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榎本祐典個展「Yamabiko」【後編】

この記事は榎本祐典個展「Yamabiko」のために事前に行われた、榎本祐典と篠田優によるインタビュー記事【後編】です。

【前編】はこちら→

【作家】榎本祐典
【聞き手】篠田優(写真家・Alt_Medium)

〔作家プロフィール〕
榎本 祐典 / ENOMOTO Yusuke
1986年 東京生まれ
2010年 東京造形大学デザイン科写真専攻卒業
以後、写真家として活動

〔個展〕
2019 「Around」(オリンパスギャラリー / 東京)
    「wet ground」(SOY CAFE / 神奈川)
2016 「砂塵が過ぎて」(プレイスM / 東京)
2015 「浮遊漂砂」(オリンパスギャラリー / 東京)
2013 「hyperthermy」(コニカミノルタプラザ / 東京)
2010 「Sorry,I am a stranger here.」(TOTEM POLE PHOTO GALLERY / 東京)

〔Website〕
https://www.enomotoyusuke.com/

他、グループ展など多数参加

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S:次に発表された「砂塵が過ぎて」は異なった展覧会タイトルでも発表していますよね。

E:そうですね、2015年に「浮遊漂砂」というタイトルでオリンパスギャラリーで発表しています。その翌年、東京造形大学50周年の企画展の一環として「砂塵が過ぎて」というタイトルでPlace Mでも展示させていただくことになりました。「浮遊漂砂」発表から一年経つことで写真も増えていたので、さらに作品を発展させたところがあります。

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S:「hyperthermy」では人を中心にして画面を構成しているように見えます。一方「砂塵が過ぎて」は風景的というか、土地の様相に着目しているような、どことなく静かな画面構成ですね。ここに心境の変化や違いはありますか?

E:風景というよりは“もの”に注目している気持ちがあります。学生の頃から地方で写真を撮ることで面白いなと気がついたところがあったので、どちらかというと「hyperthermy」が僕の中では異例な気がします。もちろん「hyperthermy」のテンションでまた東京や日本を撮れたらいいとは思いますが、自分の中では東南アジアに撮らされたという気もしています。今は奥多摩を撮っているくらいなので、むしろ「浮遊漂砂」や「砂塵が過ぎて」で撮影されているものたちこそ、僕が元から惹かれていたものではないかと思います。

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S:確かにランドスケープ、つまり風景写真とは違いますよね。人がいないから風景と言ってしまいましたが、榎本さんは風景というよりも、打ち捨てられたものに注目しているような気がします。撮影時の心境がそのような被写体を選ばせているようにも見えますね。

E:確かに、やたら海を撮りに行き始めたのも当時の彼女に振られたとか、そういう時期から撮っているような気がします。もしかしたらそういうベタすぎる心境はあったかもしれません(笑)。

S:(笑)。さらに近作「around」になると撮影範囲がさらに狭くなりますね。撮り始めたきっかけはなんだったのですか?

E:きっかけは「砂塵が過ぎて」を撮っていた頃は地方に行かないと写真を撮っていなかったことです。だからもっと都内でもいいし、もう少し近場で日常的に撮れるものはないだろうかと考えていました。福生は自分の生活圏というのもあるけど、単純に雰囲気が好きだし、でも立ち入ることの出来ない横田基地という巨大な敷地がポカーンとあって自分にとってわからない場所でもあるんです。フィルムノワール映画に出てくる架空の街のようなイメージもずっとあって、近いんだけど、自分にとって遠くて、何度行っても面白く感じられる場所として福生や横田基地周りがありました。ここなら旅先のような目線で撮れるんじゃないかなと思ったんです。

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S:被写体としてこういうものを撮りたいという構想はありましたか?

E:はじめは基地の街っぽいものを撮影していました。でも途中からそこまで特別な街でもないなと思い始めたんです。「around」は自宅近くであったとしても自分の日常が撮りたかったわけではなくて、ある意味非日常を求めていたというのがあります。だからむしろ日常ではなく、日々の変化に興味を持ちました。同じ場所ばかりを撮影していますが、そこで感じた違和感を撮影しているという意識が強かったと思います。

S:「around」では夜に撮影した写真が多いですね。それ以前の作品だと割とコントラストが高い昼間、もしくは曇り日が多いように思います。どちらにしても日中です。
さらにデジタル撮影されたカラー写真であることも榎本さんの今までの作品から考えると特徴的に思えます。なにか変化があったのでしょうか?

E:単純に昼間とは別の世界になるので、それでより自分の中で旅感が増す部分があったかもしれません。福生の駅付近には赤線の名残があって、今はだいぶ落ち着いてしまったけど、そこには飲み屋があって夜の景色が面白いんですよね。
あとは帰る道すがら撮影する機会が多かったので、それで自然に夜暗くなってからの写真が多いのかもしれません。
カラー写真で制作したことについては、モノクロだと手慣れというか、うまいことやっているわけじゃないですけど、10枚、20枚と作品があったとしたら、それらのイメージが同じ方向に向くように今までの経験からまとめてしまうんですよね。だけどこの「around」では日々の変化をいろんな方向に散らしたいという漠然とした考えがあったかもしれません。

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S:初期作「hyperthermy」から近作「around」に続くにつれて画面構成が段々肩肘張らないというか、名作的なものをつくるというよりはむしろ、そうしたことに重きを置かないような画面構成へと変わってきているようにも見えます。
そして今回、新作「Yamabiko」ですが、昨年から新型コロナウイルス感染症の影響で自由に遠くへいける状況ではなくなりましたね。歩いて被写体を探す榎本さんにとって、こうした状況は制作に影響しましたか?

E:確かに、ようやく写真を撮ることが自分の中で自然なことになってきた感覚はあります。今回の写真はこうなる少し前の2020年の正月明けから撮影を始めていましたが影響はあんまり感じないです。ただ正直、奥多摩やその周辺は感染者0が続いてたので多少は申し訳なさがありましたが、ほとんど撮影中に人との接触もなかったのであまり意識はありませんでした。むしろこの影響で仕事が減って撮影する時間が増えました。

S:なぜ奥多摩を撮影することにしたのでしょうか?

E:実家が青梅なことや、学生の頃、撮っていた時期もあったほど写真を撮る対象としてずっと気になってはいたんです。これは「around」の動機と近い部分があります。奥多摩は友達とドライブもキャンプもしましたが、自分の中で謎めいている場所というか少し怖いと思うところがありました。当たり前だけど夜は真っ暗だし。でも同時に惹かれている自分もいました。
そのほかのきっかけとしては、2018年と19年に東京造形大学のエリアスタディプロジェクトという授業で、これは一つのエリアを決めて1年間学生たちがその地域の人たちと交流したり、写真を撮影して発表したりするものなのですが、そのエリアが青梅だったんです。それで頼まれて学生と一緒に展示することになりました。その時撮影したのは青梅の中心というよりははずれで、奥多摩との境くらいだったのですが、もっと奥多摩に入ったらおもしろそうだなと思ったんです。それで正月明けから思い立って撮り始めました。

S:先程怖いという話もありましたが奥多摩のどういった部分に反応するのでしょうか?

E:怖さといってもホラーのような恐怖とは違って、ただただ謎めいた場所として、わからないからこそ撮りたいという感じに近いと思っています。歩いていて、特に何があるというわけじゃない場所でなんかふと立ち止まってしまうんです。

S:それはプリントして改めて見ても、まだ謎めいていますか?

E:それはあると思います。撮っていても何かに見られている感じがするし、撮影の時は全然目がいっていなかった木の茂みに、もしかしたら何かいるんじゃないか?みたいに思う気持ちが今までで一番強いかもしれません。自分がそう思い込んでいるからそう見える部分もあると思いますが、ゾワゾワする気持ちがあります。
今回の作品タイトルである「Yamabiko」ですが、やまびこって山の精霊とか、妖怪がいるんです。それから、やまびこって反響のことじゃないですか。静かだからこそ反響している感じがする。というか写真をとっていると無音の反響を感じるんです。そういうイメージがこのタイトルにつながっています。

S:そう言われるととやまびこってちょっと写真的ですね。言ったことが返ってくるけど、自分が言ったままの響きじゃない。写真も自分が見たものだけど、見たそのままではありません。そういう部分が似ているともいえますね。

E:あとは見られている感じも写真はありますよね。それがつながっているかなと思っています。

S:榎本さんはカラー写真とモノクロ写真、デジタル撮影とフィルム撮影を両者併用していますよね。それらに優劣はありませんか?

E:カラー写真であればデジタル撮影でいいかなと思っています。カラーネガフィルムもしっくりこなかったわけではなく、やってみたら面白いのかもしれませんがカラー暗室での制作をこれまでちゃんとしていなかったので。「around」を撮り始めた頃にもカラーフィルムで撮影するという選択肢がよぎりはしましたが、結果的にストレスなく、なるべく日常的に撮影できるようにしたくてデジタル撮影することにしました。
逆にデジタルカメラで撮影していれば、その場で確認して撮りなおすこともありますが、フィルムで撮影している場合はそこがなく、絞りだってほぼ同じなので、気にするのはピントくらいです。
ただ、だからこそ撮影についてはデジタルカメラで撮影するよりもモノクロフィルムで撮影する方が自分にとって気合が入る方法だと思っています。

S:モノクロフィルムが自分の判断基準になっているということですね。プリントに関して言えば、銀塩プリントと、インクジェットが作品毎に選択されていますが、こだわりはありますか?

E:学生の頃はずっと銀塩でプリントしていたので、今でもできれば銀塩でいいプリントを作りたいなという気持ちはあります。でも自分はプリントが上手くはないんじゃないかなとも思っているし、ネガスキャンしてインクで出すことにある程度クオリティー的に満足している部分もあります。だから2016年「砂塵が過ぎて」(Place M / 東京)でもそうでしたが展示である程度大きいプリントを出す時は大体インクジェット出力を選んでいます。

S:ここまで作品のこと、撮影のこと、たくさんお話していただきありがとうございました。
榎本さんはこれまで様々な土地を漂泊しながら写真を撮ってきたわけですが、地道な歩行の中で常に非日常的なものを捜し求めてきたということがわかりました。ですが、そのような非日常は、単に遠くの土地にのみ存在しているのではなく、ごく近くの場所に、たとえば仕事の行き帰りの道すがらであっても、まるで裂け目のように存在しているのだと思います。その意味では榎本さんの撮影はまさしく『角の煙草屋までの旅』*と呼ぶに相応しいものでしょう。また、そのような裂け目にある種の「怖さ」、こちらが一方的に見るだけではなく、むこうからも見られ、そして呼ばれている(「おーい」と呼びかければ「おーい」と返すやまびこのように)という感じ方をしていることも大変興味深かったです。

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