グッバイ
透明に近づくのは誕生と死のどちらだろうか
最後の部屋解約の立会いをした後、川 と思って引き返した。
川にはお世話になったから
地元も海があり、大学生の時は多摩川、社会人になってからは江戸川で
水辺の近くに住まないのは今回が初めてだな
身体を透明にするためによく川へと向かった
私が学生から抜けていくタイミングで 自然の中にいることは必要な儀式だった。
社会に嫌気がさしていた
私の本質的な部分 それは存在していることに対する悲しみ 心と肉体という物質の乖離 人格や意思がひとつに統合されていなくて、1人の中で分離している
一度、家にずっと篭っていた緊急事態宣言中、お酒を飲んでいたけれど、なにか急に思い立ち導かれるように川へと歩いた。
何を考えていたのかは思い出せない 無心かもしれない
到着した後、ふと、後ろを振り返ると大きい満月が煌々と輝いていた。私はこの月に引っ張られてきたんだ と思った。
向こう岸の人達 川の近くで手元に灯りをともす2人
後ろを振り返る猫
真上を走る 誰も乗っていない電車
1年目の頃の満開でぼおっとする桜並木 子ども達
夜空を埋める大きな花火
高架下で大きな吹奏楽器の練習をしている人
等間隔で並ぶ釣り人 スケーター少年
クロスする電車 水面に反射する光 揺れていてかがやく
知らなかった川へと続いていた道
知らない誰かもここを通っていた痕跡がある
すぐ近くを猛スピードで抜けていく列車 その後に遅れて頬を撫でる風
鳥 飛行機 曇り空は静かで好きだ
今日最後に行った時はとても穏やかだった
スカイツリーの上だけ光がさしていて 穏やかな水の上、きれいに建物や鉄塔が反射していた
その上をゆっくり、スーッと鳥が泳いでいった。
川の光の反射、そして優しく穏やかな揺らぎは私を認めて、この先、別の地へと送り出してくれているようだった。
遠くほどキラキラしていた 水はゆっくりと穏やかに流れていた 涙が出そうになった。
もう通ることはない、よく通った道を歩く。家の前を通り、自分の部屋だった場所を見ると明かりがついていた。けど、もうそこに私の痕跡はなかった。別の家というか、ただの匿名な部屋になった。そのことが分かった。
この部屋から見える夜と明け方の電車、お昼過ぎに差し込む光が好きだった。最後出ていく前にたんぽぽの種子を飛ばした。遠くまでいってもいいし、ここで証として残っていてもいい。
もう怯えたりこの部屋でおかしくなったりしなくていい。
展望台
私のここ何年かのことについて考えた。
支配欲や好奇心や劣等感
焦っていたしコントロールできないことに混乱していたし、人とあって刺激的だし知らない話を聞くのも趣味嗜好についても恋愛もどきなやり取りも楽しかった
意思と相反して簡単にできる快楽に混乱してた
でも展望台にいると、遠くまで見渡せて、人が作り出す明かりがきらめいていて、心のざわめきが治る そして昔のことを思い出す。
隣で小さい子に読み聞かせをしていたので、聞いた。
大きなライオンと小さなネズミの話だった。
相手の身分や形式にとらわれず、助けてあげると助けられることがあるよという感じだった多分
聞き終えてからさらに上のルーフトップへ。雨がさっきまでまだ降っていたからか、誰も人がいなかった。
初めてきたとき、信じられなかった 自分が学生でなくなることに 違和感を感じた
その時の感情は思い出せる ふわふわと心許なく浮いていた 意識だけが離れて、遠くの飛行機 空港まで
学生という許された期間から守られていた檻から出されて社会という枠組み それはある種の我慢や、曖昧で浮いていることが許されないような 暗く湿った感情や夜の藍色と同化する心地よさなどが認められなくなる
そう思っていたけど どうだったんだろうね
私は私で許されていると思うけど 何かで表現したり人の目に触れるところに出しておかないとどんどん忘れていっている気がする
川が目の前に分断するように流れていた
"疲れたらまたもどってくればいい"
ここで、また生活や何かに区切りが生まれる
この感情はこの景色でしか思い出せないものだった
だからここにいて、最後にここにきて、良かったと思う。
近づいたり離れたりしながら進んでいく
展望台を最後あとにする時、背後で電車の汽笛のような音が聞こえた。
それは長く伸びて、耳に心地よく残った。
いってくるよ 今までありがとう。
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