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自然と呼吸と自分軸

11月も半ばを過ぎましたが、この頃あったかいですね。

朝洗濯物を干す時に、お日様が当たって自分がぽかぽかすると「なんて幸せなんだ・・・太陽すごい・・・」ってなります。なりませんか。

昔は四季の中では夏が一番好きで、秋の気配が来るとさめざめしたものでしたが、最近は秋の持つ枯れていく感じとか、寒くなる前の紅葉の鮮やかさ、お日様のあたたかさをしみじみ感じられるようになってきました。

秋の、というより、季節そのものが持つ気配を味わえるようになってきたのかもしれません。

春の芽吹くそわそわうきうきした新しい感じ、

夏のカラッとした開放的な賑やかな感じ、

秋の控えめな切なさとあたたかさを引き継ぐ感じ、

冬のしんしんと暗く静かに籠り待つ感じ・・・・。

そしてこの4つの季節をさらに細かく分けていくことで、古の人々は時間という見えない場を見える化させて、深く味わっていたんだなあ、とも思います。

以前ツイートで、時間と呼吸の関係についての考察を書きましたが、この季節の移り変わりを呼吸と共に感じることは、自分の軸、自分の時間を生きることに繋がるように思います。

メディアやお店の季節感は自分の時間よりも進み具合がちょっと早い気がするので、そこにつられると「間」が感じにくくなる気がします。

ハロウィン!クリスマス!お正月!節分!バレンタイン!卒業式!!さあ次は・・・・!!みたいな。
早っ!!ってなりませんか??

イベントは大好きだし楽しいけれど、行事と共に、空の色や雲の形、風のあたたかさや冷たさ、木やお花の移り変わり、空気そのものを呼吸して、身体で感じると、自分と世界が溶け合う、共にある感じがして、ゆるみます。

私がお茶やコーヒー、お香が好きなのも、その瞬間にいまの自然や季節を感じられるからかもしれないな、と思います。

立ち止まって、呼吸して、自分の本質を感じつながるひととき。

華道や茶道、香道も、自然の移り変わりと自分を同調させるための、感じるための、本質とつながるための行いとして、始まり続いてきたのかもなと思います。


お香と言えば、先日拝聴した香道具のZOOMセミナーで谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』の話が出てきました。

谷崎が

”金蒔絵の漆器は暗いところで鑑賞してこそ本来の美しさがわかるものだ”

というようなことを書いているとのことで、セミナーでは明かりを消し暗くして、ほのかな明かりの元で金蒔絵の香道具を見せてくださったのでした。

私はいつでもどこでもお香を焚きますが、お香の本領発揮?は雨の日や明け方、夜、そして秋冬だなと思っていたので、谷崎のこの感覚に「わかる!わかるよ!!」と感動していました。

実際、暗闇の中でみる金蒔絵の漆器は、なんとも言えないつかみどころのない、静かな、滲み出るような美しさを持っていました。

全てに陰陽があり、美がある。

自然のサイクルを、波を感じ取って生きていくことは、自分もその一部であり、生きて死んでいくことを受け入れて今を丁寧に生きようというという感覚に、繋がっていくのではないかなと思います。


読んでくださってありがとうございました!

あなたが本質とますますつながり、内なる光がさらに発露し、美しい世界をひらいていかれますように。

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