(注意喚起)査読前のpreprint段階の研究成果の大学等によるプレスリリースと報道のあり方について
提案者
David H. Kornhauser(京都大学)
清水 智樹(京都大学)
大渕 希郷(科学コミュニケーター)
小泉 周(自然科学研究機構)
第一版 2020年6月6日
第二版 2020年6月17日
1.注意喚起
コロナ禍において、最新の研究成果をいち早く公開し、共有していくことが、人類とコロナとの戦いや共存にむけた取り組みに、有益であることは間違いない。
しかし、その一方で、科学的な査読を経ていない研究成果が、大学組織によってオーソライズされた情報であるかのごとくプレスリリースとして社会に出回ることは、むしろ、大学組織や科学者への信頼を失墜させ、結果として、科学と社会の在り方を悪循環させることになりかねない。
こうした中、昨今、科学的な査読を経ていないpreprint(注1)段階で、様々な論文原稿が公開されている。とくにコロナ禍において、medRxiv.orgなどのpreprint serverにpreprint段階の論文原稿がアップされ、多くの人が読むことができる。
そもそも、preprint serverの目的と役割は、まだ査読を経ず受理されていない修正可能な論文原稿を、いち早く公開し、多くの人の批判の目にさらすことで、科学的に議論され、必要に応じて適切に修正することである。したがって、preprint serverに掲載されたこと自体は、なんら科学的な検証がなされた結果ではないことを十分に認識しておくべきだ。
こうした理由から、大学等の組織は、preprintサーバーに掲載された段階(査読前)での論文原稿のプレスリリースには慎重になるべきである。
注1:preprintとは、論文として学術誌に投稿される前の原稿のこと。通常、学術誌に投稿された論文は、専門家による査読(科学的な検証)がなされ、受理された後に出版されるが、preprintは投稿前の論文原稿であり、こうした査読を経ていない。arXiv.org、bioRxiv.org、medRxiv.orgなどは、こうしたpreprintを掲載するpreprintサーバーである。
2.リスク
大学や当該研究者が受けるであろう、考えられるリスクは以下の通りである。
1) 大学が組織としてプレスリリースすることによって、査読前であるにもかかわらず、あたかも組織が内容等にお墨付きを与えてしまうことになってしまう大学の信頼を損なうリスク
2) 何等か科学的な修正が必要となった場合に、一度発せられたプレスリリースや、それをもとにした報道、社会的理解の修正は極めて困難であることのリスク
3) 2の場合、大学や当該研究者のみならず、科学に対する社会的信頼性を著しく損なうリスク
大学や研究機関は、こうしたpreprint段階の研究成果のプレスリリースに関して、十分に慎重になるべきであり、上記のリスクを組織として十分に認識しなければならない。
また、学術誌によっては、preprint serverに論文原稿を事前に掲載することについては投稿の制限にしていないものの、preprintの事前プレスリリースについて制限している雑誌があるので、学術誌の投稿規定にも注意する必要がある。
3.明確にpreprintであることを記述すること(共通マークの提案など)
どうしても、大学組織として、査読前のpreprint段階の研究成果のプレスリリースを行うことが、何にも比して公共の利益に値すると判断する場合には、プレスリリースの表紙またはタイトル等に、「このプレスリリースは査読を経ていないプレプリント段階でのプレスリリースであり、今後、内容が修正される可能性がある(日付)」ことを明示的に示す必要がある。その際、preprint段階の当該研究成果をプレスリリースすることの目的と理由についても併せて明記することが望ましい。
さらに、もしどうしても査読前のpreprint段階の研究成果のプレスリリースを行わざるをえない場合、注意喚起のため、共通して、以下の共通マークをプレスリリース本文に掲載することを提案する。
4.報道機関の皆様へのお願い
報道機関の皆様も、こうしたpreprint段階での論文原稿(arXiv.org、bioRxiv.org、medRxiv.orgなどに掲載されたもの)は、科学的に査読がなされていないことを十分に認識し、正式な論文発表のプレスリリースに基づく報道とは一線を画し、査読前であることについて明確に分かりやすく注意を記載することを必須とし、慎重に報道してほしい。
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