君はたとえそれがすごく小さなことでも/何かにこったり狂ったりしたことがあるかい
「歌舞伎町一番街」の門前、「此岸」と「彼岸」の狭間。
魑魅魍魎の往来を眺めながら僕は、終わりゆく酒と煙草を燻らせている。
アイルランドの黒ビール「ギネス」。
フランスの黒タバコ「ゴロワーズ」。
デンマークのフレーバーシャグ(手巻きタバコ)「キールロワイヤル」。
僕を魅了した嗜好品たちが、日本で終売になるという。
ギネスは正確にはリニューアルして再販するらしいけれど、噂では良くも悪くも「クセ」のない、スッキリしたビールに変わるそうだ。
濃い味付けのフィッシュ&チップスに負けなかったギネス。
ストレートのジンの「おつまみ」にできたギネス(逆もまた然り)。
葉巻と合わせることのできた数少ないビール、ギネス。
それはもう、過去のものになってしまうのだろうか。
そして、ゴロワーズ。
学生の頃好きだった銘柄で、青春の詰まったシガレットだ。
ちょっと前にシャグに切り替えていて、紙タバコは吸っていなかったけれど、久しぶりに吸うと驚くほど甘くて、しかもコクが感じられる。
パイプや葉巻を吸いはじめて、クールスモーキングが身に付いたからかもしれない。
ちなみにゴロワーズについては随分前に記事を書いたことがあって、本当になんとも思い入れの強いタバコだ。
エクセレントの「キールロワイヤル」は、僕が初めて自分で作った手巻きタバコで、これも日本で終売らしい。
手巻きタバコはヨーロッパの学生がよくやっているらしく、留学中とその前後にできた知り合いがよく吸っていた。
特によく世話を焼いてくれた留学経験のある先輩は、日本で一緒に飲みに行った時も、カバンから一式取り出して一本一本作って吸っていた。
僕はその時は自分でやろうとは思わなかったけれど、例のコロナで外出自粛していた時期、この機会に趣味のタバコを深めてみようと思いシャグに手を出した。
その時一番最初に買った銘柄が、『キールロワイヤル』だった。
ちなみに巻き紙はOCGを使っていて、最初にシャグを買った地元のタバコ屋の主人に薦められたのが縁でずっと使い続けている。
(駅前の区間整理で閉店してしまったけれど、いい店だった)
もちろん名前の通りシャンパンカクテルの「キールロワイヤル」をモチーフにしたフレーバーシャグで、甘くフルーティーな煙が口と鼻に広がる。
一方でタバコの味も充分に感じられる、上品だが力強い銘品。
個人的にはシャンパンやショートカクテルなどアペリティフ(食前酒)と合わせるのが収まりがいい。
例えば誰かと食事の約束をしたが、先方が遅れてくることになる(女性はだいたい遅れてくるものだ)。
食事の直前に一服するのは失礼な気がするけど、彼女が来るのは15分後、もしかしたら30分後になるかもしれない。
ならばタバコを吸いながら一杯引っかけるのも悪くない。
例えばギムレットかマティーニ、もしくは辛めのスパークリングワイン。
そしてお供は、『キールロワイヤル』。
ジンの涼しげな香味と、シャンパンフレーバーの煙が鼻に抜ける。
一方でライムの甘酸っぱさが舌に絡みつき、素晴らしいハーモニーを紡ぎ上げる。
スローバーニングの巻き紙が7分かけてゆっくり燃え、二本目に火を着けながら次のアペリティフを選んでいる時、後ろから肩にそっと手を置く女がいる。
僕らはシャンパンを一本空け、慣れた仕草で乾杯をする。
口には『キールロワイヤル』を咥えながら。
ギネスもゴロワーズもキールロワイヤルも、まだ在庫のある場所を見つけ出してなんとか買い貯めることができた。
この「優雅」なスノビズムも、しばらくは続けられそうだ。
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