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限界なので『青野くんに触りたいから死にたい』の藤本雅芳の話をする。

『青野くんに触りたいから死にたい』を読んだ。

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作品を知ったきっかけは「裸一貫! つづ井さん」の作者・つづ井さんだ。つづ井さんが以前から本作品を大変推しておられたのは知っていたのだが、なかなかギョッとするタイトルなので尻込みをしていた。そして去年TBSラジオ『アフター6ジャンクション』のカルチャートークにつづ井さんがゲスト出演した際に、推薦図書として宇垣さんと共にかなり打ちのめされた様子で本作の優しさについて熱く語っているのを聞いて、なるほど、意外とそういう話でもあるのかとさらに興味を持った。

そして先日Kindle版の1巻と2巻が0円になっていたので、「今だ!!!」とダウンロードし読んだ。期待値はすでに爆上がりしていたが、読んですぐとんでもない漫画だと分かり、次の日が仕事休みであるタイミングまで3巻から最新8巻の購入するのを我慢した。そして先日、満を持してkindle版を全巻購入し、一気に読み終えた。

結論から言うと8巻まで読み終えたとき、この作品の優しさと狂気と純粋さと誠実さと爆裂な面白さ、そして何より藤本雅芳に脳と心を完全に奪われていた。

読み始めたときは夜であったはずだが、8巻を閉じたときには空は白んで朝の5時。一呼吸したあと、気付けば私はそのまま適当な服に着替えて近所の神社に向かっていた。参道の階段を駆け上がり、鳥居をくぐって、賽銭箱の前で手を合わせたとき、自分が何を考えていたのか正直ほとんど覚えていない。もしかしたら藤本雅芳のことを祈っていたのかもしれない。祈らざるを得ないという気持ちが私を早朝の神社に走らせたのかもしれない。

今も尚、どこまでも理性的で誠実で正しく、巻を追うごとに眉が太くなっていく藤本雅芳への思考が留まることを知らない。なので語らせてほしい。勝手に語ります。ちなみに私は本作を読んでまだ数日しか経ってない新参も新参、つまり「青たい赤ちゃん」なので、これから綴る藤本雅芳や本作に対しての解釈は赤ちゃんの解釈だと思って頂きたい。(急に弱者にふりをするな)

以下、ここまでは概念として「藤本雅芳」と呼称していたが、心の中の呼称(特に優里ちゃんは優里ちゃんとしか呼べない。『この世界の片隅に』のすずさんをすずさんとしか呼べないように。)に合わせて「藤本くん」と呼称させて頂く。

※【追記】この記事は単行本8巻までを読んだ感想記事です。9巻収録予定の第46話「運命の人」はまだ未読だったころの考察としてお読みくださいませ。

きみが噂の「藤本くん」か

実は私は本作を読む前から藤本くんに興味があった。それは「青野くん」公式ツイッターの以下のツイートを見かけたからだ。

作者の椎名うみ先生がメインキャラクター4人がどんな音楽を聴いていそうか、という質問に答えた際のツイートだが、何を隠そう私は小学生来のくるりファンで、藤本くんが「くるりを聴きそうな男の子」だというところに俄然興味が湧いたのだ。 

藤本くんは有難いことに1巻からすぐに出てきた。そしてあけすけな物言い、上からな態度、黒髪、能面、泣きボクロの男の子が出てきて私は膝から崩れ落ちた。スーパー好みだった。私が人生で最も精神を狂わされた二次元キャラクターが(偶然にも同誌アフタヌーン作品だが)『おおきく振りかぶって』の阿部隆也だと言うと分かって頂けるだろうか。いや、冷静に考えるとそんなに似ていないキャラなのは分かっている。ただ黒髪であけすけで少し捻くれていて理性的であるがゆえ、時おり人を正論の槍でズバリと貫いてしまう、あるいは態度がデカいので怒ってないときも怒って見えてしまうような「なんかかさばる」キャラクターが大好きなのだ。なのでとても感謝した。私の好きなタイプのキャラクターに「くるりが好きそう」という解釈を施して(?)くださった作者の椎名うみ先生にとても感謝した。あと傾向として「宇多田ヒカル」と「くるり」が並べられる感じもなんかニコニコした。「宇多田ヒカル」と「くるり」を聴きそうなキャラが「馬鹿キャラなわけがない」という謎の信頼感もありますね。まあ「明るいキャラではないだろう」とも思っちゃうんですけど。偏見と贔屓目です。

ちなみにMiliも好きなので「美桜ちゃんがMili聴いてたら嬉しいし可愛い~~~」と思った。

藤本くんの肉体性問題

問題提起からするのはどうかと思うがまずはこれである。ご存知・藤本くんは、優里ちゃんと青野くんの「身体的接触」実現のために「肉体の貸出」をしてしまっている唯一のキャラクターだ。保健室でのキスは藤本くんも意図せず青野くんを肉体に招いてしまった結果だが、契約解除を試すためのラブホテルでの性交渉(未遂)の際は藤本くんがあまりに想い合う二人を前にして自ら青野くんに肉体を貸し出している。

本作が優里ちゃんと青野くん、生者と死者のあまりに危うく純粋な愛の物語が主軸となっているのは当然大前提だ。2人は生死というどうにもならない隔たりを前に、性欲、独占欲、被征服欲、嫉妬などの感情に直面しながらも、「相手を踏み付けにしない」「自分も痛めつけない」という気持ちだけは踏み外さないよう、弱さや間違いと向き合い、闘い、傷だらけになりながら成長し、愛を深めていく。
特に優里ちゃんについては生前から青野くんに対して非常に盲目的であり、様々な衝突や葛藤はありながらも「青野くんが好き」という感情だけは揺らがず、それがある種のアイデンティティのような女の子だ。だがその盲目さ、純粋さゆえか、肉体的な接触に対する距離感や衝動が唐突な子でもある。これは幽霊になった青野くんに触れることができないための反動とも考えられるのだが、例え肉体が藤本くんであっても、憑依しているのが青野くんであれば「青野くんとキスしている」と信じて疑わない。藤本くんに申し訳ないという気持ちはありながらも、「藤本くんを介して青野くんと接触している」ことに、「自分と青野くんの愛の行為」としてのエモーション以外は存在しないと本気で思っているようなのだ。

いや、うん。当人同士が了承しているならもしかしたら良いのかもしれないが、読者としてはどうしてもどこかで「いいのか!?」という気持ちが付きまとう。憑依されている間のことを藤本くん自身も認識・記憶してしまっているというのもあるが、果たして恋愛や人間関係において「精神性」が強ければ「肉体性」はそこまで無視できるものだろうか。そこまで「精神性」と「肉体性」は切り離して考えられるものだろうか。当然ながら青野くんの実際の肉体と、藤本くんのそれとは全く異なる。身長も生前の青野くんが171cm、藤本くんが178cmだ。骨格だけでなく筋肉のつき方、匂いだって違うはず。触れるその肉体はどうしようもなく(第一話で優里ちゃんが青野くんと枕を介して抱き合ったときに「わたしの匂いだ!」と思ったように)藤本くんのもの以外の何物でもない。動きや込められた力は確かに「青野くんの動き」かもしれないが、それでも優里ちゃんが「息がかかった」と感動した吐息は藤本くんの体温だし、「気持ちよさに負けて舐めた」というのも紛れもなく藤本くんの舌や口内だし、ラブホテルで触れたのも藤本くんの熱や手や歯であって、無機物の「枕」や「電柱」とはわけが違う。優里ちゃんがこれを「どんな姿でも青野くんは青野くん」だと無視できるほど青野くんに強く傾倒していると考えればいいのかもしれないが、当の青野くんはそんな優里ちゃんの「藤本くんという肉体性の度外視」ぶりに複雑な表情を見せることが多い。これは優里ちゃんと藤本くんが親しくなる前から見られる表情なので、「嫉妬」とはまた別に感じている「違和感」の感情でもあるのではないだろうか。

反対に藤本くんはこの肉体性にかなり引っ張られていると思われる。作中ではさらっと描かれているが読者としては大事件、藤本くんの優里ちゃんへの呼称が、「ラブホテル事件」をきっかけに「刈谷さん」から「優里」へとかなり間をすっ飛ばしたグレードアップを遂げているのだ。

し、し、し、下の名前を、呼び捨て!?!?

この件について登場人物たちが誰一人言及しないのが大変歯がゆいというか、椎名うみ先生の穏やかな突き放しを感じる。優里ちゃんと美桜ちゃんが名前で呼び合ったときはあんなに顔を赤らめてキュンキュンしていたというのに、藤本くんの「優里」呼びはビーフジャーキーのくだりで急に出てきてそのまんまなんだぞ。青野くんの方は「優里ちゃん」呼びのままなのにだぞ。参っちゃうよ。確かに藤本くんは女の子を「ちゃん付け」で呼ぶタイプではないだろうから、下の名前に移行するなら呼び捨てになるのだろうけども。

さて、それも衝撃ではあったのだが、私がもっと衝撃的だったのはその前の「ラブホ直後」のシーンである。優里ちゃんのお腹に「印の傷」が出現したことにより中断された性交渉であるが、今までの憑依と同じであれば藤本くんにも優里ちゃんを組み敷いた感覚や記憶が残っていると思われる。その直後のラブホを後にした優里ちゃんとの会話のシーンにおいて、藤本くんの顔、表情を不自然なまでに画の中に出さないのだ。「家の前まで送らなくていいのか」「青野が戻ったら連絡してくれ」など、いつも通りの調子で優里ちゃんを心配しているようなのだが、どのコマ、アングルにおいても藤本くんは斜め後ろからの姿、分かりやすく言えば「それほどでも~」と言っているときの野原しんのすけみたいな角度でしか描かれない。優里ちゃんの表情だけを見せたい場面だとしても、それにしてはアングルがそこまで優里ちゃんの表情に寄っていないし、最後に「うん」と答えるのみの藤本くんが右ページ1コマ目の「引き」の画で描かれていることもすごく印象的だ。

そしてそれ以降、藤本くんが優里ちゃんに好意を抱いていることが判明したあとでさえ、藤本くんが優里ちゃんのお腹の傷以外の「ラブホでのこと」に言及する、あるいは思い出すようなシーンは視覚的にも言語的にも一切ない。素直に見れば「藤本くんは体を貸しておいてそんなことを蒸し返すほど無粋ではない、ちゃんと切り替えている」とも取れる。作品の前半では藤本くんが性についてあっけらかんと語るさまがギャグパートとしてよく描かれているので、「性に対して達観している」とも思える。確かに私も藤本くんの性知識はまるで時事問題のごとく知見として持ち合わせているだけで、そこに対する好奇や興奮、羞恥などの過剰反応をしないタイプなのかなとも思っているし、一貫して彼は「言うべきか言うべきでないか」「聞くべきか聞くべきでないか」「すべきか、すべきでないか」という判断がとてもテキパキしているので「苦悶」とは少し離れたキャラクターとして描かれてはいる、とは思うのだが。

私はあのあまりに表情を描かれない藤本くんの姿に、地獄のような「葛藤」を感じてならない。藤本くんの青野くんへの義理、ひいては誠実さはきっととてつもなく強い。だが藤本くんの中に「優里ちゃんの肉体性」が蓄積されてしまっているというのも事実だと思うのだ。

「人柄」の男、藤本くん

「肉体性」というところでも重要なファクターになっている藤本くんだが、作中の優里ちゃんと青野くんを取り巻くミステリーパート・霊障パートにおいても彼はめちゃくちゃ信頼できるサポートキャラクターだ。

ここで注目したいのが藤本くんには本作における「オカルト的因果関係」が今のところ見受けられない点。この作品のオカルト的因果関係とは「郷土史・伝承・民俗学」そして「家族・血縁にまつわるトラウマや継承」だ。刈谷家、青野家、堀江家、さらに学童の子供たちも「家庭」に因果やトラウマ、問題を抱えている場合が多い。堀江家についてはまだ詳しく明かされていないが、美桜ちゃんが外に恐怖を感じていること、青野くんが美桜ちゃんや堀江宅に抵抗があること、美桜ちゃんが母親と住んでいないのは「幽霊」に関わる何かがあったことが分かっているので、何かしらの因果があると思われる。

が、藤本くん、言い換えれば藤本家にはそういう因果がまったく見当たらない。1巻で鼻血を出した優里ちゃんを介抱した後日に母親との描写があるが、「マー君と呼ばれてるんかい」というところ以外善良で平凡な感じの母親で、「四ツ首様編」の最後においても、心配そうな顔をした両親が揃って駆けつけている姿が描かれている、いたって「普通の家庭」の藤本家。それは藤本くんが優里ちゃんに「家族は家族なんだからきっといつか分かり合えるよ」と言ってしまえるようなところにも表れている。「家族でも無理なときは無理」な場合があることも考えたことがないような(あえてこの言い方をするが)普通の家庭環境で育ったのだ。

つまり彼は「青野くんの親友」である以外、家庭的因果もオカルト的知識も特殊能力なく、常識人で誠実でなんだかんだ優しくて世話焼きという人柄のみでこの混沌とした物語の重要人物たりえている。それも1巻から途切れることなくずっとだ。彼のような「因果」の外側にいながら主人公たちが置かれている異様な状況を理解し、介入しようとしてくれる存在は読者にとってもすごく有難いものだ。もちろん「知識」「参謀」「命綱」的な役割を兼ねる美桜ちゃんの存在もすごく大きい。ただ優里ちゃんとはまた違った角度の「青野くんの理解者」であるところや、臆することなくその場に関わろうとする臨場性、異変や危険を察知して優里ちゃんたちの首根っこを掴んでくれる安心感など、「現実倫理・現実社会に引き戻してくれる磁場としての役割」という点で藤本くんの右に出る者はいまい。

今後彼に「オカルト的」モチーフとして関わりそうなものがあるとすれば「折り紙同好会」所属であることだが、これも今のところは「美しさ」「正しさ」「理性」を好しとする彼のキャラクターの一部として扱われているので、「継承」された「因果的なもの」では無さそうだ。(今のところね)(どうしようね、先祖が陰陽師でしたとかだったらね)(陰陽師コスしてくれ~)

「お前から盗りたいほどじゃない」藤本くんの想い

藤本くんが優里ちゃんに想いを寄せてしまう立場になろうことは、序盤の保健室のキスから示唆されていると思うし、「亡くなった恋人の親友」というのは往々にして主人公に惹かれていく。このトライアングルはほとんどクリシェと言っても良い。

ただ本作の藤本くんの想いに読者が「ハイハイお約束だね」と食傷せず、むしろ心臓が捩じ切られそうになるのは、その想いが非常に誠実に丹念に育っている点に尽きると思う。単純に作品全体の進行としても、藤本くんが優里ちゃんに想いを寄せていることが明確になる(本人の口から語られる)展開が、現時点で最終章に突入している作品の既刊8巻中の6巻めというのは、既存の三角関係作品に比べるとバランス的に少し遅いように感じる。これは藤本くんが序盤の事故的なキスだけでよく知りもしない相手に惚れちまうような単純な男の子ではないからで、藤本くんと優里ちゃんには、しっかり相手を見て、話をして、思いやり、「友達」になっていった過程がある。生と死の境界を曖昧に彷徨う優里ちゃんが危険な目に遭いそうになるたび、友達として何度彼が手を伸ばしたか。優里ちゃんの心が折れそうになったとき、捨て鉢にならないようどれだけ彼が言葉をかけたか。だから藤本くんの想いには「クリシェ」を超えた「道理」がある。でなければ優里ちゃんの処女を請け負う役を買って出るシーンも成り立たない。今までの過程を知っている読者なら、あのシーンの藤本くんに「お前が抱きたかっただけでは?」などと微塵も思わないことがとても重要なのだ。

(これはこのあとの内容と似た話になるのだが、この時点では藤本くん自身も「肉体性」を過小評価していた可能性があり、のちのラブホ事件以降にその「肉体性」の深刻さに気付いてしまうのではないかと考えることもできる。)

前置きが長くなったが本題はその6巻「四ツ首様編」、加々智山に到着したあとに優里ちゃんが青野くんと藤本くんとはぐれてしまった場面。青野くんの嫉妬心を察したのか藤本くんは「自分が優里が好きで、青野から盗ると思っているのか」と青野くんに問いただし、正直に「好きだよ」と打ち明けるシーンだ。

ここで藤本くんは「優里が好きだ でもお前から盗りたいほどじゃない」と大コマで告げたあと、次のコマで「お前から盗りたいなんて思ってねえんだよ…」と続けるのだが、ここの言葉選びにちょっぴり不思議な印象を受ける。例えば大ゴマでは普通に「優里が好きだ でもお前から盗りたいとは思わない」というストレートな言葉で良かったのではないのだろうか。違和感は前者の「ほどじゃない」の部分だ。

つまり前者は「青野への誠意」を破るほど「優里への好意」はそこまで強くないとあえて格下げするニュアンスを取っている。後者のような「優里への好意」より「青野への誠意」の方が強いというニュアンスとは少し違う印象を受けるのだ。

そしてこの藤本くんの「優里への好意の過小評価」こそが彼の「誤算」であり、のちの葛藤に繋がってしまうのではないかと考察している。彼の「青野への誠意」が弱くなってしまったわけではない。「優里への好意」が想像以上に強くなってしまう可能性に気づいていなかったことを示唆する台詞回しだと思うのだ。

藤本くんはこの『決壊』に耐えきれるのか

この四ツ首様編以降、「優里が好きだ」と明確に口に出してしまったことも起因してか、藤本くんの想いが時折「決壊」しそうな場面が散見される。
結菜ちゃんと藤本くんの誕生日会を抜け優里ちゃんが青野くんの元へ帰る際、「俺だって寂しいよ」と極めて個人的な感情を、本人も半ば無意識に優里ちゃんに吐露してしまう(優里ちゃんに本意は伝わってないようだが)。今までも様々な場面で「これを優里に告げるのが正しいかどうか」のラインをテキパキ判断してきた藤本くんがうっかり口を滑らせる。藤本くんはあけすけに物を言うが、「うっかり」なんてほとんどしないのだ。この制御不能な状態こそが「恋」の危うさであるというのは、今まで優里ちゃんや青野くんが散々体現してきたことでもある。しかもそのあと、預かったままになっていた優里ちゃんの帽子を「じゃあ頂戴 俺誕生日だし」とねだるのだ。おい、分かっているのか、藤本くん。その人が身に付けていたものを欲しがるっていうのは、相当に好意が進行してしまっているときの感情だぞ!!!!! 「ほどじゃない」なんて格下げをしている場合ではなかったのではないか!?!?!?!?!?!?

事実、ここで優里ちゃんと別れたあと(の藤本くんの横顔を描いた2コマが絶品なのでそれも注目したいが)、藤本くんは「窃盗したい」という思うべきでない感情と向き合うことになり、あげく春希先生から「そう思っちゃいけない」という思考は「そう思っている」という感情を強化することになると言い当てられてしまう。藤本くんが理性的であればあるほど「思ってはいけない」は強化され、「本当はそう思っている」も浮き彫りになってしまうのだ。

そして後日、学校で優里ちゃんから改めて誕生日プレゼントを貰うシーンも大変なことになっている。折り紙同好会の藤本くんに優里ちゃんは綺麗な折り紙をプレゼントするのだが、もうなにせここの藤本くんの受け答えがとても静かにぎこちない。優里ちゃんの「光ったら嬉しくない…?」という問いに「嬉しい」と答える、「似合うかな?」と聞かれると「似合う…」と答えるなど、ほとんどオウム返しの状態が印象的に切り取られる。お前は感情を覚えたばかりの人工知能かと言いたくもなるのだが、そう、藤本くんはまさにこの感情を覚えたばかりなのである。相手の些細な言葉や仕草で宙に浮きそうになるような感情を優里ちゃんに覚えてしまったのである。もうそれを制御をするのに精一杯なのである…!!!!(嗚咽) 藤本くんが加々智山で「ほどじゃない」と低く見積もった感情は明らかに大きくなりつつあるのだ。

そしてそれを本人も自覚せざるを得なくなるだろうシーンが、優里ちゃんの「ロミオとジュリエット」の練習に鉢合ってしまうところだ。藤本くんもロミオ役であるのに安堵した優里ちゃんの様子を見て、まるで自分の浮き立つ心に杭を打つかのように「青野がロミオをできたら良かったのにな」と藤本くんは言う(ここの視線を少し落とした藤本くんの表情がまた「感情を押し殺して」「いつも通り」に見せようとしている感じが出ていてたまらない)。それに対し優里ちゃんは「そうだったら夢みたいだね…」と切なげにうっとり答えるのだ。藤本くんの揺らぐ心が、この優里ちゃんの言葉と表情によって静かにトドメを刺される瞬間である。

このときの、藤本くんの表情よ。

藤本くん、君はまた分かってしまったね。友愛の延長で育った温かな感情が好意になり、それが積み重なって少しずつ制御不能になってしまうこと(恐らく肉体性もそれを加速させたこと)、そしてそれが強くなればなるほどに信じられないほどの痛みを伴うということに!!!!
優里ちゃんがどれだけ青野くんを好きか今までも散々見せつけられ、思い知らされたことだろうに、こんなに傷付いたのは初めてだったろう!!!!!
それは心のどこかでこの想いが報われないだろうかと少しでも夢想したからに他ならないのだよ!!!!!!!!!!!
もう君の想いは引き返せないところまで来てしまったんだよ、藤本くん!!!!!!!!!!!!


助けてーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


これからの藤本くん

さて、これからの藤本くんの優里ちゃんへの想いはどうなるだろう。

個人的に報われるか報われないかは全く関係なく、いつか自分の中の想いの強さ、大切さを認めて受け入れて、その気持ちをちゃんと優里ちゃんに伝えて欲しいなとは思う。それがたとえ青野くんへの不義理になるかもしれないとしても、優里ちゃんを困らせるかもしれないとしても、藤本くんの今までの功労を考えたら告白する権利ぐらいあるだろうよ、チクショウと涙が止まらないのだ。

ただ、じゃあ藤本くんは報われるべきか?というのも考えもので、「今まで藤本くんは散々優里ちゃんを支えてきた」とか「肉体性で言えばかなり関係が進行している」などはあくまで出来事を列挙しているに過ぎず、恋愛における成就条件とイコールではないだろう。そういう「出来事」が必ずしも人が人を恋愛的に好きになる理由になるとは限らないのだ。

(例を挙げるなら映画『花束みたいな恋をした』。出会ったばかりの頃の麦と絹が「(趣味が合う等)ポイントカードならとっくに貯まっている」と、言語化可能な条件を列挙することで相手を恋愛対象として見ることを決める場面があるのだが、これが個人的に理解は出来るが同意は出来ないというか、もうこの時点で二人は長続きしないことが示唆されてるんじゃないかと思った一幕だ。)

それに物語としても優里ちゃんと青野くんの(良くも悪くも)高純度・高濃度な恋愛関係を思うと、「藤本くんエンド」はどうしても「トゥルーエンド」にはなり得ず、「ビターエンド」にしかならない。チクショウとまた唇を噛む思いだが、仮に優里ちゃんと藤本くんが結ばれたとしても、二人の間には確実に「青野くん」という「不在の中心」が横たわり続ける。それも恐らく一生だ。たとえ優里ちゃんと藤本くんが理屈的には相性が良さそうで丸く収まるように見えたとしても、優里ちゃんと青野くんをここまで到達させてしまったこの物語のエンディングとしてはあまりに苦すぎるのだ。

なので今後は「藤本くんの想いはどうなるか」よりも「藤本くんはこの想いとどう折り合いをつけていくか」という展開を楽しみにしたいなと思います。

そして訳も分からないまま神社に手を合わせに行ってしまったりはしたが、結局のところ「藤本くんに幸せになってほしい」とかは正直あんまり思っていない。これは急に冷静になったとかではなくて、藤本くんは既にすごく誠実でしっかりしているし、今の自分を不幸だと思うほど弱くないので憐む必要がない、という気持ちだ。厄介オタク。

この作品の「True  End」ってなんだろう

「藤本くんエンド」が「ビターエンド」だとしたら、優里ちゃんと青野くんが迎えるべき「トゥルーエンド」とはなんだろう。最後に物語全体の展開についてちょっと考えたい。これは「なぜ青野くんは成仏できず優里ちゃんの前に現れたのか」もっと言えば「なぜ青野くんは死んだのか?」が明かされないと二人が向かうべきエンディングは分からないのだが、エンディングの候補としてはものすごくざっくりと4パターンが考えられると思う。

①青野くんが成仏し、優里ちゃんは一人で生きていくエンド
序盤から藤本くんによって提示されていた、「人は喪失を乗り越えて生きていくしかない」という「規範的」エンディング。

②優里ちゃんも死に、あの世で青野くんと結ばれるエンド
所謂メリバ。ただこれでは青野くんが優里ちゃんの自殺を止めた意味がなくなるし、美桜ちゃんが提唱した「下敷き理論」が最後まで尊重されるとしたら、「あの世で結ばれる」はあり得ないことになる。ので可能性は低い。

③青野くんが完全復活し、生者として優里ちゃんと結ばれるエンド
超スーパーハッピーエンドではあるが、死別や幽霊を扱った物語としてはだいぶ誠実さに欠けるエンディング。これを成立させるには「そもそも青野くんの死自体が歪められた理不尽なものだった」(例えば幽霊の母親に無理やり連れて行かれた等)ぐらいの、前提をひっくり返すような真実がないと納得出来ない。今のところ青野くんの母親が相当関係しているようなので「青野くんの死は仕組まれたもの」説もありそうではあるのだが、結構本格的に民俗学も取り入れているこの作品が「死者の完全復活」というウルトラCをかますだろうかという疑問は残る。

④片方、あるいは両方とも「人ならざるもの」になって結ばれるエンド
③の「青野くん復活」に近いっちゃ近いのだが、「神様」や「悪魔」、あるいは青野くんと優里ちゃんが完全に融合してしまうなど、生者でも死者でもない超自然的な存在に、片方あるいは両方ともなるエンディング。青野くんが爬虫類のような姿(子供青野くんが来てるシャツの柄はプレシオサウルスだと思われるので厳密には恐竜じゃないからね、海棲爬虫類だからね!!!)に見える場面があったり、龍神が住まうと言われている赤根滝から出てきた優里ちゃんが捜索隊員に「神様?」と言われたりするところから、人を超えた存在になりかけているというのも考えられるのかなと。

ただここまで挙げてみて気づいたがなんだかどれもしっくり来ないというか、全く想像がつかないというのが正直なところ。どれか一つではなく複合的なエンドもあるかもしれないし、この二人にとっての「成就」とは何なのかもいまだ危うく混沌としている感もある。本当に面白い漫画ですね〜。


まさか藤本くんについて語ろうと思って書き始めたものが1万字を超えるエントリーになるとは思わなかった。これぞ作品の力という言葉に尽きるが、我ながら引いてる。

ここまで読んでくださった方がいるとしたら貴方は相当忍耐がお強い。ありがとうございます。これからも元気に藤本くんに思いを馳せていこうと思います。

ちなみに神社で引いたおみくじは「吉」でした。これまた藤本くんらしい。

それでは、さようなら。

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