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1分10秒小説『Duck』

 潮の引いた水面鴨が浮く。
 さざなみすらに至らぬ揺らぎ、風が起こし、鴨の輪郭がじわじわブレて、何かに気づいて――”僕が一生を掛けて気づけないだろう何か”に気づいて、鴨が動いた。
 首で天を突き、エメラルドの項に刃物の鋭輝、羽が指揮棒を振り上げるように弧を描き、水飛沫無数宙に浮かべる。水かきが大きく撓んで、殺すほどの勢いで川を蹴る。
 羽の先が太陽に突き刺さり、僕の鼓動が止まる。通り過ぐ車も、秒針も、世界のどこかで子供がおっことしたアイスクリームも、すべてが空間に固定される。鴨だけが真の時間の中で、羽を、全力で振り下ろす。
 それがコマ送りで、つやの無い僕の瞳に映る。足元の橋が、架空の衝撃波でのけぞる。鴨が飛翔したのだ!(僕は吹き飛ばされないように、何かに縋ろうとして、君の笑顔を思い出したよ)。
 瞬きをしたのは一年後の感覚、鴨が汽水を蹴散らしながら、足先で川面に点線引いて、空へ。

 僕はその一連のショートムービーを、脳内で一時停止し、殊にあの羽の初動、空へ翔けだす直前に羽先まで伝わっていく力の漲りを、今はしっとりとして時を映してる瞳に、現像した。
 
 あの力が、欲しい。
 鴨が天へ翔けだす、あの力が欲しい。

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