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なぜオードリー若林さんとキングコング西野さんの作り出す場は力強い支持を受けるのか
オードリー若林さんは言語化の天才で、キングコング西野さんは構造化の天才だ。
(若林さんの言語化の才能はこちら「なぜオードリー若林さんに惹かれるのか」)
西野さんは自ら絵本・映画等のエンタメを展開しながら、そこでの気づきを構造化してサロンのメンバーにシェアしてくれる。
壮大な挑戦の当事者自らが、天才的な才能を以って構造化してくれるので、「なるほど、、」と毎日勉強になる。
同じ場を紡ぎだす二人
西野さんが常々提唱しているのが、マネタイズのポイントを後ろに持ってくることだ。
西野さんは、オンラインサロンを中心に設計しており、最終的にサロンへの集客が図られればよいという枠組みとしている。
テレビは元より絵本・映画の活動においてもマネタイズを図る必要がないことから、無料での展開といったエッジの効いた手段もとれる。
それが強みであり、この枠組みが取れない人は苦しくなってくると西野さんは整理している。
西野さんの枠組みを、若林さんのコンテンツメディアも含めて整理すると、
1.テレビ・ラジオ・SNS :フリー
2.絵本・映画・エッセイ :購入
3.オンラインサロン・note :サブスク
若林さんのnoteのフォロワーは主に、テレビで興味を持ち、ラジオでファンになり、エッセイで心を奪われ、noteに潤いを求めている。
若林さんはビジネス上の設計といった観点なく、自分を表現する場を求めていった結果、西野さんの提唱する枠組みの原型を地で作り上げている。
若林さん本人はこの枠組みを用いた立ち回りをしていくつもりはないだろうが、その気になれば、noteへの集客をベースとし、今までとは違うメディア展開が図れるはずだ。
(若林さんのnoteに関しては、メディアを制限したクローズドな環境での表現の必然性として、西野さんがVoicyでも語っている)
西野さんは圧倒的な挑戦と構造化による教材の力で、ビジネスマン等に熱狂の場を作り上げている。
若林さんは悩みや葛藤といった内面を丁寧に照らすことで、共感により結びついた同士に癒しの場を提供している。
天才的な表現者であり世の中への影響力を有する同世代の二人の芸人が、思想やアプローチは全く異なるものの、結果同じようにコアなファンが集う場を作り上げている。
では、なぜ若林さんと西野さんは、コアなファンが集う場をサブスクで作り上げられたのか。
(若林さんの場合は勝手に集まってきている状態であるが)
サブスクの加入・継続には相当に力強い支持が必要となる。毎月その支払いの要否判定を通過させるだけの支持の力だ。
一人の支持者として、なぜ若林さんのnoteを購読し、西野さんのオンラインサロンに加入しているのか、という視点で考えてみたい。
一つは表現の力
若林さんはウェットなエピソードと言語化された自己解決により、悩める子羊の胸をすく。
西野さんは挑戦のプロセスや気づきを、誰にでも伝わるメッシュで構造化してくれるからこそ、僕たちは有難く召し上がることができる。
当然言語化・構造化の力だけではサブスクの場の形成には足りない。
ブロガーやYouTuberの多くはこの言語化・構造化で戦っているが、サブスクの世界に誘導できるのはごくごく一部だ。
欲しいのは底なしの深さ
若林さんの思想と日々磨かれる未知の刃物による切り口への興味は尽きることがない。僕たちが触れたいと願う若林さんの内面は底が見えない。
西野さんからは無限のアイデアが湧き出してくる。挑戦を通じた気づきは絶え間なく生み出されていく。掘っても掘ってもキリがない。
言語化・構造化のスキルはもしかしたら鍛錬で磨き上げることができるかもしれないが、深さはその人が積み上げてきた人生そのものであり誤魔化しが効かない生き様だ。
一人一人が限られた時間の中で応援できる人の数も限られる。
その厳選される対象に入らなければならないのが、厳しいエンタメの世界ということだろう。
コンテンツのグローバルが進む中、時間の椅子取りゲームも世界戦だ。
そんな魑魅魍魎が跋扈する世界で躍動する二人に強い畏敬の念を抱きながら、これからもその背中を力強く応援していきたい。