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ミナソコ について喋ってみる(前編)


まえがき

コトヤマ先生の前作「よふかしのうた」が完結し、少し経って同作のアニメ2期制作が発表され、放送時期がいつになるかは告知されぬまま迎えた初秋の展示会「コトヤマ展」。その最深部にて
「コトヤマ 新作読切 サンデーにて今秋頃掲載予定!」
という表題と何枚かのキャラクターのラフデザインとともに情報が公開された本作「ミナソコ」。


読後の心境としては
やっぱり、先生の漫画が好きだな..
みたいな感じでした。

もちろん前から存じ上げていたことですが、絵の繊細さ、構成、ストーリー展開といった全てにおいての圧倒的なクオリティの高さと、それに加えて
見せたいものを切り替える部分においても強引さを一切感じない、と言いますか、
具体的には今作「ミナソコ」においても

「ここはセリフ少なめで視覚的な雰囲気を通して情報を伝えたい。次はセリフを使ってストーリーを進めたい。その後は場面を変えて絵だけでキャラクターの性格の大枠を掴んでほしい..

というように作中で表現手段を何度も切り替えているはずであるにもかかわらず、不思議なくらいどこもつっかえるような印象を受けないんです。
僕がコトヤマ先生の漫画を好きでいる理由はこういった部分が大きいと思います。


先生の新作が読める一週間、約10ヶ月前以来ということもあって幸せでたまらないです。では、本題行きましょう。

親切にも紙版と電子版の両方で下の方にページ数の記載があったので、特定のシーンに言及する際はその数字を参照することにします。


おおまかなあらすじ & 喋りたいところ

さあさあどんなスタートかな、と最初のページを開くとなにやら爽やか青年(以下、シン)がいますね。しかも彼

・大会で優勝するハイスペック
・それでいて本人は周りの期待ほど大して誇りを持っておらず、なんならやめたいなどと思う始末


「うーーん夜守かな??」

と思わず声に出てしまいました。(当方コウくんのことは好きですが最推しというわけではございません、苗字呼び失礼いたしました。)

ただこの後(152-153P)で、剣道を辞めたがってる理由が坊主が嫌だからだと説明されます。
しかし、「練習は楽しい、試合でキレーに決まった時なんか最高」とも語っていて、辞めたい原因が本当に坊主なのかどうかはかなり疑わしい感じがしますね。とりあえずそのまま読み進めます

夜道の中ににしゃがみ込み、思いを巡らせた彼は

"明日 辞めるって言っちゃおう"

と呟きました。その時、目前には閉じた踏切と正体不明の「侍」。
意を決した矢先の「踏切」そして門番の如く立ち尽くす侍..
なにか、匂いますね。

そしてこれは「よふかし」にも言えることですが、風景の臨場感、今回もとんでもないですね..!! 自分は絵を描くことについては無知なので、どうしてすごいのかというのは説明できませんが、この「風景が素敵」という要素もまた間違いなくキャラクターの魅力に追い風を与え、なんならそれ単体としても作品の価値を何段も高めているように思えます..

電車が通り過ぎた後、決闘を申し込む「侍」。応じたシンですがその結果は完敗と言って差し支えないものでした。ここで「侍」が使用した剣道の技のひとつである巻き上げについてですが、簡単に調べてみたところ様々な興味深い情報が見つかりました。以下に一部抜粋します。

・「巻き技」ともいわれ、難度は高いとされている。
・竹刀を手放させるという性質上、原則は相手が気を抜いているタイミングでしか決まらない(作中においても技が決まる直前にシンが不意を突かれた描写がありました。)
・作中の説明通り、公式戦では竹刀を手放した時点で反則とされるが、審判の「辞め」がかかる前に有効打を入れれば一本となる
実力差が開いていない限りなかなか成功しない。それ故、特に師に対して試みるのは失礼であるという考えもある(力を誇示する行為が武道の考えに沿わない為)

これ調べてよかったぁ..と思います。

初見では、たかが反則一回分の技を決められただけでそんな深刻になるか?という部分で引っかかっていたし、この技を決められた相手に「勝ちです」と言われた気になるのもとても納得がいきました。

そして、決着後の166Pの最初のコマの絵なんですけどここ語りたいです。

まず、シンは通り抜けるはずだった踏切を渡るどころか踏み入れてすらいないのがわかります。つまり、シンと踏切との位置関係が決闘前から変わっていないんです。踏切を超えていないことと、固めたはずの意思にまだ迷いがあるというシンの心情がリンクしていますね。

そして、決闘前のコマ(154,155P)では線路と並行向きのアングルだったのに対して、このシーンの構図は道路と並行で奥側が上になる構図をとることで、線路を挟んで侍がシンの上に立つといった位置関係が描かれています。

これについて、ここまでのストーリー展開を踏まえて考えれば
「一線が引かれるほどの明らかな実力差が2人の間にあることが浮き彫りになり、ここでシンは自分よりも強い奴がいたということを自覚せざるを得なかった」
ということじゃないでしょうか..

決闘前の2人が対峙するコマでこそ、おそらく魅力的な舞台だからという理由で描かれていた踏切が、ここでは心情やキャラクターの関係を暗に示すギミックとして使われているの、凄すぎて..(オタクの妄想です。真に受けないでください)
とても好きなシーンのひとつです

あと、この決闘の際「シンから侍の右腕の包帯が見えていた。そして侍のお辞儀の仕草を見た」という点を言及しておきます。これはおそらく後の展開に繋がっていると思います。

次の場面に移ります。決闘を通してシンの心境には変化が訪れ、「辞めないっすよ 剣道。」という一言を残して侍のことを探し回りに行きます。

実力はあるのに辞めたがっていたシンが、敗北を味わったことでその意志を180度変えてしまったという展開からは、

「負けず嫌いだが今までそれを自覚しておらず、実は強い自分に誇りを持っていた」
という彼の一面が伺えます。

ストーリー最序盤で提示されたように、シンは高校生大会で優勝するほどの実力者ですから、これまで滅多に負けるという経験をしてこなかった。逆を言えば勝って当たり前のマインドで剣道をやっていたと思います。最初のインタビューの中で

(優勝した感想を問われ) " 今回 勝てて ほっとしています"

と答えていることからもそう考えてよさそうですね。このときのシンは攻略方法がわかっているゲームをプレイしているような感覚だったかもしれません。ただあの侍にはそれが通用しなかった。

敗北を経てより強くなるために剣道を続けることにした、というプロセスはシンの強い存在でありたいという意志を強調しているのかな、と考えました。より詳しくは最後の振り返りのところで書きたいと思います。

次いきます。場面が変わって、ここで初めてヒロインが登場しました。
で、いきなりセリフが激減しますね笑。
ここは彼女についてあまり多くを語らず、伝える情報を雰囲気程度に留める「掴み」のパートという感じですね。

一連の流れの中で特に気になったのは、このシーン全体を通して彼女以外の他人が一切登場しなかったことです。なぜなら「食卓」そして「教室」という、ふつう複数人がいることが想像される舞台を用意した上でそうなっているからです。これを素直に彼女の性格のメタファーとして取るなら「一匹狼、内向的、自立している」というふうなイメージになりますが、特に学生なのに朝食を自分で作って1人で食べているところはやはり引っ掛かりを覚えます。果たして後編で事情が語られるのでしょうか..

そして視点はシンに戻り、彼は母校の中学を訪れます。
後輩の新田くんに強いやつはいるかと尋ねたところ2人ほど紹介されますが、どちらも体格的に侍ではないだろうとシンは判断します。

この場面で見開き1ページ分使って
「シンは身体的特徴を観察して、侍かどうかを判別している」
という情報が開示されますが、正直ここの意図については理解しきれていないような気がします..
確かに、直後のシンがヒロイン(以下、つくし)を見た時の反応に繋がってはいますが、そのためだけの描写だったかと言われると現状疑問が残るんですよね。


少し話が脱線してしまいましたが、この次の場面(178P-)でつくしが登場し、彼女がシンの母校の剣道部に所属していることが判明します。

179Pの2コマ目、「つくしはシンに特別興味を持っている(意訳)」というセリフももちろん重要ですが、シンの視点からつくしのお辞儀と包帯が確認できます。ここまでの流れ、そして直前のページとの繋がりから察するに、シンはこの時点で「つくし=侍」を確信している

はず、なんですけどぉ..(言葉の淀み方がつくしのそれ)


いやそう、これがわかる描写が他にはなくてぼんやりとしてるんですよ。ただ、以上の通り流れから判断してシンは侍の正体を察しただろうとして一旦当社見解とさせていただきます。

仮にそうでなかったとしても、ここで間違いなくつくしに何かを感じ、シンは練習を見ることにしました。

180Pの頭で、剣道の声出しに対するシンの考え方が伺えるのですが、この部分って前半時点では他のどこともつながらない不要な情報に思えるんですよね。
つまり、「すげえ声..」から2つ先の「そういう大会にすればいい...」までのコマとセリフをバッサリ切ったとしても話全体は成立するにも関わらず、この描写は存在しています。

おそらく、後半でより密接に関わるつくしとスタンスが違うということを示す必要があったのかな、なんて思ってます。
怒られるから出すシン、怒られるけど出さないつくしで対照的ですからね。

次に進みます。いよいよ終盤です。
ようやくシンとつくしが(つくしとして)初めて直接言葉を交わします。ここもまた、チラ見せという風につくしに関する情報が広く浅く開示されていくような一幕でしたね。
なんといいますか、ミステリアスな領域を確保しつつヒロインを描いてるみたいなところはやはり初期のナズナちゃんみを強く感じます。

わからない、異質な存在だからこそ、魅力的に感じることが異性の本質なのではないか。byコトヤマ

「だがしかし」11巻のあとがきより

と以前に仰っていたように、今作のつくしもまさにコトヤマ先生的ヒロインの系譜をたどっていますね。好き。

話をミナソコに戻して、つくしがシンと向かって話し始めたところから、わざと負けていることを言い当てられるまでのシーンで判明したことを列挙していきます。

・恥ずかしがり屋なのか緊張しているのか、シンと向かって話す時はとても小声で縮こまっている。
・部活中のつくしはわざと負けていた(ただし有効打は許していない。つくしはそこまで意図してやっていると自分は考えています)
・わざと負けたことをシンに言い当てられた途端、つくしはシンに対して警戒をといた(表情から安心、嬉しさのような感情だととりました。後ほどより詳しく話します。)

この辺りには次の「全体を通して」の項にて触れていきたいと思います。

あと、ラストで腕力先生がシバかれて前半終了、となるのですが「ふぅん..」くらいで特に触れることなかったです。序盤の登場シーンもスルーしたし腕力先生ごめんなさい


全体を通して

最後に、ちょっとした考察を踏まえた感想と、そして本作で圧倒的な破壊力を放った「バカみたいじゃないですか..」のセリフについて触れて終わろうと思います。

後編の展開についてですが先に結論から書くと、つくしとシンは過去に関わりがあったんじゃないかな?という予想でいます。というより、自分の頭が硬くてその道以外が想像できないです..

更にいうと、その過去の中でつくしがシンに恩義を感じるようなら出来事があったのかな、なんて考えてます。
それであれば、つくしがシンに興味を抱いているのも筋が通りますし、「つくし」として初めてシンと話す際に恥ずかしがっていたことにもある程度納得は行きます。わざと負けているのを言い当てられて逆に嬉しそうだった理由についても「自分が弱いと思われて失望されずに済んだから」と説明がつくと思います。

「つくし」としてシンの前で恥ずかしがっていた、のところで一つ付け加えたい話があるのですが、侍との決闘の後でシンは

" 「俺の勝ちです」 そう言われた気がした "

と振り返っています、この「俺」、流石にやってるよな..
無論、侍が男であるというのはシンの誤解なのですが、そう判断した根拠は侍の声のはずです(158P)。ということはつくしの地声が男みたいらに聞こえたということ、、
ではないはずです。

つまり、侍のつくしはシンの前で意図的に男のふりをしていたということですね。別にこの時点ではつくしとシンは(作中では)まだ出会ってませんから、声を変えてまで自分の正体を隠す必要があったのかと言われると疑わしいんですよね。この部分も考察の根拠の一つにはなっています。

では、なぜ夜に侍として活動し、「つくし」である時は手加減をするのか?強いことを見せるのに何かしらの不都合があるのか?という点を考えます。

その不都合の可能性の一つとして、前にちらっと触れた「武道に反する」という線があると思います。
一度、シンの剣道との向き合い方についての話に戻すのですが、当該部分において、自分は彼が剣道を続けることにした理由を「負けを味わってより強くなる必要が生まれたから」だろうと書きました。

繰り返しますね。「力を誇示することは武道の信念に沿わない」のですが、敗北を経て悔しさを味わったシンは「強くなるため」に剣道を続ける選択をします。
..そう、この部分歪んでるんですよ。

誰よりも強くなるために剣道に取り組むシンと、強さを表に出さないつくし。
「強さ」とどう向き合うか、「強さ」をどう使うか
というのはミナソコのテーマの一つなのかもしれない、と感じました。


以上を踏まえて、最後のつくしのセリフについてちょっと考えてみます。

まず「助けて〜って叫んでるみたい」とは強者の視点だよな、という印象を受けました。言外に「自分は助けを必要としない」という意味を込めているように思えますし。
あと、表情から察するに「君たちは弱いくせに」と思っててもおかしくない感じがします。つくしもつくしで「強さ」というものに対してなにかしらのコンプレックス抱えてそうですよね。

という程度の思考しかできませんが、今はまだ覗き見できる程度にしか蓋が開いておらず焦らされている状態であって、この辺りが後編でより明かされていくと思うと楽しみですね..!!


あとがき

前編だけの話で割としっかしりしたボリュームになってしまいました。
当初は前後半まとめて一つの感想として出すつもりだったのですが、それだと文量多すぎダレてしまいそうだな..と思い、予定を変更して前編だけで一つの感想とし、投稿する運びにいたしました。
この記事の最初に、

「コトヤマ先生の漫画が好きな理由は、ビジュアルとストーリーの両方の質がものすごく高い上、それらの切り替えの流れに強引さを一切感じず両方の存在感の調和が取れているから(中略)

と書かせて頂いたのですが、この前編に限って言えばビジュアルの側で持たせたな、という印象があります。まあ前編ってそういうものですからね。なので、特にキャラクターへの共感を求めて読む人にとっては、後半はとんでもない火力のものになるんじゃないかな、と思います!まじで楽しみ。
あと、感想のくせに「このキャラのここが良くてさぁ..」みたいな話ってほぼしなかったですね笑。いいかな、ある意味で「俺はこういう読み方をしちゃうんだよね」っていう自己紹介になった気がするから。

最後に、冗長な駄文にも関わらずここまで読んでくださった方、ほんっっとにありがとうございます。大好きです。

考察、少しはかすってるといいっすね
答え合わせは6時間後。

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