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スカウトを追いかけている。

私はかつて、ある「野球選手」のファンだった。
過去形にしたのは、もう彼は現役の選手ではないからだ。
ずっと歳上の人だったから、今でいうところのガチ恋とかリアコなんて対象ではなく、純粋に選手として好きだった。
彼に限らず、選手に対してファン以上の感情になったことはないが。

ファンサはきちんとしてくれるけど、愛想のよい人ではなかった。
いわゆる強面。
当時のチームには結構イケメンが多かったから、わざわざ好んで彼を推す女子はいなかったと記憶している。
かくいう私ももう1人の推しはイケメン系だった。
そのときWで追いかけていた2人が今も当時の球団に残っていて、結局今もWで追いかけているんだから人生って不思議なものだ。
一番推している強面の彼は出戻りだけど。

推すようになったきっかけは、入団1年目のキャンプ。
バレンタインが近かったから、もう1人の推しに渡すついでみたいに、本当に軽い気持ちで小さなチョコを渡したのだ。
明らかに義理チョコとわかる、たとえるならチロルチョコ1粒レベルのものだった。
それを手渡したとき、彼は実に颯爽と「ありがとー」と言い残して去って行った。
その時のなんとも言えない口調と雰囲気と空気感にハマってしまった。

渡したチョコがどうなったのかは知らない。
どこの誰ともわからないファンからもらった食べ物なんて、ぽいっとゴミ箱に投げ込まれたかも知れないし、案外あっさり食べてくれたのかも知れない。

あれから、とんでもない歳月が流れ、彼も私もいろんな経験を積んだ。
笑ったり泣いたり、砕け散ったり、怒ったり、その挙句「もうファン辞める!!」なんて逆切れしたり……喧嘩じみた言い合いみたいになったり。
彼は選手を引退し、ある球団でバッピをやり、社会人チームでコーチをやり、またプロの世界にコーチとして戻って来た。

甲子園に出て、都市対抗で優勝して、橋戸賞も取って、プロ野球選手になってそこそこの活躍をして、コーチとしてもきちんと成果を出し……
そして、2020年からスカウトになった。
そこでも結果を出し続けている。
転身1年目には3人指名、2年目には2位指名の選手を担当している。
今年もきっと、担当選手を出すだろう。

もう、見知ったユニフォーム姿ではないけれど、スーツを着るようになっても試合や選手を見る眼光は鋭くも優しい。
むしろ、コーチ時代より鋭くなったかもしれない。

その姿は、私にとっては世界でいちばんかっこいいと思える存在だ。

その人のおかげで、さほど興味のなかったドラフトを意識するようになった。
担当選手の名前がファイターズの指名の中にあれば、嬉しくて涙が出る。
1年間、お疲れさまでした。
来年も身体に気を付けて――と思う。

担当コーチは組閣によって変わっていくけれど、担当スカウトは一生変わらない。

だからこそ、指名して担当する選手には責任がある。
活躍がスカウトとしての契約に影響もする。

ドラフトが終わったその日から、翌年へのスカウトの仕事がはじまる。
どこかで試合や練習がある限り、休みはない。

――そして、私はそんな人を追いかけている。
はじめて言葉を交わしたときに渡した1粒のチョコの行方を聞けないまま。
いままでも、これからも。
きっと、ずっと。


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