笑しくなってまた笑ってしまう。
まほは意地っ張りで負けん気の強い後輩が、こうも無防備に笑うなんて可笑しくて仕方がなかったし、エリカはエリカで、戦車の上では鉄面皮で、普段もクールな「隊長」が、こんな無邪気な笑顔をするなんて、思っても見なかった。
ひとしきり笑ってからようやく体の痛みを感じだし、お互い一人で歩くのは少し辛いので、支え合って歩くことになったのである。

「しかしボクササイズもいいが、尻の筋肉も鍛えておかないとな。
 言い伝えによれば、私の先祖には敵を尻に挟んで潰して倒した女傑がいたそうだ。『ねうろい』という敵だったらしいが」
「…それが、西住流(のジョーク)なのですね」
「ああ、これが西住流(の『武』)だ」

エリカが自分を責めたり自己嫌悪しないように冗談まじりで励ますまほと、そんなまほの心遣いが心に染みるエリカ。
肩を支え合って坂道を並んで歩きながら、こんな二人三脚も、悪くないかとエリカは思った。

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