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1分30秒小説『Snails』

 少女が私を捕まえた。瓶に閉じ込められた。悪い気はしなかった。キャベツもくれたし。でも幸せは3分くらいだった。
 少女は私をテーブルの上に摘み出し、そっと力を加えた。私の殻が――嗚呼、言い忘れていた。私は蝸牛。私の殻が、ぱりっと圧壊した。
 少女は笑った。「蝸牛って、やっぱり中身は蛞蝓(なめくじ)だったんだ」って、笑いながら殻を剝いでいく。

 私は逃げようとしてもがいた。でも少女の手がそれを許さなかった。熱い指に圧され、私の全身の粘膜が濃度を増して、少女の指に絡みつく。少女の瞳が揺らいだ。
「ごめんなさい。貴方の大事な殻を壊しちゃって」

 私は、何も感じなかった。怒りも悲しみも無かった。ただ失望はした。
 私は今や殻を失った蝸牛。蛞蝓に混ざって生きていけるほど、私の心は丈夫に出来ていない。ならばいっそ、少女の玩具として、この命を果てさせる、それがこの瞬間に発生した望みだった。なのに少女は、後悔をしている。失望しかない。彼女はきっと、紫陽花の葉の裏に私を接着し、雨が降ることを祈って去ってゆくだろう。
 だが結末は、私の希望に沿う。

 少女が大粒の涙を落としたのだ。少女の涙に浸され、全身が音を立てて溶けてゆく。「嗚呼、これできっと少女は笑顔を取り戻すだろう」なのに見上げれば、涙、涙、涙。熱い涙。どうして笑ってくれないのだ私の死に様を――。
 少女の悲しみが、私を殺したという十分に満足できる結末。

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