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~特別なことではない~ 移住者へのインタビュー  第三弾 前編

「挑戦する人が集まる、賑わいの島」~海士町~ 本年度、新しく我々の仲間になった挑戦者の想いを聞くシリーズ・第3弾。 
今回も移住者・Yさん(48歳・男性)にインタビューをさせていただきました。(恥ずかしがり屋のため、氏名・写真の公開を控えさせていただきます。)

海士へ向かうフェリーにて

――何故、海士町を選ばれたのですか?
関西で病院で看護助手として働いていましたが、人生の転換期を迎えて、「引っ越し」を考えていたんです。その時に「引っ越し先」への希望をいくつか自分でリストアップしたんですが、ほとんどの項目に該当していたのが、「海士町」でした。その際に「介護スタッフ」を募集している情報もあり、タイミングを感じました。

――2024年3月に移住されてきましたが、びっくりしたことはありましたか?
特別なかったですね、自分の希望に該当していたわけですから(笑)
関西では、商店街の中で住んでいたような立地でしたし、周囲も金属、印刷、薬品などの工業地帯でしたし、そんな地域から自然多き場所を求めていたので。たまたま離島だったという感じです。

――海士町での生活はいかがですか?
もともとインドアを好む人間で、念願の一人暮らしですので、楽しんでいますよ。足りないものがあれば、近隣にはJAや商店が複数あり、生活の場としても、海士町役場の近くで、恵まれた環境です。
車の免許がなく徒歩での生活が中心ですので、徒歩圏内に商店が複数あるのは助かります。菱浦港までも徒歩で30分、歩くことも苦痛ではありません。職場までは徒歩で10分程度の場所に住んでいますが、周囲は田んぼなので、虫が多く、湿気もあり、そのあたりは苦心していますが(笑)

Yさんの通勤経路

――元々は飲食業で働いていたようですが、介護職の経験はどのくらいですか? どんなことを大切にされていますか?
3年ぐらいになりますね、もともと世話好きでしたし、人と話すのが好きなので楽しいですよ。ただ、まだまだ戸惑う日々ですね。飲食業の場合はお客様のオーダーがはっきりしていて、注文が入ってから、そのオーダー商品を作りますので、提供は「待ち(受け身)」だったと思います。介護福祉業界は、その注文・オーダーが明確でない部分も多く、自ら探り探りの部分もありますからね。病院の看護助手をしていた時も、医師や看護師の指示で動いていましたし、むしろ、指示以外のことは動いてはいけないポジションですからね。だから、福祉介護で働いてみて「広い視野で、よくみよう」ということを大切に考えています。

――3年後はどうなっていると思いますか?
3年後? まったくわかんないですね(笑) もともと、あまり先のことは考えず、「今」をきちんと見つめる方で、今を一生懸命生きたいですね。
もちろん、将来の夢は、人並みに考えますが・・・。
今は「まずは3年間、続けよう」と考えています、介護福祉士は取得したいですね。

――休みの日は何をされて過ごされていますか?
先ほども言いましたが、元々インドアでして、元飲食業ですので、材料を仕入れて、創作料理をしたり、ゲームや動画を見たり、読書したりしています。料理は、移住仲間にも、振る舞って、喜んでいただいています。(牛すじカレーや酒粕汁など、絶品でした by広報委員)
いまは、離島であろうと、ポチッとするだけで、希望する商品が届く時代になりましたから、不便は感じないですよ。いい時代になりましたね(笑)

職員へ料理をふるまうYさん

Yさんは、常に俯瞰して、物事を見つめている感じで、我々のインタビューにも冷静にお答えいただけました。
後編では「移住」は「特別なことではない」という興味深い発言も残してくださったYさんのインタビューをお楽しみに。(広報委員)


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