さゆり
さゆりはうろたえた。反射的にスカートの裾に手が伸びた。太腿の奥を何かが伝った気がしたのだ。早朝、住宅街を抜けて駅に向かう道には人通りがほとんどない。素早く周りを見渡したさゆりはスカートのしわを伸ばすふりをしてまた歩き出した。郵便受けから新聞を引き抜いていたパジャマ姿の女性がコツコツというヒールが舗装を打つ音に気づいて顔を上げたが無表情のまま戸口に引っ込んだ。初夏の朝、空気は都心とは思えぬほど澄んでひんやりしている。気にしすぎだわ、さゆりは少し顔をしかめた。さゆりは早い時間に出社するようにしている。朝の爽やかな空気が好きなこと、そして何より通勤電車がまだそれほど混んでいないからだ。
さゆりの容貌は男性の眼を引いた。瓜実顔を黒髪が柔らかに包みくちびるはうすく鼻は小さくとがっている。そして眉が美しく弧を描いて白い額に落ちつきと優雅なリズムを与えている。それだけならおっとりと優し気な、しかしさほど目立たない美人のはずだった。さゆりの風貌に独特の陰影を加えていたのはその眼だった。大きく切れ長で白眼勝ちな眼のせいで整った顔立ちに奇妙な不均衡が生まれた。それは一種の崩れであり妖しく放埓な印象を与えた。しかしそれが見たものを惹きつけた。危うい力だった。子供の頃には目つきが悪いとよくからかわれた。しかし成長するに連れて冷笑的にも挑発的にも眠たげにも見えるその目つきがさゆり本人の意図とは全く関係なく周りの男の眼を惹きやがて虜にした。当時どちらかといえばおっとりとした陰キャタイプだと自己分析していたさゆりはなぜ男性が自分をもてはやすのかがよく分からなかった。胸はさほど大きくないが痩身なのに骨盤が張っている体型も眼を惹いた。肩から腰そして大きめのヒップにかけての曲線が西洋画の美女に似た豊麗なエロティシズムを湛えていることに本人は気づいていなかった。腰がほっそりとしていてたおやかなイメージがあるだけに、歩むたびに双臀がきしむように互いをすり合わせて摩擦の限界を超えてぶるっと揺らぐさまはとりわけ淫らであり男性の劣情をダイレクトにかき立てた。やがてさゆりも男たちの無関心を装う視線の中に粘っこく熱いものを感じ始めた。「いいからだしてるな」という舌なめずりが耳に届くように気がして肌が粟立つほど強烈な嫌悪感が募った。しかし気を取り直してそういう視線を自分が性的上位にいる証拠と考えられるようになると、さゆりは次第に優越した気持ちを抱くようになった。自分にある種の社会的な価値があることを理解して彼女は成長した。
そういった男性たちの無遠慮な視線には慣れたが痴漢だけはどうにも我慢ができなかった。見も知らぬ男にからだをまさぐられるのは不快を超えて恐怖だった。初めの頃は足がすくんで早く終わってくれと祈りながらただただ震えていた。しかしほどなく生来勝気な彼女は自分から毅然と拒絶の態度をとらないと何も解決しないと思い至った。無言のまま「勝手にさわらないで」という怒りの目つきで相手をにらみつけることから始まって、やがては手を払いのけるほどの度胸もついた。しかしだからといって痴漢されなくなるわけでもない。毎度毎度怒りをぶつけることに彼女は虚しさを覚えるようになった。にわか雨の一滴一滴に目くじらを立てても疲れるだけだった。傘を差すか雨宿りしなければ雨はよけられない。結局は混んだ電車を避けるのが最も簡単な答えだった。少し時間を遅らせるだけでむやみな混雑は回避できた。さゆりは開かない方のドアの際に立って邪魔されずに本を読むのが好きだった。本から目を上げるとガラスに自分と自分の後ろに立つ男たちの影が映っていた。
彼女が今朝足の運びのたびに気になってしまう疼きは、昨夜の夫婦の営みでのハプニングのせいだった。そこで惑乱してしまった敏感なからだは歩みのたびに擦りあわされる太腿からの刺激によって誤動作して、褥でだけ分泌されるはずの甘い蜜をじんわりとにじませてしまうのだった。さゆりはさほど労せずに筋肉を引き締めて平静を保っていたが、その小さな刺激の繰返しが昼間の世界向けに整えた心に小さいが危険なひび割れをもたらしていた。それは恋に落ち始めた時と似ていた。さゆりには分かっていた。心とからだが矛盾しつつ乖離し始めるのを不思議なことに納得して冷静に見つめる自分がいるのだった。
結婚して三年、ふだんの、じゃれ合いから始まるどちらかといえばソフトな睦みは夫の一言でガラリと変わってしまった。夫は穏やかだがこだわりの強い性格だった。
「お尻をさわってみたいんだ」
「ええ?」
純白のベビードール姿のさゆりは夫のフレンチ・キスを受け止めてから目を丸くした。この透けたベビードールは夫の大のお気に入りだった。可愛らしさと上品なエロスのブレンドが清楚なさゆりにぴったりだということらしい。さゆり自身は初めは露出が多すぎて恥ずかしかったが夫のうれしげな顔を見るとむげにも断れず着続けているうちにすっかり慣れた。その少ない布が隠された部分を却って強調して男の妄想の炎を燃え上がらせることもうすうす分かったきた。そしてその炎が自分にもすぐ燃え移ることも。今ではTバックショーツすら身につけずに夫に背を向けたままレースの裾をそっと持ち上げて夫の視線が自分のヒップに食い込んでくるのに快感を覚えるようになっていた。
そういうさゆりだからアナルセックスのことを知らないわけではない。愛の表現の延長でそういう行為につながることがあるのも何となくわかっていた。特に夫婦においては愛の行為をさまざまな探求してそこにたどりつくのはまあ自然なのかもしれないくらいには思っていた。しかしいざ口火を切られてみると意外なほど心の中に障壁のようなものがあった。汚い、いやちゃんと洗って清潔にすればもともと腸内は汚くない、恥ずかしい、そういう感情があるから余計に楽しいんだと思う、痛くないかしら、大丈夫ちゃんとマッサージして緊張を解いてからすれば痛くない、夫は妻の心配を一つ一つ丁寧にクリアしていった。新妻はレースのベビードールのままうつむいて爪を噛みながら思案した。もちろんベッドに入る前にデリケートゾーンは清潔にしていた。不快な匂いをさせないために入念に洗った上にコロンも使うのが習慣になっていた。妻は少し目線を外しながらうなずいた。
「やさしく、ゆっくりしてね」
「もちろん」
夫は初めから今日こそと決めていたようでちゃんとローションを用意していた。そしてローションの瓶の脇には久しく目にしなかったものが転がっていた。液滴を模したようなそれはまた小さな子どもの玩具のようにも見えた。
「これ」
「うん、きれいにしてからね」
幼稚園の頃だったか、便秘気味のさゆりが腹痛で泣くたびに母がこれを持ってきたのを憶えている。母は横向きに寝たさゆりの肩をとんとんと叩きながらパジャマを下ろしたお尻をゆっくりと撫でた。チクリと奇妙な感じがするとすぐに冷たいものがお腹にひろがっていった。
「しないといけないの」
「まあそうだね、匂わない方がいいでしょ」
「わかった、貸して」
「え?」
「してくるわ」
夫の顔に影が差した。いつものおだやかな表情がほんの少しだけ強張ったようだった。
「僕がしてあげるよ」
「やだ、恥ずかしい!」
夫の予想もしなかった言葉に驚いた妻は反射的に強く拒絶した。
「そう?」
「いやよ」
今度の口調もはっきりとしていたが決して怖気を帯びた拒絶ではなく、自分ではどうしようもない羞恥心を理解してほしいという懇願もちらついていた。夫にはそれが分かった。
「じゃあ、止めておこう、今日は。君も一緒に楽しめないんじゃあダメだからね」
夫はまた優しい笑顔を見せたが落胆したのは明らかだった。夫はさゆりが嫌がることを決して無理強いしなかった。さゆりの胸の内で天秤が揺れた。思い止まってもらえた安心感よりも夫の笑顔の底にある寂しさが重く感じたのだ。さゆりは思わず夫の言葉に追いすがった。
「え、どうして」
「だって、ここでそんな風に拒まれちゃったらこの先絶対続けられないからね」
夫の説明は納得できるものだったし、声もいつも通りのさゆりの好きな優しいトーンだった。さゆりは何をためらったのか自分でもわからなくなっていた。
「…」
「すごく恥ずかしいことばっかりだと思うよ」
夫は撤退表明をしたにもかからわず、さゆりの肩にそっと手を置いた。
「無理はしない方がいい」
そういうと顔を上げたさゆりのくちびるに軽くキスをした。ここでさゆりの胸にじんわりと浸みてきたのは夫の優しさだけではなかった。恥ずかしいけれどこの人はどこまでもやさしい、だから、だから、この人のためになるようにしなくちゃ、さゆりは自分を譲っても夫を喜ばせたいと思えるわりと古風な女だった。
さゆりが夜に自分を開放できるようになったのは一年ほど前のことだった。それが夫のおかげだったのは間違いない。時に頑固に拒むさゆりを時間をかけて説き伏せ少しずつ変えていってくれた夫には感謝していた。初めての晩には電灯を消すまで決してベッドに入らなかったさゆりだったが、夫の誠実な言葉と優しい振る舞いと思ってもみなかった快楽の後押しで次第に夫婦の営みに積極的になってきていた。夜のベッドでの堰を切ったような愛の迸りが日々の暮らしで積み重なった疲れやストレスを一気に押し流すのを知った。休日の朝、思い切り燃えた前夜の気だるさのまま再び抱かれる悦びも知った。今では夫の誘いに応じて昼間でも家中のどこででもからだを開くようになった。そして、禁忌を破ることへの背徳の悦びについてもようやくその入り口に立って期待に胸を震わせつつも恐る恐るその陥穽を覗き込み始めたところだった。しかし、まだまだ戸惑うことは多かった。不意を突かれた驚きとともに頑なに拒んでしまう癖はなかなか直らなかった。
「ごめんなさい」
「ううん、謝らないで」
「だってわたし、いつもあなたをがっかりさせてしまうから」
「いいんだよ、さゆりが嫌なら」
わたし、ダメだわ、これじゃ、少しかわらなきゃ、さゆりは決断した。
「ごめんなさい、して。あなたが」
そういうとさゆりは起き上がって夫に背を向け四つん這いの姿勢になった。ベビードールのなめらかな生地はその動きに従って流れ落ちて豊満な白尻がむき出しになった。Tバックショーツが豊かな肉の間の峡谷をわずかにおおい隠していた。
「これでいいかしら」
夫は妻の潔い変貌ぶりに舌を巻きつつも何か主張があるように張り切った真っ白な双球に眼を細めた。そしてベビードールをさらに肩の方まで捲り上げた。
「ああ、恥ずかしいわ」
それは奇跡のようなフォルムの生むスペクタクルだった。背中は引き延ばされた餅のようになめらかながらも緊張感のある曲線を描きその中央を地下で微妙な起伏を成す骨の嶺がまっすぐに貫いていた。そしてその山嶺は丸く磨き上げられて真白に輝く丸岩が左右からせめぎあう谷間に落ち込んでいった。くびれたウエストから一気に膨らんだ巨大な逆ハート型は前衛芸術のようでも古代の遺跡から見つかったビーナス像の一部のようでもあった。そっとふれたときの冷たい湿けに夫は震えるほど興奮した。深く落ち込んだ谷間の中央には長細い小布が甘い蜜のせせらぎをそっと包み隠していた。
「うん、いいよ」
声を震わせる夫の指が紐状になったレースにかかった。ショーツはうす皮を剥くように下された。隠されていた女が和毛をそよがせながら恥ずかし気に顔をのぞかせている。
「丸見えだよ」
「やだ、わざわざいわないで」
さすがにさゆりは顔から火が出そうだった。相手が夫とはいえこの格好はあんまりだった。
「はやくして」
「だめ、じっくり見てから」
「もう、やらしいんだから」
夫の指がそっとさゆりの白い丘をつかんで柔肉がよく見えるように押し広げた。湿り気を帯びた谷間の柔肉は普段ならあり得ない状況で部屋の空気にさらされた。そのヒヤっとした感じに思わずさゆりは肩をすくめた。
「あん、広げないで」
「きれいだなあ」
「いつも見てるじゃない」
「いやこっちはなかなかじっくりは見れないよ」
「あーん、恥ずかしいよぉ」
夫が迫った。熱い息がさゆりをさらに悩ませた。さゆりの秘所も口をぴったりと閉ざしつつも小さくもがいたようだった。
「そんなに観察しないでよ」
「ピンク色のうずまきだね」
「いやあ」
その時だった。濡れた熱いものがさゆりが一番見られたくないところを覆い隠してくれた。夫は妻をあまり長い間悩ませたくなかったから思い切った行動に出たのだ。
「ああっ」
夫の舌はべったりとさゆりのアナルに貼りついていた。そして二三度すくいあげるような動きで全体を舐めると今度は舌先で渦を巻いて閉ざされた秘門をつついたのだった。さゆりは本能的に背筋を丸めて逃れようとしたが夫の指先はがっちりと尻肉に食い込んでいた。
「いやあ、そこっ」
夫は一心不乱にそこを舐めまわしていた。ありえない刺激に妻はからだをくねらせた。
「はっ、はずかしいっ!」
夫の舌先は細かく刻まれたしわの一つ一つを確認するように丹念に動いた。
「あん、そんな、ううん」
ベイビードールの裾を捲り上げられて尻を晒した姿勢で妻は仰け反った。夫の頭が尻の中心にぴったりと貼りついていた。妻がどんなにもがいても夫の頭は微動だにせず仕事に打ち込んでいた。妻の黒髪が大きく揺れた。妻はがくんと肘を折るとベッドに顔を擦りつけた。両手の爪が立ってシーツを鷲掴みにした。夫が顔を離した。顔の下半分は唾液と愛液にまみれててらてらと光っていた。
「いやなのかい」
「びっくりした、恥ずかしい」
「いつもなめてるじゃない」
「そこは... ちがうわ」
「おなじだよ、さゆりの美味しいところ」
「もう、やだ」
夫は構わずに再び顔を押しつけてきた。
「あん」
じつはさゆりは少し不満だった。そこではなくていつものところを愛してもらいたかったのだ。この姿勢で夫の執拗な舌の愛撫を受け止めてさんざんに喘いで濡らしたからだを一気に貫かれる悦びはもうすっかり覚え込まされていた。しかし今夫が熱心に愛しているところはくすぐったさが先に立ってしまっていつものようなうっとりとした気持ちになり切れなかったのだ。
「少し我慢して」
居心地悪そうにからだを揺らがせる妻に夫は一言釘を差した。妻は振り返って不服気な顔を見せた。
「だって」
「ええ?」
「xxxxがいい」
「だーめ、しばらくおあずけ」
「えー、やだよう、xxxxがいい」
「えっちな奥さんだなあ」
「あなたがしたんじゃない」
「わかったよ」
あきらめ顔の夫は改めてターゲットの直下、緋色の幕が波のようにゆるやかな襞をなして舞台を隠す場所に口づけした。そして舌を尖らせて襞の間をくすぐった。
「あん」
妻の声音が鼻にかかってぐんと甘くなった。夫はそのまま鼻先が触れるまで深みへと舌をもぐらせた。馴染みのある香りが強く鼻孔をついた。柔らかな裏腿を押さえて何度か舌を抜き差ししては周辺を甘噛みするのを繰り返していると甘酸っぱい透明な液体があふれでてきた。妻の吐息が濃くなり喘ぎ声がかすれてきた。いつも通りの反応である。
「ああ、そこいい」
「すごい、いっぱい出てきたよ」
「だって気持ちよくて」
夫は舌を固めて鋭く女を突き刺す。音を立てるほどにあふれた汁が夫のあごにまで伝わってきた。酸味のある香りも強まっていた。四つ這いの妻は肩甲骨を突き上げて頭を下げ尻を少しづつ振り始めた。
「ううん、いいっ、いいの」
もうそれは次の段階のリクエストのサインである。いつもなら夫は妻を味見しつつぎりぎりと固まった一物を扱いて一突きにする頃合いを見るのだが今日はそうはしなかった。妻はすっかり上気した顔をこちらに向けて訴えた。
「もう、ねえもう、して」
「え」
「はやくぅ、ほしい」
「違うじゃない、今日は」
「ええ、そんな」
「だめ、ちょっと我慢だよ」
「だめなのぉ、ああん、つらいわ」
「でも奥さん、だいぶ蕩けてきたみたいだよ」
夫のいうとおり、正門への十分な刺激のせいか先ほどまでぴっちりと閉ざされていた裏門がほのかに緩んでいた。夫は滴る愛液を指先にとってアナルを湿らせた。そっと指先を乗せるで裏門は少し沈んだ。そのまま押せば扉は開て夫を受け入れるように思えた。尻肉が不満げにぶるっと震えたのは夫のタッチを感じたせいだろう。
「ねえ、今ならこれも楽に入りそう」
夫は桃色の液滴を再び手に取った。軽くつまんだだけで液滴は弾けそうに膨らんだ。
「ううん、わかったわ。やさしくしてよ」
「ありがとう」
頑ななところのある妻がこれだけ譲歩してくれるのは珍しかった。夫はこの機を逃さずに目的を遂げたかった。妻も喜ぶに違いないという勝算はあてずっぽうではなくこれまでの妻との営みの経験から理詰めで割り出したものだった。基本的に慎ましく淑やかな妻だったがきっかけさえあれば大胆に振舞うことを夫は知っていた。要はそのきっかけをどれだけ敷居を低くして受け入れられるようにするかがキーだった。妻は納得ずくで手に入れた快楽を堪能することには躊躇いはないようだった。実際夫が教えた以上の姿勢や動きや猥褻な睦言を積極的に披露して夫をびっくりさせることもあった。箍が外れるとどうなるか自分でも分からないという恐れから必要以上に身持ちが固いふりをしているのではないかと思えることすらあった。夫はそういう妻の複雑な内面を少しづつ曝け出させるのが楽しかった。もっとも知るに連れてある種の不安もかき立てられていた。
夫は片手を裏門に添えたまま浣腸器の蓋をもう一方の手でくるくると器用に回して外した。ビニールの柔らかなボディを少し押すと先端に水滴が膨らんだ。夫は先端部を口に含んで唾液でぬめらせた。グリセリン系の甘味がほのかに舌を刺激した。
「ああ、どきどきする」
「大丈夫だよ、すごく小さいから」
ノズルの先端がふれると濃桃色の柔らかなうずまきはきゅっとすぼまったがそれ以上の抵抗らしい動きは見せずに挿入を許した。太さ3mmほどの先端部はあっさりと通過した。そこからは少しだけ太くなっていたので夫は一度動きを止めた。
「ほら、大丈夫でしょ」
「ううん、でも変な感じよ」
「もう少し入れるから、力は抜いていて」
妻は軽くうなずいて眼を閉じた。やや眉をひそめただけで無表情な妻のくちびるがわなわなと震えているのは、肛門への小さな刺激がずっしりと響いているのを懸命にこらえているからだった。夫の舌が触れたときから妻は覚悟を決めていたのだった。きっと今晩自分は夫の知らない顔を見せることになるだろうと。
アナルといわれたときじつは妻は見かけほどは困惑していなかった。それはこれまで性的な行為について一つ一つ心理的な障壁を乗り越えさせてくれた夫への信頼のおかげであり、また基本的には快楽に忠実な性格のせいでもあった。女性は口で言うほどイヤではないというのは彼女においても正しかった。自分が何を気にかけるかを思いやってくれてきちんと解を用意してくれるのは夫の自分への愛情の証だと考えたのである。愛情というエクスキューズがあればなんでもありというといいすぎかもしれないがかなり当たっている。さらにもう一つの事実があった。じつは妻は結婚前に一度だけ挑まれたことがあった。今の夫ではなく、学生時代にあるきっかけからからだを合わせるようになった友人からである。当時はまだボーイフレンドの一人だった夫も知っている男だった。もちろん二人の関係は夫にはひた隠しにしていた。ずるずると続いた関係は結局はさゆりの結婚がピリオドを打った。思い出というべきものは何も残っていない。ただ、男と抱き合い貪るように口づけをし互いをまさぐりながら喘いだ記憶だけはからだがおぼえている気がした。男とさゆりには共通点があった。二人はともに小学生のときから漫画や小説から猥褻なイメージを取り出しては淫夢を膨らませオナニーに耽る癖があった。学園祭の飲み会で席が隣になりたまたまそれを打ち明け合ったことで関係はその晩から始まってしまった。深夜の公園で手を握りキスをするより先に互いの性器を露出して見せ合うと後は雪崩のように関係がエスカレートした。少女と少年がそれぞれ抱き続けた淫夢の呪いの命ずるままに二人は互いを貪りあった。悪事の共犯という意識が関係をより深く魅力あるものにしたのかもしれない。裏路地のホテル、場末の映画館、校舎のトイレ、夜の公園、二人はさまざまな場所で背徳感に酔いながら刹那をともにした。周囲の耳目に酔いながら映画館の座席で男をしゃぶった時の匂い、男子トイレの個室で息をひそめて慌ただしく交わった時に肌にじっとりと残った汗の感触、夕暮れの公園で胸をあらわにされて激しく愛撫されたときの下着の締め付けの痛み、場末のホテルの浴室で汚辱を晒したときの異常な肌寒さなどが見えない傷になって妻のからだ中に刻まれていた。男の顔すらも定かでなくなった今も自慰のときにはそういった興奮や欲情の高まりの断片が意外なほど色褪せずにさゆりの胸に甦って燃え盛ることがあった。男が肛姦を挑んできたのを憶えているのはその日の浮気の後に恋人と会う約束をしていたからだった。ホテルでの激しい交わりの最後になって男は汗みどろで横たわるさゆりの臀部をなでながらそれを口にした。そしてすでに朦朧としていた彼女をうつ伏せにして執拗に愛撫をしかけその反応を見て挿入を試みたのだった。さゆりは必死に抵抗して挿入は免れた。しかし舌とくちびるで愛撫され指を深く入れられたときにとろけるほど甘い衝撃が腰に脈打ったのは確かだった。そこは間違いなく性の悦びの地平にあった。ではなぜ拒否したのか。それは男の邪悪な意図を感じて反発したからだった。それまで恋人の存在をまったく気にかけていなかった男はなぜか初めてジェラシーを抱き彼女のからだに自分だけの刻印を残したがったのだ。甘やかな夜のベッドで恋人に抱かれる真面目な女子大生がじつは午前中の間男との異常なセックスで貫かれた尻穴のうずきを抑えられず満ち足りなさに身悶えるさまを想像して嗜虐心を満足させたかったたのだ。さゆりはそれは嫌だった。裏切るにしてもそこまで悪意を込めた裏切りには加担したくなかった。さらに、ここで許してしまったら戻れなくなるという自らの乱れやすい体質も考えた。だから必死で拒絶した。しかし、皮肉なことに拒んだことそのものが生傷のように残った。その晩恋人と愛の悦びにひたりながらも、彼女はそこを貫かれるときのことを想像してみぞおちのあたりに冷たい塊を感じていた。行わなかったことはからだの中で氷の塊となってなかなか溶けなかった。それでも時を経るに連れてその存在は薄らいでいった。しかし今晩、夫の言葉とともにほとんど輪郭を失っていたその塊がまだ存在していることに気づいたのだった。忘れるにはふだんの愛の行為にのめり込むしかないと考えたさゆりはなんとか夫をそちらに誘導したかった。しかし夫の意思は固かった。夫の舌が肛門にふれたときに実は彼女は歓喜の叫びをあげるところだったのだ。動悸が激しくなっていた。今グリセリン液を注入されたらどれほど乱れてしまうかわからない、そう思うとさゆりは恐ろしかった。もう嘘はつけない、誠実な夫にすべてをさらけださないといけない、しかしそれが恐ろしかった。自分の淫乱さは夫の許容範囲をはるかに超えているかもしれないからだ。夫の蔑みの視線が自分を貫くのを想像して妻は身震いしていた。
夫は今度はもう一方の手もぷっくりしたボディに添えてそろそろと押し込んでいった。思いのほか粘膜に貼りつく抵抗はなかった。するするっと3cmほどのノズルが吸い込まれた。手を放しても落ちない。まるで大きな白いほっぺたでピンク色の小さな風船を膨らませているように見えた。
「入ったよ」
「うん、分かる」
妻は静かに吐息をつくと、やや眉をひそめた。そうやって困惑を装いつつもそのトロンとした目つきが自然に男をそそるものになっていることには本人は少しも気づいていなかった。夫の眼が少し見開いた。やん、やん、もうしびれてきちゃった、妻は胸の内で鼻声で切なげに訴えていた。
「入れるよ」
妻はうなずいた。すぐにひんやりとしたものが思ったよりも勢いよく下腹に広がるのが分かった。指でつまんで押す程度では薬液すべてが入らず力を抜いたところで逆流してしまう。周到な夫はそれを避けるためピンクのボディを握り一気に押し潰したのだ。思わず甘い喘ぎが漏れた。
「あん」
「どう」
「冷たい」
妻はからだをぶるっと震わせた。すでに快楽の麻薬のために火照り始めていた妻の内臓には体温よりやや冷たい程度の薬液も氷のように感じられたのだ。
「よくがんばったね、ご褒美だよ」
妻の大きく揺れる胸の内に気づかない夫はにんまりと微笑んだ。そして長らく放置されて拗ねていた女の秘所に鼻先を突っ込む勢いでむしゃぶりついた。
「ええ、今なの、ああん」
驚いた妻だったが夫の手慣れた舌先の愛撫につられてシーツを握りしめすぐに鼻声で喘ぎ始めたのだった。
若妻は腰に残ったレースを揺らして切なげに悶え、逞しい夫は白く丸々とした尻に食らいついていた。クンニリングスの好きな夫は放っておけばいくらでも舐め続けた。妻もまた軽く絶頂を極めるまで舐められるのが好きだった。しかし、今日はいつものルートではことは進まなかった。
「ねえ、少しつらくなってきた」
悩まし気な表情でさらに眉をひそめた妻が振り向いて訴えた。黒々とした長いまつ毛と上気した頬が凄まじい色気を発している。
「あ、あなた、つらいの」
すでに腹腔に軽い痛みが走っているのだった。薬液の刺激で便意が募る前兆である。夫はその言葉が聴こえていないように愛撫を続けている。やがてきりっという痛みは腫れあがった女陰から湧き起る甘い疼きの上を跳ねるように繰り返された。とろとろと延々と続くクンニリングスの愉楽と比べるとそ繰り返される痛みにはこの後どうなるのか分からないという怖気が伴った。あ、こわい、すごくいいのに、ちょっとこわいわ、妻はさらに動悸が高まるのを感じていた。
「ね、ちょっとやめて」
妻は手を持ち上げて何かを追い払うような仕草をした。夫が静かに離れた。
「そろそろかい」
夫は落ちついた調子でそういうとそっと妻の臀部に手を置いた。
「ええ、おトイレにいくわ」
「うん」
夫はさっと足を回して立ち上がるとベイビードールの裾を押さえてベッドを降りようとする妻の手を取って支えた。先に立つ夫の手を握りながら妻も部屋を出た。妻の足がふらつくと夫は手をさし伸べて支えた。
「たくさん出そうなの」
「いやだ、ちゃんとお通じあるから、きっとさっきのお薬だけよ」
「だったらこっち」
夫は急に立ち止まった。バスルームの扉の前だった。
「え」
「僕が一緒に確かめるよ、きれいになったかどうか」
「えええ、無理」
「だめっていったろ、今日はそういうのは」
「ええ、でもこれはちょっと」
「何」
「変態だわ、これじゃ」
「そうだよ、変態、いいじゃない」
「あなた」
「そういうのをすぐにでも全部取っ払いたいんだ、時間は限られてる」
「.....」
「全部見たいんだ」
「ああ、でも恥ずかしい」
夫の表情は真剣だった。強い眼差しに妻は不安げにうなずくしかなかった。夫は黙ってバスルームのドアを開けた。妻はうなだれて中に入った。妻は自分の気落ちした様子を急に過激なことを要求されたことへの反応として夫が見てると思っていた。それもあるにはあったが、これから求められることへの自分の反応が一番恐ろしかった。浣腸されたときからすでに動悸は激しくなっていた。クンニリングスの痺れにまぎれてはいたが妻の意識の大半は肛門とその中のの疼きに向かっていた。息が荒くなるのはなんとか隠せていた。伏せた顔はすでにかなり上気していた。何かが強く胸の辺りを締めつけていた。妻はすでに十分興奮していたのだ。喜悦の声を上げる寸前にまで。
バスルームに入ると夫は妻の顔をまじまじと見た。何につけ慎重にことを運ぶタイプだったから妻の意思を再確認するのだった。
「どうしてもいやなら止めようね」
「ううん、いいの、もう覚悟したわ、でも」
「でも?」
「ものすごく恥ずかしいの、汚くても嫌いにならないでね」
「それはありえない、すべてを見せてくれる君には愛しさしか感じない」
夫は自信に満ちた表情でそう言うと妻をそっと抱いてくちづけした。妻はすがるような気持でキスに応えた。夫にうながされて妻は空の浴槽に入った。夫はシャワーを出して温水になるまで手で確かめた。そして暖かな湯を妻にたっぷりかけて自分も浴びた。妻の白い乳房に水滴が跳ねた。湯気が浴室に満ちるにしたがって緊張が和らぐ気がした。体温が上がるとともに妻は緊張のせいで抑えられていた腹部の疼きが甦ってきたのを知った。もう間もなくだった。今からトイレに駆け込む時間はなかった。妻はしゃがみこんだ。
「そこに四つ這いになってお尻を上げるんだ」
「ああ、恥ずかしい格好するのね」
妻は膝をついて両腕を抱えるようにして頭を下げた。尻を突き上げる格好になった。背中に貼りついた髪をシャワーの湯が押し流した。
「うん、思い切り噴き上げていいよ」
「はずかしい」
夫はシャワーをもう一度妻のからだに万遍なく浴びせた。妻は自分の腹部から外に聞こえるほどの異音がしたように感じた。
「ああ、ねえ、お願い、見ないで」
「へえ、まだ我慢するんだ」
「だって、だって、はずかしい」
妻はかぶりを振って最後の抵抗を見せた。夫は黙ってシャワーの水勢を強めて浴槽に一歩踏み入れた。そしてノズルを妻の肛門に向けた。勢いのいい水流が緩み始めていた妻の秘孔にとどめを刺した。
「ああっ、そんな、ひどい」
「いいんだよ、思い切り出してごらん」
「あっ、だめっ、出ちゃう」
夫はシャワーを止めた。振り仰いだ妻の顔が色を失っていた。夫の耳にも腹部の異音が届いた。妻が絶叫した。
「いやぁぁっ、見ないで」
言葉をかき消すようにサクソフォンのフラジオレットと同じ噴出音が鳴った。ぶしゅっ、ぶぶぅという音とともに最初透明な液体が真っすぐに噴き出し、すぐに半固形の排せつ物が交ってきた。淡い黄色の液体は弱まりながらも何度か勢いを取り戻して吐き出された。臭気はほとんどなかった。夫は息を呑んでその景色を見守った。猫のように反らした背、口惜しさ交じりの喘ぎ声、飾り石のように白く美しい曲線を描く臀部、そしてそこから吹き上げられる汚辱の噴水。気高く美しい女神は羽衣を穢して獣の本性を露わにした。その尊厳は根こそぎにされた。妻は這いつくばったまま天を仰いで凍りついていた。口は今際の叫びのまま大きく開き閉じた眼の睫毛に涙が震えていた。夫はすべての華飾を失った女神を完膚なきまでに打ちのめして征服したいという欲望が荒々しく突き上げてくるのを感じていた。加虐の邪欲の血は激しく逆巻いて夫に眩暈を起こさせた。
「ああっ、ああっ」
妻が仰け反って喘ぐたびに弱い噴水がまだ吹き上がった。妻の手足の間を黄色の汚水が排水溝をさがして渦を巻いた。すべてを出し切った妻は背中を丸めてうつむき肩を震わせていた。おぼれた人のように激しい喘ぎと息遣い。夫は黙ってシャワーを開いた。強い水流が緊張をほぐすためにまず妻の背に向けられた。うなだれていた妻が顔を上げた。
「ひどいわ」
ふくれっ面の妻を見て夫は愛しくてたまらないといった風情で顔を緩めてそっと背中を撫でた。強い水流はすべての名残を消し去るには十分だった。夫は用意していたシャワージェルのボールをいくつか浴槽に投げ入れた。ボールはすぐに溶けて泡を膨らませラベンダーや柑橘の香りを放ち始めた。夫は自分も浴槽に入って座り込んだ妻を抱きかかえた。そしてまだ機嫌の悪い妻をあやすように優しいタッチを繰り返しフレンチ・キスで愛撫した。
「もう信じられない、xxx臭くない?」
「ぜんぜん、ありがとう」
「やん、お礼なんか言わないで、へんよ」
「どうだった」
「どうって、あなたは?満足?」
「ものすごく興奮した、ほら」
夫のペニスはすさまじい角度で直立してほぼ自分の腹に貼りついていた。
「あ、すごい」
「君は」
妻は髪をかき上げながら力なく微笑んだ。夫は目を見開いた。妻の目は潤み切り頬は紅潮していた。少し開いたくちびるから舌先が動くのが見えた。本人は意図していないだろうがすさまじい色気を放つ表情だった。この時点で夫は確信した。妻の本性を。みごとなまでの抑制を。そして抑えてもあふれ出ている欲情の滴りを感じた。
「いやよ、もう、こんなの」
「本当にそう思ってる?」
「どうして」
妻の怪訝な顔つきはベテラン女優のような自然な演技に思えた。
「いや、なんとなく」
一度そう気づいてしまうと最初の妻の気乗りしない様子も不機嫌な顔つきもすべて何かを隠すための必死の演技に思えてきた。四つ這いになったまま顔を上げたときの妻の血色はきわめてよかった。頬は上気しくちびるは赤く瑞々しく光っていた。そして眼が潤んでいた。不服そうに口は尖らせていたが切羽詰まった感じはなくどこか余裕があった。口調にもそれが感じられた。ありていにいえば妻の顔つきは「イった」後の夢見心地のそれだったのだ。妻のそういう表情を何度も見ている夫は自信があった。妻は人為的に起こされた排泄とともに極まったようだった。いや、排泄する姿を人に見られることでも極まったのだった。
一方妻は、ぎりぎりまでこらえた後のすべてを諦めた瞬間の虚脱感、人品を捨て去った解放感と排泄の快感のすべてが入り混じる嵐の中で一瞬で絶頂した。だから汚物に紛れて性の聖水をも噴き上げていた。夫の観察に誤りはほぼなかった。からだはすべてを記憶していた。隠された回路は今でもしっかりと動作した。
妻はすでに学生時代に秘密の恋人の手で浣腸され排泄を監視されるのを経験済みだった。この二人の変態的な行為はすでにそういう段階にまでエスカレートしていたのだった。それは自慰を相互に鑑賞しあううちに辿りついた一つのピークだった。その時は男はそれ以上の行為は求めてこなかったし彼女もはっきりとは思いつかなかった。あくまでそれは自慰の見せ合いの延長だったからだ。男の存在は彼女の変態的な自慰を支援するための彼女自身の手や指の代わりだった。その戯れは暗い喜びを湧き上がらせた。モラルを引き裂きかなぐり捨てて細胞のどよめきを耳にしながら本能に身を任せることでだけ感じられる喜悦であり、排泄物の匂いを辿って襲いかかってきた捕食者の咢でかみ砕かれる瞬間の究極的な被虐の喜びであった。この痴戯が彼女の性に新しい青白い灯を点火したのは間違いなかった。しかし嵐のような戯れの余韻で呆然となっている彼女にはこの次の段階が何なのかそこで自分に何が起こるのかについて思いを及ばせる余裕はなかった。それでも彼女の奥底で蠢く欲望は彼女の知らないうちに実際には起きなかった肛交シーンを記憶に刻み込んだ。そして彼女は後の人生を通じてその捏造された記憶からの反響に胸を疼かせることになった。それでも、妻という独特のポジションのなせる業だろうか、過去からこだまする異常だが真摯な欲望にどれだけからだを操られても、夫にだけは知られたくないという思いが築いた高く分厚い防波堤が、劣情の大波を跳ね飛ばし破砕した。その壁は強固だったが執拗に打ちつける粘っこい波の力はきっかけさえあれば轟音とともにそれを突き崩すに違いない、そういう予感もあった。ともあれ妻は積年を隔てて味わう甘美すぎる尻の痺れにぶるぶるとからだを震るわせて酔い痴れながらも獣の匂いのする劣情を懸命に押し隠して不機嫌なさまを装った。
手の動きはスカートの奥に入るとさらに大胆になった。さゆりは呆然と立ち尽くしていた。学生の頃は乗る電車を変えて痴漢をかなり避けられたが社会人になると出社時刻と乗り降りの都合で決まった列車の決まった場所に乗ることが多くなった。つまり一度餌食になるとその後もそうなる可能性が格段に上がったのだ。そう思い当たるとさゆりは一気に青ざめた。こわい、さゆりは震え始めた。指先はすでにかわいらしくふくらんだ二つの丘をおおうレースの薄布にふれていた。さゆりは懸命にからだを離そうとしたが、その結果、怖れで強張ったからだをドアの端につながる狭いスペースに押しつけられる格好になった。首を少しひねればガラスに映る自分の像が見えたが背中に立った男は影になっていて表情は分からなかった。男の手はミモレのスカートのスリットをかき分けて忍び込んだのだ。下着の表面に波打つような感触が走った。失敗した、さゆりはそう思った。こんな混雑した時間にこの格好はなかったわ、お気に入りのスカートを身にまとうのに有頂天になるあまり、ふだんなら心地よく受け取れる賞賛の目がこの時間帯には賞賛にとどまらなくなることを失念していた。ああいや、やめて、指先を谷間を彷徨わせていた男の手は方向を転じて浅いショーツの上の縁から掌を尻肉に沿わせて忍び込んでいった。今、掌は張り切った尻肉にぴったりと吸い付いていた。男は大胆だった。何物にも遮られていない男の手の熱がさゆりを襲った。ああっ、いやっ、さゆりは歯を食いしばってうつむいた。声は出なかった。からだは石のように固まっていた。しかしゆっくりと溶け始めていた。指先が蠢いた。さゆりは息を呑んだ。
そのときさゆりは自分が声を上げたのではないかと青ざめた。痛みに似たものがからだを貫いたのだ。それは痛みではなかった、しびれであり、疼きであり、やがてむせるような甘さが喉元につまった。男の指先は自然な順序をたどってさゆりのアナルにふれていた。指先は湿りながらも固く締まったそのゲートの周辺を彷徨った。そして時おり渦を巻いたようなゲートの中心をノックした。そのノックが何度か続いたときさゆりはついに腰をうねらせてしまった。拒絶では全くなかった。素直な反応だった。こわい、変だわ、こんなこと、さゆりは目がくらんでしまっていた。男の手は隙間なく尻肉に貼りつきその指先だけが別の生き物のように動いていた。こんなところで、おかしいわ、ああっ、し、しないで、そんな、心の奥底に潜んでいたものがゆっくりと浮かび上がってきたようだった。さゆりは慌てた。
「いいの?」
驚くほどさゆりの耳の近くで低い声がささやいた。さゆりのからだに鳥肌が走った。男のくちびるはさゆりの耳を隠す長い黒髪をかき分けたようだった。怖気に襲われているのにひざから力が抜けそうだった。それは男のノックのせいだった。ああ、あまり叩かないで、変に、変になりそう、さゆりは気づかないうちにそれを受け入れ始めていた。ノックのたびに次のノックを待っている自分がいた。ほとんど無意識だったが次に何が起こるのかを期待し始めていた。それでも本能に近い部分に植えつけられた女性の慎みに由来する拒絶のポーズは取り続けた。しかし矛盾はどんどん大きくなっていった。さゆりはほとんどの労力を自分で自分を欺くために遣っていた。残った力はノックに合わせてビートを刻むのに使っていた。次第にそちらの割合が高まっていった。さゆりはゆるゆるとかぶりを振りながらもノックに合わせて尻を揺らしていた。目は閉じられて口が少し開いていた。女の顔になってきていた。
「お尻がいいんだね」
もう一度その低い声が耳を襲ったときさゆりは自分でも驚いたことに深くうなずいてしまっていた。男の熱い息が耳を弄っていた。男の掌は雪のように白い臀肉に食い込み、谷間に沿わせた長い指が油井のピストンのように規則的に女の裏窓を叩いていた。初め乾いていたそこはいまや朝露を浴びたかように潤っていた。すぐ近くの女の秘密の泉からこんこんと湧く粘り気のあるネクターが流れついていたからだ。指先が渦巻きを叩くたびに小さく濡れた音が聞こえるようだった。こんなこと、あり得ない、恥ずかしい、さゆりは狼狽しきっていた。しかし白い頤を上げ気味にして誰にも気取られぬように腰をくねらせる姿はこの状況を受け入れているとしか見えなかった。ああ、だめ、だめなの、こんな、さゆりの尻振りのリズムはもう粘りつくノックと完全にシンクロしていた。補助棒をつかんでいない方の手は気づけばスカートの上から自分のからだの曲線をなぞっていた。でも、でも … いいの、すごく、いい、その自らの言葉、音にならない言葉がさゆりの心にざわめいていた躊躇いや羞恥の残滓を蹴散らしたようだった。さゆりはもう決壊していた。スカートの腰を這っていた自らの手が太腿をたどって男の手に近づいていこうとしていた。あああ、いい、いいわ、して、もっと、さゆりは甘い鼻息を吐き、夫とのベッドではない場所と時間で自らを鼓舞し始めた。ノックに合わせて尻は縦に横にぶるぶると震えた。さゆりは何かに噛みつきたくなったが見つからないので自分のくちびるを強く噛んだ。次にさゆりがゆさゆさっと尻を横に大きく振るったその動作は自然な反応というよりは男を奮い立たせるための閨房での儀礼に則るものだった。
さゆりはねっとりと目蓋を開いて眼を上げた。ガラスには自分の背中におおいかぶさるように立っている男がいた。影になっていて顔立ちは分からなかった。さゆりよりも少し背の高いスーツ姿のようだった。電車ががくんと大きく揺れた。さゆりは倒れないように必死に足を踏ん張って補助棒に縋りついた。一瞬の揺れが収まるとさゆりは男の手が去ったことに気付いた。さゆりはあっと振り向こうとしたが押しつけられたからだは向き直ることはできず首だけをなんとか少し回した。男のくちびるが見えた。また電車は大きく揺れた。停車駅が近づいているのだった。さゆりは押された勢いでまた窓に向かわざるを得なかった。再び男がささやいた。さゆりの喉元に熱い塊がこみ上げた。酔いそうなほど甘かった。
「もっと早い時間にこれる」
さゆりの髪がはっきりと揺れた。うなずいたのだった。くるわ、だって、まだ、わたし、まだだもの、一度決意すればためらわないのがさゆりだった。
さゆりは必死に男の手をつかんだ。男の指は乾いていた。二つの手がからみあった。減速し止まりかけた車両の片隅で相手を忘れまいと指先が必死のダンスを踊った。
さゆりは痴漢を許せなかった。その考えに変化はなかった。動けない女性の弱みをむさぼる卑劣な行為だと考えていた。しかしさゆりの心とからだはそのテーゼを無視した。男は痴漢だった。しかしさゆりは男と再会したかった。矛盾は矛盾のまま心に置かれた。さゆりの女性らしい地に足の着いた現実的な思考をフル回転させて恋情の満足に突き進んだ。さゆりはだらだらと快楽をむさぼるタイプではなかったしそうすることでせっかくの楽しみを結局は損なってしまうことをよくわかっていた。不確定要素つまり遊びが必要だった。だからさゆりは乗車する列車は同じ時刻にしたが車両は毎日変えた。服装も変えた。同じ車両にならなければ、指先を忍ばせやすい装いでなければ彼は現れないのだった。ここで彼は攻めてくるかしら、この服なら彼は指を忍ばせやすいかしら、いつ会えるかわからないというファクターがスリルを加えた。さゆりは車両を選び乗り込み奥のドアの際に立った。補助棒につかまりながら外を眺めすぐにバッグから文庫本を取り出して読み始めた。文字を追いながらも心半分はあの人がいつ背中に立つかという期待で粟立っていた。今はもうこの時点で期待に焦るからだが厚めのクロッチの下着にほんのりと思いを染みつけていた。男は常にさゆりの気づかないうちに背後に立った。あっと思ったときには男の指先はさゆりのスカートのスリットから忍び込んで掌が緩やかな局面にぴったりとあてられていた。いつも掌はそのまましばらく動かない。焦れたさゆりが思わず鼻を鳴らしそうになったそのとき男の太い指がそこを叩き始める。わかっていてもさゆりは口元に指先で封をする。自分の息がすさまじく熱いのに気づく。ああっ、あんまり急いでしないで、でないとわたし、立ってられない。さゆりはごくりと唾をのんだ。男はノックをつづけた。繰り返される刺激にさゆりの筋肉は耐えきれなかった。裏門はあっさりと緩んでぬめる愛液とともに男の指先をつぷつぷと呑み込んでゆく。あっ、だめ、だめぇ、入っちゃった、入っちゃったわ、さゆりはよろけないよう膝を突っ張らせて力を入れる。指は閉ざされた世界をよく見たいといわんばかりに活発に動く。それは愛撫というよりは探求心の満足のためのようだった。さゆりの内奥世界は硬い指先に踏みにじられるたびに身もだえるように蠢き震えた。ああ、もうどうなっちゃうの、こわい、これ以上は、さゆりは眼をぎゅっと閉じて補助棒を握りしめた。さゆりの苦悩とはうらはらに愛の泉は蜜を吐き続けていた。子宮は口を開いて受精の準備を始めていた。男の指先一つでさゆりの回路はみごとに誤動作して生殖と無縁の器官から性行為に伴う愉悦をむさぼろうと動き始めていた。直角に曲げられた中指の先が二度三度内臓のとば口を掻くとさゆりの目の奥が真っ赤に染まる。
「すごく濡れてる」
男の低いつぶやきにさゆりは懸命にうなずく。あああ、いきそう、いきそう、またお尻でいっちゃう、見ず知らずの彼にまたいかされちゃうのね、だってすごいから、ああ、だめだめ、さゆりの心はもう幾重にもねじれていた。うつむいてくちびるをかんで声を抑えるので精一杯だった。
「いきそう?」
あああ、いわないで、恥ずかしい、でもお尻がいい、すごくいいの、ああどうしようお尻が震えちゃう、さゆりは補助棒にしがみついて尻を少し男の方に突き出す姿勢になっていた。男はその背後にいるので他の乗客からはからだを揺らしているさゆりは死角に入っていた。男の指の出し入れが少しだけ早まった。前触れなく自分でも驚くほどあっさりとさゆりは屈服した。
「うっ」
さゆりは咳払いに聴こえてほしいと願いながら一声唸ってイった。尻のあたりから暖かいものがぶわっと湧き上がってさゆりの腰と背中を走り後頭部を突き抜けていった。あああ、いっちゃった、いっちゃたわ、さゆりは喘いだ。ああ見て、見て、わたしお尻いじられてよくなっちゃったの、お尻でいっちゃった。さゆりは子どもがぐずるように眉をひそめてゆるゆるとかぶりを振りながら補助棒に胸を擦り付けた。そして突き出した尻を揺らしながら甘く刺激性のあるしびれを味わった。尻がまた痙攣するように震えた。学生時代以来の公衆の場での密かな露出というインモラルなスリルがさゆりを虜にしていた。からだを震わせたまま目を上げるとガラスには男の影はもうなかった。男は現れる時と同じでいつの間にか消えたのだった。さゆりはうめいた。恨み言と快楽の嘆声が撚り合わさっていた。さゆりは下着をつけずに通勤するようになった。
「見せて」
「ああん、恥ずかしい」
妻は再び浴槽で四つ這いになった。腿を支える夫の手が導くままに尻を高く持ち上げる。
「もうすっかりきれいになってるよ」
夫は灯りにきらめく水滴に彩られた柔尻をゆっくりと撫でさすり、顔を寄せると谷間へと舌先をすべらせた。
「あっ」
そこは柑橘類のほのかな香りがして排泄物特有の舌先にしびれる酸味はまったくなかった。シャワージェルと体液はすっかり妻のからだを清め直していた。夫の舌が敏感な部分にふれるたびに妻は首を落として鼻息を強めた。肉厚の尻を攻めきるには舌先だけでは不十分なことを夫はよく知っていた。ひとしきり続けたリミングを一段落させると夫は早震え始めた妻の背をやさしくなでて座り直させた。上々の反応だった。夫は妻の背を肩から腰までゆっくりと撫でながら片手にローションのボトルを取った。妻はうっとりと目を閉じて夫の手の感触を味わっていた。夫はボトルを高く持ち上げ傾けた。浴室の乳白の明かりにきらめく液体は漏斗を通したように細い一つの流れとなって湿気の中をゆっくりと落ちていった。その一筋の輝く流れの糸がボトルの口とうっすらと段を刻む背骨のくぼみを結びつけた。そして流れは滴となって膨らみ始めある大きさにまで育つと堪えきれずにスローモーションでくぼみからあふれて出た。妻の吐息が深くなった。背骨を伝い尾てい骨で二つに分かれて再び女の谷間へと流れ込む液滴を追いかけて夫の手が忍び入った。夫の指先はちょうどつい先ほどまでの愛撫で和らいだ妻の肛門でローションに追いついた。指先の導きでローションは女の恥ずかしい穴に流れ込んでいった。導かれたローションは今度は自らのぬめりで指先をさらに奥へと誘い込んだ。曲げた指先がハーケンのように肉壁に食い込むと強烈な快感が妻のからだを走り抜けた。妻はひときわ甘い歎声をあげて背筋を反り返らせた。
「あうっ、ううん」
「痛くない?」
「だ、大丈夫、ああっ、でも」
「どう?」
「あ、あまり強くしないで」
夫の指の大胆な動きに妻は息が荒くなるのを抑えきれなくなっていた。夫はこの言葉にも拒否のニュアンスがないと確信した。妻は背中をうねらせながら無意識のうちに神経の触手を伸ばして夫の指先の動きを逐一たどり快楽を逃さず吸い上げているようだった。夫はぐっと指先に力を入れて押し返す筋肉に食い込ませた。
「ん、んうぅっ、ああん」
「こうかな?」
「あん、はぁん、そんなぁ」
妻の吐息がねだるような焦れるような甘ったるい響きを帯びてきた。
「よくなってきたの」
「うん、すごい、いい、ああ、恥ずかしいわ」
夫は指の伸縮運動を止めなかった。頭を垂れて懸命に堪えていた妻が遂に我慢できずに尻を揺らし始めた。はじめは分からないほど小さな揺れだったがいつしかそれが夫の指の動きに合わせた揺らぎになっていた。夫が深く刺せば妻はさらに深みを求めて尻を押しつけてきた。夫が退けば不服そうに鼻を鳴らしながら尻が指を追いかけた。一度堰が切れてしまうと妻はドロドロとあふれ出てくるものを止めることはできなかった。妻は悲鳴のように訴えた。
「ああ、ねえ、もう、いじわるしないで」
「そんなにほしいのかい」
「ああ、ほしい、ほしいわ」
「お尻に?」
「うん、入れて、お尻にxxxxx、入れてほしいの」
「ああ、好きなんだね」
「好きなの、ああ、いやあ」
俯いたまま消え入りそうな声でささやくのだが、そこにすら見えない粘り気があった。女のそこはてらてらと露で光って舌なめずりせんばかりに腫れていた。
「入れていいんだね」
「うん、入れて、xxxxxでお尻をいじめてください」
女は自分でも気づかないまま尻をふるふると左右に揺らして男をねだった。夫は自分の中に予想通りの妻の変貌ぶりに感激する心と冷ややかに醒めて女の尻を見下ろす心が同時にあるのに気付いた。やや強張った表情で人差し指を引き抜いた夫は親指の腹でアナルのとば口を撫でながら、自分のものにもたっぷりとローションをふりかけた。どういう気持ちにせよ夫のそれは普段以上に硬く鋭く尖っていた。夫はその剣の表面にゆっくりと潤滑油を巡らせた。
赤光りする亀頭が女の口吻にふれた。女のそこは息をつくように少し開いていた。夫はためらいなく前に進んだ。小さな口吻が硬い宝玉を包み始めた。
「あっ、あなたっ」
得も言われぬ感触の筋肉の抵抗との遭遇とその無残な降伏を経ながら夫の剣は淫乱な女の後門を突き破り奥の院へと一気に侵入した。
「ああっ、いやっ、こわい」
夫は緊張を緩めた。その途端大きな揺れに振られて息をのんだ。女の巨尻が大きく弾んでいきなり男を襲ったのだ。妻が夫のペニスを軸にした激しいピストン運動を開始したのだった。
「き、君」
「ああ、いいよう、すごいの、すごい」
「いいんだね」
「いいよう、突いて、ね、もっと」
妻の肉厚の尻がぶるぶると震えながら夫の鼠蹊部に叩きつけられて音を立てた。夫は気を取り直して妻の双臀を両手でがっちりとつかんで運動を安定させた。妻の屈伸はエネルギッシュだった。丸々と白い尻が亀頭が見え隠れするほど大きな振幅で動いた。どうすればいいかはよく分かっているようだった。そのサイクルの中で妻は時おり思い切りからだを夫の腹に押しつけたまま男の感触を味わうように尻を器用に回した。そして深い吐息をつくと再び前後の堅実な動きを再開した。夫はもうすっかりこのサイクルに巻き込まれていた。
「ああっ、むう、うんっ」
「あっ、いいっ、すごいのっ」
髪を振り乱した女は何かから解き放たれようと身悶えていた。しかしその尻が男の心棒をがっちり咥え込んでいて離れられなかった。女はそれを恨むかのように執拗な運動を繰り返した。
「ああいい、お尻がいいの、たまらないのぉ」
夫は猥褻な言葉を吐き散らして乱れように驚く一方で状況を冷静に解釈していた。こんなに露わに悦ぶ女だったか、いつもの抑えが効いていないじゃないか、こちらが本当の姿なのか、夫の思いもぐるぐると回っていた。夫の額から汗が滴った。
括約筋の凝った部分が亀頭から茎を幾度となく擦り上げると夫も冷静ではいられなくなっていた。荒く熱い鼻息以外は二人は静かに熱いストロークを繰り返した。膝が床にすれるのも気にならなかった。フル回転する肉の機構に男も女もすべてをささげていた。
「うう、さゆり、い、いきそうだよ」
「ああ、わたしも、わたしもよ」
「ああ、さゆり、さゆり」
「あなた、すごい、大きいぃ、いきそう、いきそうよ」
「おう、あ、出る、出るよ」
「ちょうだい、ちょうだい、たくさん、ね、ね」
さゆりが尻を突き上げた途端男が感極まった。男が吠えた。浴室が揺れた。
「がぁっ」
「あん、いやああああああ」
「うああ」
「いくっ、お尻でいくっ」
夫のペニスが倍ほどに膨れ上がりブルっと震えると女の直腸に向けて熱い精液が迸った。さゆりも髪を振り乱し背中を思いきり反らせて絶頂した。女の本能は命の素を一滴たりとも逃さないように尻穴を思いきりすぼめて男を絞り上げた。同時に女の命の宮からは返礼の水しぶきが迸った。夫が二度三度と濃厚な精を放つのに応じてさゆりの甘酸っぱい飛沫も何度も股間から飛び散った。番った雄雌の放つ熱帯の密林を思わせる咽るような匂いが浴室に満ちていた。獣の律動が去ると浴室には熱っぽい息遣いだけが残った。ぴったりとからだを一つにして身じろぎしない男女は引き延ばされたばねが弾けてゆっくりともとの位置に戻るように快楽の波が寄せては返しつつ次第に鎮まるのを感じていた。お互いの荒い呼吸が一つに同調してゆくのに気づくと二人は体勢を解き、隙間なく胸を合わせて抱き合い直して深い口づけを交わした。夫の両手は妻の尻を鷲掴みにした。妻の両手は夫の髪をかき乱した。二つの舌がもつれあった。
じゃれながらシャワーを浴びて二人は寝室に入った。衝撃的なアナルセックス初体験、その余韻はまだ大きく夫婦を揺るがせていた。妻は深い満足感を抱いて、夫は自分の満足感を見下ろすような奇妙な落ちつきをもってベッドに横たわっていた。肘をついて頭を支えた夫は胸にぴったり寄り添ってくちびるを這わせている妻を見ていた。上気した頬に貼りついた髪の間から小さな舌先がのぞいていた。譫言をいいながら鼻をすりつけて甘えるのは確かに絶頂した後の妻の癖だった。夫はこれまで何度もそんな妻の髪をすきながら抱きしめることで深い幸福感を味わった。しかし今妻は悪戯をしかけるように夫のからだを舌でくすぐっていた。その動きは気怠くはあったがあわよくばまた喜びを駆け上がりたいという目論見も感じられた。つまりそれは前戯の再開だった。夫は確信してからだをずらして妻の腰をつかんだ。
「ううん、どうするの」
夫から引き離された妻が不服気に鼻を鳴らした。
「いいから」
そういうと夫は妻の足元に移動した。妻は夫の促すままにからだを反転させてうつ伏せになった。夫は妻に膝を折るように促した。跪拝の姿勢になって妻は気づいた。
「ああ、うそ、またなの」
妻の声のトーンからは拒絶のニュアンスも期待のニュアンスも判別できなかった。夫は妻の尻を正面にした。そこはもうぼってりと充血していた。陰唇はすでにつつましく閉じていたがアナルは上からそれをおさえつけるような威信をもって日を浴びぬ秘密の陰花のようにてらてらとぬめりつつ腫れて赤らんでいた。
「あうっ」
夫の指先が表面を撫でると妻の背が丸まった。尻から太腿へ鳥肌が走っていた。淫靡な花の香りに誘われた夫は躊躇なく肛門にくちづけをした。妻は猫のように背を丸めて狂った。
「あっ、ねえっ、また、またなのね」
夫は一心不乱に口づけし、舌で筋肉が寄り合ってせめぎあうゲートを突いた。
「あっ、ああっ、いやあ」
シーツを握りしめてかぶりを振りながらも妻は尻を高くもたげて夫の舌に追従していった。夫はとろけそうな裏腿の白肉を両手で押し上げながら、ねちっこいリミングをつづけた。妻の甲高い悲鳴も止まなかった。唾液でぬれた排泄口はすっかり緩み金魚の口のようにぱくぱくと息づき始めた。
「ああっ、いいっ、いいのっ」
妻は突っ伏してシーツを噛んだ。いつしか妻の陰唇を割って透明な樹液の滴がふくらんでいた。それは限界まで膨らむとふるふると揺れて弾けきらめく流れとなった。女のからだの反応だった。妻はシーツから自らの口を引きはがすと叫ぶように訴えた。
「ねえ、あなた、またして」
「してって?」
「ほしい」
「ほしい?」
「いじわるしないで、入れて、入れてよぉ、xxxxx」
「したいのかい?」
「したいぃ、愛して、お尻を愛して」
妻は枕に突っ伏して両手で自分の尻たぼをつかんで掻き開いた。そして尻を突き上げて夫を誘った。妻は心を操られていた。ふだんなら、たとえ夫と二人の褥でも決してこんな風には振る舞えなかった。子どものころから植えつけられて習慣と化した慎ましさがほぼ無意識のうちにはたらいて欲望の炎が燃え盛るの和らげたからだ。しかし今、一つの行為が引き金になって外部からの誘惑と内部からの欲望の膨張の両方から妻の心を守っていたものが綻びた。さゆりは妻であることを忘れ、女であることを忘れ、雌であることにすらこだわらなくなっていた。それは動物としての性の機構の誤動作に近かった。さゆりが奥深く眠らせていた邪性はよみがえった。成長期から思春期のさまざまな自慰と調教の記憶が湧き上がると妻のからだは坩堝のように火照った。その炎がすべての躊躇いや配慮を燃やし尽くしていた。
「ねえ、おねがい、入れて」
劣情の熱に浮かされた妻が淫らに夫をかき口説くたびに夫の頭は冴えていった。そういうことだったか、夫は納得しながら妻のあられもない姿を見つめていた。
「お尻でいきたいんだね」
夫は自分の言葉に冷気が宿るのを止められなかった。乱れた妻はそれにも気づかなかった。
「ねえ、もう焦らさないで、早くして、おねがい」
妻は尻をさらに高く掲げてふるふると振った。無意識のうちに雄を誘惑する雌の動きだった。愛液にまみれたそこは熱をもってぼってりと赤く腫れ上がっていた。あまりの熱さのせいか愛液はすでに白く濁り始めていた。
「自分でしてご覧」
「いやあ、できない」
「でも好きなんでしょ」
「好き、すごく好きなの、ねえ、おねがい」
「知らなかったな、こんなに好きだなんて」
「ごめんなさい、ごめんなさい、でも、ね?ね?」
夫はにやっと笑うとすり寄って妻の肛門にくちづけした。雌の匂いが強まっていた。夫のくちびるが触れると妻の尻はびくっと痙攣した。
「あっ、それなのっ」
夫はくちびると舌を動員してそれまで以上に激しく妻を責めた。愛撫のニュアンスを超えた、はっきりと責めと分かる行為だった。夫のリミングに妻はおぼれた人のように喉の奥から息をしぼって呻いた。
「ああん、ああん、いいよう、ください、くださいぃ」
すごいな、夫はつぶやいた。今まで見たことのない乱れようだった。夫は乾いたくちびるを一度湿らせてから静かに言った。
「誰にしてもらったの」
すっと顔を放した夫の問いかけは返事のないまま宙に浮いていた。いままで嵐のように熱く渦巻いていた空気がゆっくりと動きを止めた。
「誰に教わったの?」
口調は穏やかだがたたみかけているのに変わりはなかった。夫の問いかけに返事はなかった。夫は荒い息遣いを耳にしていたがそれが自分のものなのか妻のものなのか分からなかった。妻は静かに向き直った。
「もうずっと前から知ってるみたいだ」
「そんな、あなたが」
「僕とは今日初めてでしょ」
「….」
「でも君は経験がある、間違いなく」
「… ひどい… そんな」
妻の返事にはこれといった意味がなかった。しかし何かを応えなければ空気が止まったままになりそれには耐えられないと思った。かといって懸命に何かを打ち消すだけの力はなかった。まっすぐな風に吹かれて鳴る美しいが何も生まない風鈴の音のようだった。
「誰かに教わったんだね」
夫のまなざしは優しかった。妻は眼を見開いた。妻は座り直して俯き、震えを抑えようとしてか、冷え始めたからだを暖めるためか、自らのからだに手を回して抱いた。見開いた眼が揺れ動いた。
「いいよ、隠さなくても」
「会ったんだよ、xxxxに」
その名前が夫の口から出たときに妻はすべてを理解した気がした。夫は妻がひた隠しにしていた秘密をすべて知っていた。そして知っていることをまったく妻に気付かせなかった。奇妙だが妻は自分が裏切られたような気がして一瞬かっとなった。しかしすぐにみるみる青ざめていった。手足から力が抜けていった。
「偶然ね。それで懐かしさもあっていろいろと話をしたんだ」
「彼、打ち明けてくれた。辛かったみたいだよ、隠し事が」
妻の顔から一切の表情が消えた。夫の言葉を聞く前からもうxxxxという名前が頭の中にこだましていたことに今気がついた。その名前が音になって耳に飛び込むのはただの念押しに過ぎなかった。妻の首がくたっと折れた。糸の切れた操り人形のようだった。
「まあ、僕もだいたい知ってはいたんだけど確証はなかったし、君がいつかちゃんと僕の方を見てくれるって信じてたからね。さほど気に病まなかった」
「ただ、やっぱり、僕が望んでいたことを先を越されたのがね。気に留めないようにしようと努力したけれど、難しかった」
「嫉妬。嫉妬なんだろうな。君が抱かれていることに気付いてもこういう気持ちにはならなかった。それがさ、君が彼とそこまで行っていたと知った途端にね、一気に感情がこみ上げた」
「信じて、しなかったのよ、最後までは」
妻は言葉を絞り出した。言葉は単なる音だった。意味は欠落していた。妻にもそれはわかっていた。しかしその抗弁以外に伝えるべきことはなにもなかった。
「でも最初に君をその世界へ誘ったのは彼だったんだろ」
「…」
「君はある意味誠実だ。自分の性欲に正直なんだ。でも誠実さというのは時として刃なんだよ」
夫はそういうとからだを起こしてベッドから降りた。妻はからだを強張らせたままその姿を目で追うだけだった。くちびるが震えていた。
「すごく、すごくしたかったの」
ようやく絞り出された妻の言葉が追いすがったが夫は振り向かずに静かに部屋を出て行った。
さゆりの足取りは駅に近づくほどに軽くなっていった。改札へ向かう階段を速足で降りると天井から吊り下げられた時計の文字盤を見つめて時刻通りに到着したことを確認した。改札をすり抜けてホームへのエスカレータを昇る。人ごみをかき分ける勢いであの人の来るはずの車両の場所まで小走りに進む。いつもなら耳障りな列車到着のアナウンスが歌うような響きに聴こえた。会社には連絡済だった。通勤途中での急な体調不良。列車がすべり込んできた。扉が開くとともに吐き出される人、人。さゆりは目の前の背広にしたがって列車に乗り込んだ。排気音、扉の締まる音。さゆりは目の前の手すりにそっとつかまった。震える手をおさえるためだった。熱いものがこみ上げて胸が苦しかった。さゆりは眼を閉じた。停車ごとに人が乗り込み車両は混雑してくる。さゆりが背中をおされて閉じた扉に押しつけられるとほぼ同時に耳元に熱い息がかかった、あっ、さゆりを眼を見開いた。
「おはよう」
さゆりは耳を火照らせたままうつむいて小さくつぶやいたが何も言葉にはならなかった。ああ、会いたかった、今日は、今日はね、あなたのためにお洒落してきたのよ、かわいいのよ、さゆりは涙ぐんでいた。男の掌はスカートにぴったりと貼りついて曲面の形状の変化を感知する探査装置のように動き始めた。谷間に沿って奥へと沈んだ指がそれの存在に気付くと掌は静かに撤退していった。代わりに這いずる蜘蛛のような指がさゆりのスカートの裾から忍び入ってきた。
あっ、そうなの、見て、さわって、かわいいでしょ、さゆりは歯を食いしばって鳥肌がかけ上げるのをこらえていた。男の指先がそれにふれてそのふたの部分に指先をかけてくいくいと動かした。さゆりは文庫本で口を抑えながら深い吐息をついた。首から顔にかけて熱いものが上ってきた。スカートを大きくまくり上げれば秘密の谷の中央にアナルプラグが切子硝子の表面を輝かせて乙女の秘所を彩っているのが分かるはずだった。
「かわいいね」
男の声に初めて微笑む調子がにじんだ。ああっ、はずかしい、でもうれしい、きれいでしょ、わたしのお尻、さゆりは愛液が滴って太腿を伝っていることも気にかけなかった。列車がガクンと揺れて新たな停車駅に着いたことを知らせた。
「いこう」
さゆりはもう男の手に指をからめていた。乾いた燃えるように熱い指先。男に引かれてさゆりは扉に向かった。躊躇いはなかった。男は少し振り向いてさゆりの様子を確かめた。さゆりは懐かしい横顔を改めて見て胸の底から安堵した。わたし、帰ってきた、ここがわたしの居場所なの、やっと気づいたわ、さゆりは確信して微笑み一歩を踏み出した。
「ねえ、お尻にして、あなたので。わたしずっとしてほしかった」
さゆりの眼はそう告げていた。さゆりの表情には世界と決別する後ろめたさは微塵も感じられなかった。むしろ清々しさにあふれていた。
つづく