黒森峰より愛をこめて(逸見エリカ生誕記念 06.03.2019) ③
第三章 恋人がサンタクロース
家元が初めて「サンタさん」の正体を知ったのは、西住の家を離れ、恋人と暮らし始めた年のクリスマスイヴだった。
当時の西住流は今よりも遥かに厳しく、分家筋でない常夫に車両整備をさせることへの反発は根強く、ましてや色恋沙汰、それもしほが公言したような「結婚を前提とした付き合い」など、とても認められるものではなかった。高校卒業と同時に、史上最年少で師範代になった「王者の卵」を妬み嫉む一派がこの醜聞をことさらに煽り立て、利用したところもある。
そのような状況下、大学生活と西住流師範代の二重生活をしながら慣れない二人暮らしを立てていくのは簡単ではない。
例の12月24日も、分家筋が一同に介する稽古納めで不遜な挑戦者達との無茶な乱取りと他の乗員のサボタージュに苦しみ、稽古後の宴では嫌味と当てこすりの応酬で心が消耗し、「王者の卵」といえども疲れ果て、帰ってくるなり服を着たままベッドに倒れこんだ。
「サンタさんにお願い、まだしてなかったわ…」
そう思いながらも、お願いを考える気力すらなく、眠りに落ちてしまった。
そんなしほが微かな物音に飛び起き、反射的に枕の下のPPKを構えたのは真夜中過ぎ、日付が変わる直前のことだった。
暗い部屋の中で、何か「赤い」人影が蠢くのがうっすらと見える。
普段のしほなら、軽率に発砲するようなことはなかっただろう。しかし厳しい稽古で疲れ果てていたしほは、本能のまま、自分の身を守るのに必死で、歯止めが利かなかった。
赤い影は飛んでくる弾丸をすんでのところで避け、聞き慣れた声で呟く。
「当たらなければどうということはない」
驚いたしほは銃を下ろし、部屋の明かりを点ける。
そこにはサンタの赤い衣装を着た、恋人の姿があった。
イタズラがバレた子供のようなバツの悪そうな顔で頬をかく常夫を見て、しほは「サンタさん」とは何なのか、ようやくわかったのだった。
常夫はしほの母親から、しほがまだサンタを信じていると聞かされ、二人暮らしを始めたからには今年は自分がサンタの役を見事つとめあげようと意気込んでいたらしい。しかし常夫は西住の者ではない。これまでのサンタ役は西住流秘伝の気配を消す術で熟睡している少女の枕元にまで忍び、そっとプレゼントを置いていくことが出来た。だが西住流の心得がない常夫は、気配を完全に気配を消すことが出来ず、過酷な稽古の後で気が張り詰めたまま就寝したしほに見つかってしまったのである。
「私、あなたに向かって撃ってしまったのね。ごめんなさい」
「僕のほうこそごめん。せっかくのクリスマスプレゼントが、台無しになってしまった」
そう言って常夫は、背中に隠していた包みをしほに見せる。その包みの中央には小さな穴と、穴の周りに焦げた跡が見えた。先ほどの銃弾が、直撃したのだろう。
「当たらなければどうということはない、ね」
しほはくすっと笑いながら、常夫の手を取り自分の方へと引き込んでいく。
「いいのよ。私にとって最高のクリスマスプレゼントは、『あなた』なのだから。
今日は疲れたわ。私のこと、じっくり『整備』してちょうだい」
(続く)