ほんのわずかな山行記録 2
丹沢へ
「六甲全山縦走大会(全縦)」きっかけで始めた登山だったけど、すっかりハマってしまった私は全縦後は丹沢にも通いだした。
行き先はだいたいが塔ノ岳なので使うルートは大倉尾根と表尾根ばかり。はじめは大倉尾根をトレーニング兼ねて何回か歩いたんですが、表尾根を歩いてからは表尾根率が高い。
大倉尾根はほとんどが樹林帯を歩くのでなかなか視界が開けず少し退屈してしまうんだけど、表尾根はところどころ視界が開ける場所があり、晴れていれば富士山を遠望でき、塔ノ岳までのルートも見渡せて気持ち良い稜線歩きができる箇所がいくつもある。
丹沢で特筆すべきはどこもかしこもしっかりと整備されていて、とても歩きやすく安心だということ。
震災後ほどなくして表尾根を歩いたが、いくつか崩落個所はあったものの完璧に整備されており、やはり安心して歩くことができた。感謝です。
羨望のカップラーメン
初めての丹沢は、全縦トレーニングの3回目で大倉尾根を使っての塔ノ岳だったのですが、その時の山頂での経験は当時の私にとってはちょっと衝撃でした。
登山と言っても遠足の延長線上だという意識がどっかにあったのか、「お山で食べるもの=おにぎり」みたいなのがあってw、山頂で悠々とおにぎりをほおばる姿をイメージしつつコンビニでおにぎりを買って登ってたんです。
その日の塔ノ岳頂上は残念ながらガスってて眺望ゼロ。しかも10月下旬の丹沢は想像以上に冷たい風が吹いており装備が脆弱な自分は寒いのなんの。悠々と食べるどころではなく、冷たくて味もよくわからないおにぎりを口に押し込むといった感じで、何とも言えないわびしい気持ちで小さくなっていたんです。
その時、少し離れたところにいた若い登山者が、もうもうと湯気を出す沸騰した湯をカップラーメンに注ぎだした。
当然雑誌などでその存在は知ってましたが、なんか本格的に登山をする人がもつギアだな、という印象で、登山を始めたばかりの自分には近寄りがたい存在でしたし、その時は山に登って料理するなんてめんどくせーみたいな感覚もあって興味も湧かなかったのでした。
その若い登山者は、湯を注いでおおむね3分後に完成したカップラーメンのふたを開け、沸き立つ湯気に顔をうずめてゾゾゾッと麺をすすっては口からホフホフと湯気を放出させながら満足げに空を見上げていたのでした。
これはショックでした。
「おれはこんな寒い思いして、わびしく冷たいコンビニおにぎりを口に押し込んでるってのに、そのすぐ近くでホフホフって、、、何だキミは~!」
そんなことを心の中でつぶやきながら、じぃ~っと見ていたのですが同時に、ただでさえ達成感を感じていい気分なのに、自分で作った(と言っても湯を沸かしただけなんだけど)暖かい食事まで食べられたらきっとめちゃくちゃ幸せな気分になるんだろうな~…と。この時「つぎここに来るときは絶対おれもホフホフする」と固く決心したのでした。
醍醐味
そして全縦後、最初の登山でさっそく決行しました。いつかの若い登山者のようにホフホフしたのは言うまでもありませんが、この時はそれ以外にもちょっといいことありました。
行く先はやはり塔ノ岳。
登頂時は頂上全体にガスがかかっていたのですが、私がホフホフし始めると何となく空が明るくなっていることに気がついたんです。辺りを見渡すと西からガスが消えてゆき丹沢山塊のその奥にスーッと富士山が現れたんです。これは感動的でした。オーッってなりましたよ。で、その時、瞬間的に思ったのは「おれの念願の山頂カップラーメンを神様が祝ってくれてる」でした。はい、バカですね。
そんなことを考えながら、おそらくこれ以上ないというドヤ顔、そして仁王立ちで富士山と向き合いカップラーメンをすすったのでした。
そんなわけで山メシ自炊(湯を沸かしただけね)デビューを果たしたのですが、今思えばこれ以降できる限りなんでも自分でやる、自分で判断して行動する、ということに登山の楽しみを見い出して、その後さらにハマっていく一つのきっかけになった気がします。
ハマった理由としてはもう一つ、体の変化があります。山に行くごとに体が軽くなっていくというか、日常生活でも体を動かすことがまったく苦にならなくなり、集中力も高まりました(たぶん)。山行のたびにこういった変化を感じていたことも大きかったと思います。
その後は日常の様々な行動も登山と関連付けるようになり、たとえ地上~大江戸線の駅であってもエレベーターとエスカレーターは使わず、10数年間HOPEを1日2箱程度吸っていましたがヒザの痛みを克服する(=筋肉を効率よくつけたい)という理由でやめちゃいました。
さらに空を見上げることも多くなり、あぁ、あの雲が出てきたってことは天気は下り坂だな、などと予想してみたり、天気予報と気圧配置の関係なんかも意識するような、おかしなおじさんになってしまいました。
思いがけない絶景、日常では味わえない自由な感覚、強くなる心と身体などの登山の醍醐味を味わってますます深みにハマっていきます。
沼へようこそ
そんな深みにハマっていく者がたどる道として、より難度の高い山を目指すということがあると思います。私も例外ではなく丹沢や箱根に通っているうちに奥秩父や八ヶ岳、さらにはアルプスの山々も頭の隅っこに浮かんでくるようになってきました。
その頃から1日おきにスクアットを回数を決めず限界までを3セットして下半身の強化に取り組み、装備に関しては色々な雑誌やブログを読み漁って追加しては丹沢や箱根で試す、ということを繰り返していきました。他にもあえて雨の日に登ってみたり、ぺース配分を変えて(休憩の回数を減らすなどして)歩いた場合の体の変化や必要なものなどのデータを記録してみたり、ある時はのんびりとハイキング気分で飯だけ食べに烏尾山まで登ったり。宿泊装備一式がそろった頃は丹沢ばかりに行くようになっていました。これから行こうと思ってる山を考えると予行演習する場所は箱根じゃないな、ということで。
縦走計画の前提となる「荷物の重量増による歩行時間と体の変化」を把握するために宿泊装備一式を背負って日帰りで登ったりしてました。その後、谷川岳や八ヶ岳に行くようになるのですが、それらの山域に行く直前には丹沢に行くようにしていました。これはその時の自分の体力を把握するのに有効でした。
そんなわけで丹沢は単に楽しむだけでなく、次の山へ行く時の指針を示してくれるホームグラウンドになったのでした。