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「ここはすべての夜明けまえ」 レビュー・ネタバレ

徹底的に搾取され尽くした人間の書く文章があるなら、それはこんな感じなのかもしれない。
 
2123年10月1日、九州の山奥の家に一人住んでいる「わたし」。
永遠に老化しない「融合手術」を受け、死んでいく家族を見送った後、彼女は「かぞく史」を書き始める。
 
ひらがなが多い拙い文章で綴られるそれは、主人公が自分の人生を語るところから始まる。
破壊されている人生を。
 
「わたし」は十歳くらいから食べるのも眠るのも嫌悪している。それは、摂食障害と睡眠障害と呼べるほど激しい。
眠れない夜を過ごして、夜明け前の空の美しさに魅入られる記述があり、これがタイトルの所以だと思われる。
 
食べてもすぐ吐き、睡眠を取ることさえ困難な体で、学校にも満足に通えない。
母親は自分を産んだことによって死んでしまい、父親は母に似ている主人公を溺愛し、それを嫌悪した兄や姉たちは家を出ていく。
父親の「溺愛」とは、つまり母親の代わりに愛するということで、「虐待」と「搾取」なのだということはだんだん、分かっていく。
 
睡眠の取れてない回らない頭で、父親だけを相手に、自分はおしゃべりが好きなんだからと何度も同じ話をする。父親は虐待している娘の、母親そっくりの顔を見ながらかわいいね、と頷きながらずっと聞いている。
 
そして、とうとう「死にたい」という娘に、父親は融合手術を受けさせる。
 
想像以上に、ハードな内容だった。けれど、「わたし」は自分の好きなおしゃべりのように書いていこうとしているので、さらっと読んだだけだと内容の薄い、どうでもいい話のように読み取れる。
 
これも、覚えのある感じがする。
クラスメイトとか同僚とか、どうでもいい話を延々とする人、いますよね。
家族でもいい。
こっちが聞く気が失せる話し方をする人。
この、軽んじられていいと思わせるような内容が、本当に絶妙。
 
「わたし」と接するすべての人が、そうして彼女を無視したり引いたりして、遠ざかっていったんだろうな。そして、見捨てた。
 
「わたし」のそばにいてくれたのは、幼い頃から子守として押し付けられていた甥のシンちゃんだけ。そして「わたし」は、成長して、好きだと言ってくれたシンちゃんと恋人になる。
 
これが、未来で「わたし」を深く後悔させ、間違いだと言わせることとなる。
 
もちろん「わたし」はすでに融合手術を受けていたから、せいぜい抱きしめられたりキスしたりする程度なんだけど、シンちゃんをずっと自分に関わらせ、縛りつけ続けることになったことが、まちがいだったのだと。
 
それはまさしく、自分を搾取し続けた父親と同じだったのだと。
 
この部分は、「わたし」がすべての家族を見送って、シンちゃんも死ぬのを見届けてから、滅んでいく地球から脱出するコミュニティの一員であるトムラさんと会話していて出てくるのだが、何度か読み返すたびに、、どんどん信じられない思いが強くなっていく。
 
こんなに搾取され続け、徹底的に貶められ続けた人間が、たった一つだけすがりついていたものを、その命綱を、つかんだのは間違いだったって認められるものなのか。
 
「わたし」は最後に、一緒に別の星に旅立とうというトムラさんの誘いを断る。あなたは十分苦しんだ。その記憶を幸せな人生の記憶に修正して、新しい機械の体に変えることもできると言われたが、それも断った。
 
そして、一人で夜明け前の空を見ているところで終わる。
 
 
ここはすべての夜明けまえ、だけどほんの少し何かがちがえば、「わたし」は夜が明け切った、抜けるような青空の下を歩くこともできただろうに。
夜明け前の静かな諦観に満ちた、諦めの中にしか見ることができない小さな夢が、とつとつと語られていくのが悔しい。
 
 
ただ、「わたし」がトムラさんに語った、『もしタイムマシンがあったら、わたしはそれにのりかつてのわたしのまえにあらわれます。それでてをとりどこかへにげて、ふたりでたのしいことをいろいろするんです』というのを読んだ時、不思議と胸のすく思いがした。
 
世界中の、搾取されている人たちの前に、未来からきた自分自身が現れて、手を取って走り出す。そんなイメージが浮かぶ。
 
逃げろ。逃げろ。
夜が明け切って、青空が現れるまで逃げろ。
 
 
念じた思いは、数日経った今も頭の隅から消えてくれない。
多分、もう消えないんだと思う。
 
凄い話だった。
 
 

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相原静果
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