003: いとも容易い

 20191226 対バーンリー(H)

 我らが「アンチェロッティのエヴァートン」の初戦である。

 この一戦は元々別の興味があった。アンチェロッティ着任がトントン拍子に決まらなければ、ダンカン・ファーガソン暫定監督が指揮を執るはずだった。そこで「気持ちと運動量とロングボールと」で見事チェルシー、マンチェスターユナイテッド、アーセナルと無敗で乗り切った暫定監督が、初めて立ち向かう種類の敵をどう攻略するかが注目されたわけである。

 「キング・オブ・ロウブロック」。その異名をとるダイシュ率いるバーンリーは。これまでファーガソンが立ち向かってきた強豪とは違う展開が予想された。ボールを持たされた状態で、自陣引きこもりのロウブロックをいかに崩すか、ファーガソンの戦術のヴァリエーションが問われるはずだった。そしてもしファーガソンがこの一戦で見事ロウブロックを攻略したなら、おのずと「ファーガソン正監督」の道が開けたと思われる。

 だがアンチェロッティがやってきた。ファーガソンはロウブロックを攻略しえたのか、その確認は、何季さきになるか分からないが、お預けとなった。

 監督就任後、バーンリー対策としてアンチェロッティに与えられたのは72時間。試合後にアンチェロッティ自身が明かしたところによると、バーンリー戦に向けてのチームでの戦術練習は、わずか一日であったと言う。

 さて、試合内容はどうであったか。

 圧巻の一言である。

 つい先月までシウヴァのもとで4231に固執していた、もしくはファーガソンのもとで典型的な442放り込みをやっていたチームは変貌していた。ここ数年すっかり固定されたフォーメーションのエヴァートンに慣らされた私は、試合開始後15分くらいまで、「アンチェロッティのエヴァートン」のやってるフォーメーションが全く頭に入らず、可変フォーメーションによる流動的なフットボールに魅入るばかりであった。

 バーンリー戦で見せた布陣は守備時442を基本としながら、ポゼッション時には左SBディニィが高く押し上げ、最終ラインはミナ、ホルゲイトのCBコンビとコールマンが3バックを形成する。そして左WGのベルナールがほぼトップ下の位置まで絞り、2トップのうちルウィンがトップに残り、リチャーリソンはベルナールと同じ高さでシャドウとしての自由が与えられていた。ポジションが固定されていたのは、CHのデルフとシグルズソンと、右WGとして隠し玉起用されたシディベだけであった。この1トップ2シャドウは、アンチェロッティがミラン時代に得意とした「クリスマスツリー型」の前線である。つまり攻撃時のフォーメーションをより詳細にいうなら、3421になる。

 この中盤ほぼ6枚という布陣で、エヴァートンは圧倒的なポゼッションを誇り、完全に試合をコントロールして見せた。

 その支配の様は下記スタッツをみれば一目瞭然だ。

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 守備面でも、これまで負担の大きかったSBのポジショニング中心に、最終ラインの改善があった。3バックの左にスピードのあるホルゲイトを置き、右はコールマンをCB化させることで両サイドのカバー範囲が拡がった。いずれも、これまで大きな弱点であった両SBの上がった裏のスペースをケアするためと思われる。これでWG化したディニィとシディベは負担なく高い位置を獲れるようになった。

 勿論、個々のクオリティをみれば物足りない部分はある。最終ラインから中盤へのパスワークはまだまだ流麗とはいかず、バーンリーの単調なハイプレスにさえ押し込まれてピックフォードまで戻してロングボールで難を逃れる場面が目立った。中盤から前線へのビルドアップも、まだ連携には程遠い。

 試合後のインタビューで、アンチェロッティは決勝点を挙げたカルバート・ルウィンを「ファンタスティックなFWだ」と褒めながらも「(ポゼッション時には)もっとエリア内での仕事に集中する必要がある」とプレスでの貢献だけでは不満足な様子を見せた。結果大当たりだったシディベのWG起用も、弱点と指摘されていた守備の負担を軽くする意図もあっただろう。

 だがやはり、可変型フォーメーションによるポゼッションチームへの変貌は、余りに劇的なものだった。アンチェロッティは、わずか数日で、ロングボール放り込み、最終ラインの脆さ、そしてロウブロック攻略という長らくの懸念材料をいとも容易く改善してみせた。

 とりわけ、「ロウブロックを如何に攻略するか」というロベルト・マルティネスもロナルド・クーマンもマルコ・シウヴァも、揃って頭を悩ませ、あれこれやってみたが解決を見ずに来た、10年代のエヴァートンにとって「永遠の課題」にさえ思われた問題さえ、アンチェロッティにとっては取るに足らないものだった。バーンリーの誇るプレミアリーグ屈指のロウブロックは文字通り「わずか一日の練習」で赤子の手を捻るようにやられた。そのロウブロックから繰り出される鋭いカウンターさえ見る影もなかったのである。

 そもそもアンチェロッティは、各国で数々の超強豪を率いる中で、この手の戦術を嫌というほど相手にしてきただろう。彼にとっては、プレミア生き残りのために磨き上げられたダイシュのロウブロックなど見慣れたもので、それを崩すための小手先の変更や「気持ち」など必要としなかった。あくまでも自らの「戦術」の優位性を保持しつつ、そこに手持ちの選手をどう当てはめ、どう活かすのか、がアンチェロッティの主要な取り組みであった。

 それがシディベWG化とコールマンCB化による同時期用。WGディニィ&トップ下シャドウ化ベルナール同時期用で、左サイドのコンビネーションを活かしての同時期用。シグルズソンの純CH化。リチャーリソンをシャドウにして前線での脅威を最大化するなど、その手腕の巧みさをこれでもかと見せつけた。

 しかもこれらは、現状のチームにできる最適解として導かれた「戦術」であり。アンチェロッティが有する戦術プランの唯一のものではないだろう。異なった状況やスカッドで、また幾つもの「戦術」が用意されることは明白なのだ。

 バーンリー戦で多くのエヴァトニアンが目撃したのは、グディソンのホームベンチに座る「超一流監督」の手腕だった。

 極個人的に、このアンチェロッティの初勝利を捧げたい人がいる。マルコ・シウヴァ。開幕前にロウブロック攻略が今季浮上のカギと言われ、昨季その弱点になっていた中盤からの縦パス改善にデルフ、バマンを補強して、問題解決に取り組む姿勢を見せていた。だが結果はご存知の通り。中盤に故障者が相次ぎ、ロウブロックを敷かれたバーンリー、ブライトンに相次いで敗戦。問題解決ならないまま、チームを去った。

 勝てそうな試合に勝てず、追いつけそうな試合で離され、カウンターとセットプレイで失点し続けたシウヴァのチームは、勝つことの困難を見事なまでに体現していた。

 ところが、アンチェロッティは、僅か三日の準備で、いとも簡単に、軽やかに、「シウヴァのエヴァートン」が苦にしていたロウブロックを退け、勝利をあげる。怪我人山積のチームであっても、「ほら、こうやるんだよ」とばかり選手起用と人員配置による戦術優位性の発揮に、何より驚かされたのは、私を含めた世界中のエヴァートンファンであるはずだ。そこには、まだ欧州トップクラスのリーグでチャレンジのきっかけを掴んだ若い監督と、監督経験20有余年で、抱えきれないほどのタイトルを獲ってきた超一流の名監督との、歴然とした「差」を印象付けた。

 シウヴァはこの試合を観ていただろうか。あれだけ藻掻き苦しんでいたチームを、あっという間に内容結果とも伴うポゼッションチームにトランスフォームした名監督の手腕を。その容易さを。

 私はシウヴァに告げなければならない。

 勝利はいとも容易い、と。


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