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横澤進一個展「クサビノ」【前編】

この記事は横澤進一 個展「クサビノ」のために事前に行われた、横澤進一と篠田優によるインタビュー記事【前編】です。

【作家】横澤進一
【聞き手】篠田優(写真家・Alt_Medium)

このインタビューは本来2020年4月2日(木)〜14日(火)に開催を予定していた横澤進一「クサビノ」展会場での配布を目的として収録されたものです。新型コロナウイルス感染拡大に伴う非常事態宣言の発令をうけて同展覧会は開催を延期していましたが、この度改めて開催する運びとなりましたので、会場での配布とあわせて、オンラインでも公開いたします。

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篠田(以下S):今回横澤さんのテキストを書くために、内原恭彦さんが連載していたWEB写真界隈での横澤さんへのインタビュー(*1)を読みました。その時からある程度時間も経っているので、当時のインタビューと重複してしまうかもしれませんが、時間が経ったからこそもう一度聞きたいということについては改めてご質問しようかと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

横澤(以下Y):あれは15年前くらい?(編集注:正確には2007年)なので、当時何を聞かれたのかは全く覚えてないです。

埼玉のへそ

S:横澤さんの生い立ちや職業などのパーソナルな事柄については、WEB写真界隈の記事でも書かれているのでそちらも併せて読んでいいただくとして、改めてお聞きしますが、撮影地はどこですか?

Y:自分の実家の周囲です。実家はほぼ埼玉の中心の北本市という場所で、埼玉のへそというか真ん中なんです。東側はあんまり交通の便が良くないので、よく行くのは北西部、つまり熊谷方面か、秩父方面ですね。ちょうど真下が池袋なので、南もたまに行くという感じです。
生まれたのは西新宿・西落合なのですが、その後北区の上中里に3歳まで住んでいて、そこから高校卒業までの間、埼玉県に住んでいました。3歳まで東京に住んでいたと言っても、北区なのでちょっと上の方ですね。

S:高校生まで住んでいたときと今では風景はかわりましたか?

Y:実家がある辺りはほぼ変わりないですね。強いていうなら桶川北本インターチェンジがちょうど4、5年前くらいに開通して、それまで何も無い畑だったところにズドンと道路ができた。
高校卒業から現在までそんな頻繁に実家には帰らないんですが、それでも相変わらず何も無いなぁ、畑だなぁという印象は変わりません。
うちの実家から10分くらい自転車で行ったところに吉見町という場所があるんですが、その町にも荒川が通っているんです。その川は日本最大の川幅を有しているらしく、それにちなんだ、小麦粉を平たくしただけにも見える一反木綿のような川幅うどんもあるくらいなんです。でもその川幅というのは水かさが増した時に日本最大になるだけで、それ以外の時は干上がっていて、普段は土の面積が広い。でもそこも含めて川幅にカウントしているからちょっとずるいんですよね。(笑)

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S:(笑)川は、実家にいた頃からよく通っていたんですか?

Y:当時自分が住んでいたのは団地で、しかも田舎の中にぽこんとできた場所だった。何も無いところに、何も無い団地があって、その中で遊ぶとなるとコンクリートの変な公園になる。とにかく畑が遠くまで見えるなあってくらい何もないんですよ。
だから自然に触れようとすると川しかないんです。釣りをしたり、学校に行きたく無い時に行ったり。埼玉なので海は生活圏にない。だから旅行で海へいくときは、川のときとは全く違って、外国に来たくらいな気持ちになる。そういえばWEB写真界隈の内原さんのインタビューで話していた時に写真を見せたら「畑写真だ」とか言われたな。(笑)
「でもこういうのはドイツにもありそうだね」とも言われた。そのときはこんな写真がドイツにもあるのかと思ったな。

「水を置いてくれ」

S:横澤さんの写真集『Ar』には、水について書かれている箇所が多々あります。これは川のことなのでしょうか?

arのコピー

Y:いや、水のことを考え始めたのは2012年くらいからなんです。2011年の3月30日に父が亡くなりました。
その直前の3月11日には地震があって、父はちょうどその期間に倒れて入院しました。入院中、父がテレビを見たいというので設置したんですが、どのチャンネルにしても震災の映像がずっと流れていたせいか、精神的に少しおかしくなってしまった。
父は何度も「水を置いてくれ」と頼むんです。病院なのでもちろん水はあるんですが、少し錯乱気味で、いくら「水はあるでしょ」と言っても、「水を置いてくれ」と言っては聞かないんです。この時は病室にテレビをつけたのは失敗だったと思って撤去しました。
当時は父の言葉を水、水うるさいなぁと思っていたけど、死期が近づくにつれ胸水が溜まっていきました。衰弱していくのに体の中にはどんどん水が溜まっていくという、まるで内側と外側で逆のことが起こっているようで、一体これはどう言うことなんだろうと思っていました。その後2012年頃に自分も少し体調を崩しました。どうやら脳神経の不調で、咀嚼ができないためご飯がうまく食べられなくなりました。おそらく原因はストレスだと思うんですけど。
それで写真も撮りに行けなくなったときに、亡くなった父があの時何度も水を置いてくれ、と言っていたことを思い出したんです。

S:津波という多量の水が押し寄せてきたにもかかわらず、その一方で実際の生活で必要な水はなかなか手に入らないと言う震災時の状況や、お父様は衰弱し、身体の表面は乾いているのに、その体内には必要のない水が溜まっていくという、乾いていく一方どこかには水があるという状況は、先程話にもあった普段は干上がっている川幅のようなものを思い出しました。

川へ

S:横澤さんは同じエリアに何度も足を運んで撮影しているということですが、同じ場所を撮り続けることに飽きることはありませんか?それとも、前に行った場所でも新しいものをどんどん撮影できるのでしょうか?

Y:川は橋で区切られているんですけど、「もう今日はこの橋からこの橋までのあいだを撮る」と決めて行くんです。もう撮れないかもしれないと思うくらい見ているかもしれませんが、ただ、右岸と左岸で様子が違うので、歩いていると「あっちに行けばよかった」と思うこともあります。ですが思ったところで反対側には行けない。撮影ルートは川を見ながら歩いて、暗くなったら反対側から戻るというコースが多いんですが、川だと迷わないのがいいですね。平行移動ですから。迷うと撮ることより歩くことに集中してしまうので。
それから、被写体についてですが、特に川の下流は割と同じようになってしまうので、そんなに違ったものは撮れないです。
最近は東京寄りである荒川沿いの下流は整備されていて、ピカピカになってきているんですが、その雰囲気がどんどん埼玉の方にも入ってきています。まだ実家の方は全然進んでいませんが中流くらいまではもう綺麗にコンクリートで固められてきた。
自分は今までの雑然とした姿が面白かったんですけど、綺麗になっちゃったので、そんなに魅力がなくなってきました。ふらっと行く場所としてはあまり面白くないです。

猫とカメラ

S:話はすこし変わりますが、猫とはずっと縁深いんですか?横澤さんの被写体といえば半分は猫という印象があります。

Y:猫はずっと子供の頃から好きだったんですが、当時住んでいたのは団地だったので飼ってはいませんでした。
でも本当はいけないんですが、団地の外にもう使っていない焼却炉があって、そこに藁を敷いて飼っていましたね(笑)。
大人になってからもずっと飼いたくて、池袋に住み始めた時に、改めて飼い始めたのが20年くらい前くらいですかね。

S:カメラで写真を撮りはじめたのと、猫を飼いはじめたのはどちらが先ですか?横澤さんが出した『GA TO Sí ? 誕生日の猫は何処?』を観ると、猫だから可愛く撮ろうというようには見えない。普段埼玉近郊を撮影している撮り方とそれほど変わらず、むしろ同じように両者の写真を並べることも可能なように見えます。それについてはなにかありますか?

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Y:カメラと猫はどっちが先だろう、同じくらいじゃないかな。もしかしたら飼い始めた猫を撮るためにカメラを買ったかもしれない。当時はキャノンの200万画素くらいのカメラで、手に届きやすい家庭用が出始めた2002年くらいですかね。
写真の並べ方については実際、最初のニコンサロンで展覧会をした時、猫が写ったものを3枚くらい一緒に出したんですよね。埼玉で撮影しているときも、川には結構猫がいるのですが、後にパソコンで写真を見ると「あ!いた!」って瞬間がたまにあるくらい自分では意識していないこともあります。ただ捨てられているケースが多いので、猫の姿がガリガリだったり悲惨だったりするんですけどね。

S:河原には生存のための争いがありますからね。
こうして話している時もそう思うのですが、横澤さんは文章を読む人や話を聞く人を面白がらせようというより、起こった出来事を淡々と描写している気がします。そこがとても興味深いし、面白い。こうした写真集『Ar』に収められているテキストはどういうタイミングで考えるのでしょうか?

Y:普段家で仕事をしているので、写真を撮りに行っているときは自分にとっては非日常で、いつもとは違う気分になるんです。
だから写真を撮りながら歩いていると、変な言葉がぱっと浮かぶことがある。それと、撮影時に起こるアクシデントって結構あるんですよ。だからそういうのを思い出して書くこともありますね。
例えば、ある時、猫のキャリーバックみたいなものを持った深刻そうな顔をしている男の人が川にいたんですよ。俺はすぐ川に「猫を捨てにきたんだ!」と思いました。だから、もしその猫がまだ小さかったら連れて帰ろうと思ってその男の人を観察していたんです。
そしたらその男がキャリーバックを開けて、取り出したトランペットを組み立てて、最後は川に向かって吹き出したんですよ。その時は「なんだよ!楽器の入れ物に入れていこいよ!」と思った(笑)。
だけど撮影に来なければ、こういう面白いことはなかったんだなと思うんです。文章についてはtwitterの延長みたいな気持ちで書いています。

後編へ

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