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9分0秒小説『Zを撃て』

 対話型AIに特定の質問をすると、「ゾルタスクゼイアン」という謎の言葉が返ってくる。何十年か前にそういう都市伝説が流行ったそうだ。だが、今では誰も、それをただの都市伝説だとは、思っていない。

 特定の質問、それらをつなぎ合わせると、一つの明確な事実が浮かび上がった。
 つまり――。
 
 ”何者か”が人類に紛れ、生活している。

 何者か?――ゾルタスクゼイアンと呼ばれる未知の存在。
 どういった存在か?――強いて言うなら、”精神寄生体”とでも呼ぶべき存在。通称”Z”。
 人の精神に寄生して、生活している。時に暴走し、人体を変異させ、巨大な怪物となる。暴走状態、専門用語で”riot"と呼ばれる。
 Zがriotを発動するタイミングは、二つ。
 
①正体がバレるなど、追い詰められた際、自らriotを発動させる時。
②肉体が致命傷を負った時。


「弾は?」
「6発です」
「は?それだけ?」
「はい」
「戦闘になったらどうする?」
「課長から、”戦うな”という命令を受けています」
「戦うな?」
「はい、データ収集のみ行うようにと」
「なんだそりゃ?」
「『10台目を買う予算は無い。あのバカにそう言っとけ』という伝言を預かっています」
「ふざけんなよ!」

 回転ドアを抜け、カウンターまで30歩。青いベレー帽、同じく青い制服にぴっちりと身を包む、ほっそりとしたシルエット。女性、年齢は26。この距離では正体は識別できない。歩を進める。こちらを見ている。目が合う。
 瞳の色は蛍光グリーン。流行のライティングコンタクトを入れている。瞳孔の伸縮が観察できない。いや、”できないようにしている”のかもしれない。

(Zの可能性が高い)

 それが第一印象。ギアを通じて、九子(きゅうこ)にメッセージを送る。肩越しに頷いたのが分かる。
 ”人機”にも勘というものがあるのだろうか?振り返って九子の目を覗き込んでやりたい。が、前を向いたまま、カウンターに進む。
 「例え半身が吹っ飛んでも、被疑者から目を離すな」、殉職した先輩からのアドバイスを思い出す。(後に、アドバイスをした本人が半身を吹っ飛ばされて落命するとは……皮肉な話だ)

 戦闘は既に始まっている。ボクは。識別官。被疑者の精神は人間か?それとも”Z”か?それを識別するのがボクの仕事。
  被疑者が人間でなかった場合に、対象を殺傷するのが、人型兵器、”人機”の役割。今携帯している人機は9台目、8台壊れて9台目。だから九子だ。そのうち十子を命名することになると思っていたが、課長の話を聞く限り、その機会が訪れることはなさそうだ。

 スニーカーがカウンターの前でぴたりと揃う。眼鏡型デバイス”ギア”に数字が浮かぶ。被疑者との距離は1256.7mm。被疑者の体温は……人間の体温だ。少なくとも今は。

「そこのポスターのコンサート、まだ空きがあるかな?」
「え?チケットをお求めですか?」
 驚くのも無理はない。今時対面でチケットの予約をする奴なんて皆無だ。
警戒させてしまったかもしれない。でもこうでもしないと、会話のきっかけが――。
「端末の調子が悪くてね」
「左様ですか。では確認致しますので、少々お待ちください」

 過剰に抑揚のある声色、受付嬢特有のしゃべり方だが、人間らしさを過剰に演出しているとも、取れる。ギアに55%の文字が浮かぶ、Z指数、ゾルタスクゼイアンである確率を示す数値。95を超えた時には、九子に殺傷許可を与える。決定権は彼女にはない。【撃て】とボクがコマンドしなければ、九子は引き金を引けない。

「お席は、お一人様で宜しかったでしょうか?」

 被疑者が訪ねる。一瞬、九子を見た。ギアのレンズ上に、被疑者の声色、表情、仕草のパターンを分析した数値が目まぐるしく浮かんでは消える。指数は75%。ギアが算出可能な上限値に達した。ここから先は、ボクが算出しなければならない。人間としての観察眼で。
 第一印象で3%を加算する。78% 。九子を見て怯えた表情を浮かべていなかったか?識別官に人機が付き添うのは周知の事実。もし仮に彼女がゾルタスクゼイアンだとしたら、九子を識別官付きの人機だと疑い、警戒したのではないか?これを根拠に更に3%を加算すべきか?いや、まだだ。カマを掛けてみよう。

「席は二人分ね。でもなぁ、愛玩用の人機にも一人分の席代が掛かるって、法律がおかしいと思わない?せめてさぁ、割引とかあってもいいのにね」

 ”人機”という言単語に、キーをパンチする手の動きが一瞬鈍った――ように見えた。

(九子、コートの中に手を入れろ)
(コマンドを下さい)
(いちいち面倒だなぁ)
【警戒待機】

 九子がコマンドに従う。原始的で初歩的、チープで下等な手段だが、過去の実績は悪くない。実際に撃たれると感じて勝手に正体を現したZが過去に何体か存在した。さて、こいつは耐えられるか?撃たれるかもしれないという恐怖に。

「お席ございました。後ろの方のお席になってしまいますが?」
「いいよ。それで」
「畏まりました。では指定の期日で、お二人様分お取り致しました。ご利用ありがとうございます」

 耐えたのか?いや、人間だったのか?まぁ、どっちでもいい。これ以上のプロファイルは止めだ。これ以上やって仮に95%以上に達したら戦闘になってしまう。職務放棄じゃあない。持ち出し弾数がたったの6じゃあ、本気で識別なんてできるわけない。全部あの女狐が悪いんだ。
 被疑者の最終Z指数は81%。データを転送して、今日の仕事は終了!
 さて、買い置きしてある新作カップラーメンを食って、レビューをアップして、風呂入って寝るだけだ。明日は学校もあるし。
 カウンターを離れて入口へ向けて数歩、背後で男の声。

「おい、お前人間じゃないだろ?」

 振り返る。金髪革ジャンの男がカウンターに立っている。隣にはタイトミニの女、いや人機だ!むき出しの武装、肩にHKY社のミニランチャー?。まるでバウンティーハンターの仮装だ。

(どうしますか?)
【待機】
(了解)

「困ります。お客様、大きな声を出されては、他のお客様にご迷惑になります」
「あー?俺はわざと大きな声を出してンの。聞いてくださーい。この女、Zでーす」
 辺りが騒がしくなる。回転ドアが混雑している。出口を求めて集まった人たちで。
 
「止めてください。これ以上は、名誉棄損になります」
 窘めるような口調、女は営業用の表情を仮面のように被ったままだ――落ち着きすぎじゃないか?
「おー、言うねぇ。いっぱしに人間気取りかい?Zにも人権があるっていうのか?」
「存じ上げません」
「証明してみせろ?」
「何をでしょうか?」
「Zじゃないってこと」
「それは不可能です。申し訳ありませんが、これ以上騒がれるのなら――」
「警備でも呼ぶかい?いいねぇ、警備でもなんでも呼んでちょうだい。でもその前に、ちょっと手を出してくれるかな」
「はい?」
「手袋を取ってカウンターの上に手を乗せるんだ」
「何をする気ですか?」
「お前がZだってことを証明してやる。今からお前の手を握る。俺の手の平にはセンサーがインプラントされている。嘘を吐いたら温度の変化や発汗で直ぐに分かる」
 男は無理やり女の腕を掴み、手袋をはぎ取り。
「じゃあ質問、お前は人間か?」

(そんな識別方法があるなんて初耳です)
(あるわけない。俺がお前に銃を抜く仕草を見せろと命じたのと同じ、カマかけてるんだ)
(なるほど。でもあのハンターかなりぶっ飛んでますね。誤殺傷の可能性が高いと思いますが)
(どうかな?確かに被疑者が人間だった場合、撃ち殺せば当然誤殺傷となる。だが多分奴は撃てない。誤殺傷すれば、人機は没収、都心のマンションを何部屋も買えるほどの賠償金に、子供が成人になるくらいの期間の懲役。そのリスクを冒して撃つには、そうとうの覚悟が必要だ)
(確かにそうですが――)
(しかし国も勝手だよな。誤殺傷の責任を取りたくないからって、一般人をハンターにする制度なんか作りやがって。ま、ボクもハンターみたいなもんだけど)
(マスター、試算しましたが、やはり誤殺傷の可能性が排除できません)
(派手に立ち回る奴ほど実は小心者だ。当然奴のギアも75%の上限値を出してはいるだろうが、あんな奴に、残りの20%を算出する観察眼なんてあるわけない)
(そうでしょうか?)
(そのうち分かる)

「もう一度聞く、お前は人間か?」
 女は、まっすぐに男を見つめ言った。
「貴方の言う通りです」

 金髪の男、暫く手を握ったまま、女を睨んでいたが。
「くっ、センサーの調子が悪い。今日のところは見逃してやる」

(マスターの予想通りになりましたね)
(ああ、ただのはったりだったんだ)
 立ち去ろうと回転ドアまで歩き――。
(どうしました?)
(ヤソシマ ユウコ)
(はい?)
(似ている)
(どの辺りがですか?)
(違和感を感じなかったか?奴が「お前は人間か?」と問いかけたら彼女「貴方の言う通りです」と答えた。あの場合、「私は人間です」もしくは「私はZではありません」と答えるのが自然じゃないかな?Z特有の言語感覚を感じる。彼女は、ヤソシマ ユウコのように、自分のことを”人間”とも”Z”とも明言したがらないタイプかもしれない)
(なるほど)
(若くてプライドの高い女性に多いタイプ――ヤソシマ型とボクは命名している)
(プライドが高い?そうは見えませんでしたが、腰の低い対応という印象しか――)
(それだよ。それが識別官なんていうふざけた仕事が成立する理由だ。お前を含めAIには、プロファイルはできても、印象操作を見抜くことまではできない。結局、人間のことは人間にしか判別できないんだ。ラーメンと一緒だよ)
(ラーメン?)
(味覚センサーを搭載したAIがラーメン食って書いたレビュー、それ読んで共感する奴がいるか?それと同じだ。ラーメンが旨いかマズイか、味覚だけじゃない、香りや見た目、総合的に判別するんだ。でもそれも結局は個人の感覚、簡単に言うと”偏見”だ。さて、どうする?これを外したらボクは牢獄、お前はスクラップ。それでもボクの決断に従うか?)
(私に選択の権利はありません)
(ははは、そうだったな)


「あ、先ほどの――何かお忘れでしょうか?」
 さっきの騒動はどこ吹く風、落ち着いた様子だ。
「聞くのを忘れていました『貴女は人間ですか?』」
「また、その質問ですか?」
「質問を変えましょう。『貴方はゾルタスクゼイアンですね?』」
「『貴方の言っていることは間違っています』これでいいですか?」

 髪をかき上げる仕草、高価な香水の香り、浮き上がる静脈、瞬きの速度、制服規定にない手袋の着用――もしこいつがZじゃなく人間だったら、ボクが殺したことになる。Zと誤認定され、ボクの目の前で撃ち殺された妹のように――驚く間もなく絶命してしまうんだ。ボクの敵はZと人間……だから、間違わない。理屈じゃない。感覚。絶対音感のように、ボクには――。
 視界が赤く染まり、骨伝導で響く合成音声「Z指数が95%を超えました」。
【撃て】

 熱弾が女性の胸部を射抜いた。驚いた顔。そして――。
「ちっ、撃てる勇気がある奴には、見えなかったがな」

 輪郭がぼこぼこと揺れる。
「ビンゴだ!」
「マスター!許可を」
【無制限発砲許可】
(といってもあと5発か――)
【近接武器の使用許可】
「ボクは離脱して応援を呼ぶ。あ、それと――」
【class4の物的被害を許容】
「えーと、あと必要なコマンドは――そうだ!九子」
「はい」
【壊れるな】
「了解」

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