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かたっぽでからっぽ


女手ひとつで僕を育てた偉大なる母

そんな母に、一度だけ父親について訊いたことがある。忘れもしない、高校2年……いや3年……そんなことはどうだって良くって――

 僕は物心ついた時から片親家庭で育っていて、父親が居ないのだって"そういうもの"だと気にも留めていなかったし、幼いながらにそういう話は母を傷つけてしまうのでは無いかという畏怖があったので、極力見ないフリをしていた。周りにだってそういう家庭はありふれていたし。
 それでも中学を卒業する頃には、多感な時期というのも相まって、ほかの家庭に対するルサンチマンや不公平感をおぼえるようになった。それは目に見える裕福さだったり、金銭面だけでなくて、おもに心の奥底が半分だけからっぽみたいで陰鬱とした気分だった。
 そんな心持ちで高校に上がったものだから、知らず知らずのうちにハチャメチャに意識するようになってしまっていて、ある日の部活終わりに、LINEで、思いつきというか、ほとんど勢いで訊いてしまったのである。

「そろそろ父親について教えて」

その日は母の仕事も遅く、もともとSNSやメールなども見ない人なので、当然既読が付くはずもなかった。僕は家に着いて真っ先に冷房をガンガンにつけ、暫くイヤホンで音楽を聴いていたのだけれど、ふとして、ガレージからエンジン音がしていることに気が付いた。
なんや、帰っとんやん。
  いつもの帰宅時間など疾うに過ぎていて、実のところ僕はずっとソワソワしていた。母はそれから少なくとも40分はそのまま車内に籠っていたと思う。あまりに長く感じた。
体感時間で言えば、スタンドバイミードラえもんなら2周は出来たと思う。これホンマっすよ?
冷房の効いた部屋に居たはずなのに、そんなのお話にならないぐらいにはマジに汗をかいていた。……恥を忍んで言うと、そんなレベルではなく、始終、アッカンやらかしたわ……どんな顔しとったらェェねん……などと思考を爆速回転させながら水をガブ飲みするなどして、焦燥感に勝手に追い詰められるまま、ただ時が過ぎるのを祈っていた大マヌケである。

「わかった」

ついに返信来てもうたやんけ
漸く帰ってきた母、素知らぬ顔をしていた。僕はというと、冷房設定18°Cの部屋でビチャビチャ。頭冷やそうとして水被ってんじゃねェよ。マジで。
帰宅後のルーティンをこなした母は、いつもの様にお花摘みに(これまた長かった。スタンドバイミードラえもんなら2周)。
戻ってきた母は、机を挟んで僕の対面に座して、沈黙した。僕はもう限界だった。
え、父親のはな――
ちょっと待てや。
……
一撃で僕を制した母はメモ帳になにか書き出し、徐に差し出した。
そこに書かれていたのは全く聞き覚えの無い人名。そして母は重々しく口を開いた。

それがアンタの父親の名前や、◯◯って読む。

はっは〜ん?
この瞬間、僕のIQは180をゆうに超えていただろう。もしもこれがドラマだったなら、BGMとセットで回想が入るところである。

え、もしかして誕生日にアップルパイと音の鳴るバースデーカードくれる謎の爺ばあってさ……

そう、父方の実家が岩手にあって。そこのお母さんが送ってくれとる。実はたまに文通しとった。

はっは〜〜ん?
実に面白い。
それからは出会いや産むに至った経緯など、言える部分だけ軽く教えてくれた。
サラッと腹違いの妹がいるとか言ったのは聞き流すとして、どうやら父は仕事で体を壊して行方知れずになったらしかった。実家の爺ばあも、叔母にあたる人も、正確な居所がわからないんだと言った。
行方知れずならまぁ、しゃーないね。
なんだかひっかけクイズの答えを見ちゃったような、肩透かしを食らったような気になった。
僕はてっきり、もっと深刻な事情があるのかと、なんなら父親はもうこの世に居ないなんて言われるとまで考えていたから。
少しだけ安堵した。
今思うと母が今まで隠していたことを話してくれたことだけで嬉しかったのかもなと、それだけで僕は充分だったかもしれない。

翌日は僕の大好きなハンバーグ。
心做しか、母の横顔がいつもより笑顔でした。

おしまい


あとがき

母にありがとうとごめんなさい意識して使うようにしたら、なぜだか優しくなりました。
でも猫飼い始めたからな気もしてます。
今はそれが気になっとるわ
おかん、どっちなん?

以下 𝕏 父親捜索アカウント

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