第一章... 小雪が知らせた体の異変【奇跡の始まり】
2021年7月8日。9:20pm
いつものように好きなアーティストのライブ映像を見るために、部屋の灯りを消して見ていた。喉が渇いて何か飲もうと、明かりをつけると、いつもと違う場所で横になっている小雪がいた。
「小雪ちゃん、珍しいね。いつもは爪研ぎの上で寝るのに、その横のこんな狭いとこで、フローリングに直接寝てるなんて。暑いん?」と話しかけながら頭を撫でて、キッチンへ向かいコップに炭酸水を注いでいると
「ニャー」と私を見ながら、小雪が一声鳴いた。「どしたん?」と近づくと、起きあがろうとしても上手く動かなくなった下脚を引きずりながら見せる小雪。
「え?!なに! どしたん!小雪!小雪!」
動揺する私に、小雪は何度も必死にいつものように歩こうとするができない。
何度も鳴きながら訴えてくれた直後、小雪は横たわり口を開けて苦しそうに息をし始めた。
私は、実家で初めて飼った猫を看取ったときの光景が浮かび、血の気が引いて、慌ててかかりつけの動物病院に電話した。
病院の人がでてくれることを祈って3コール目、「はい、もしもし。」先生の声だ。
「先生、小雪が!小雪が!!急に下半身が動かなくなって!!先生、どうしよう!先生!!!!助けて下さい!!!!」と泣きながら訴えた。
パニックで泣き喚く私に「落ち着いて下さい。他に何が起きていますか?今呼吸はどうですか?」と聞く先生。「口を開けて、苦しそうに息をしてます!先生!!助けて下さい!!」と叫ぶ私。
「それはあかんな、すぐ連れてきて下さい!」
「小雪、先生のとこいこうね!大丈夫だからね!」私は必死に声をかけながら、泣きながらゲージを引っ張り出して、必死に小雪をゲージにいれて動物病院へ走った。
もう本当に必死だった。
重いゲージを抱えて、小雪に話しかけながら、泣きながら、人目も気にせず、必死に病院へ向かった。
いつもなら歩いて10分くらいの道が、とてつもなく遠く感じた。
病院に着くと、先生と看護師さんが待っていた。ゲージから小雪を診察台に出して
「先生、急に」と訴える私の言葉を遮り、「ちょっと黙ってて。」「そこに座って待っていて。」と伝える先生の声から強い緊張感と1分1秒も予断を許さない危険な状況なのだと分かった。
小雪の痛がり鳴く声と、先生と看護師さんの切迫したやり取りに、ただただ私は涙を流しながら、手に跡がつくほど強く自分の手を握りしめて神様へ祈った。
「神様、どうか、どうか小雪を助けて下さい!そのためなら私が出来ることは何でもします!すべてします!だから、だからどうかまだ天国へは連れていかないで下さい!まだ小雪と一緒に生きたい。まだ小雪と一緒に人生を過ごしたいんです。まだ一緒にいたいんです。どうかお願いします!!」
何度も何度も心の中で祈った。
「小雪、頑張れ!小雪、まだお姉は小雪と一緒にいたいよ。もっともっと小雪と一緒に過ごしたいよ。だから頑張って、お願い!!!」
先生と看護師さんは、処置に追われていた。奥の部屋に小雪を抱えて、先生と看護士さんんが移動した後、診察台には小雪の血痕が幾つかあった。
「あの小さな手に、きっと注射をしたときのものだ。」と思った。
胸が張り裂けそうだった。
処置を受けて頑張ってくれている小雪。
私はただ祈ることしかできなかった。
何度も何度も時計を見た。
9:45pm、まだ着いて10分も経っていないのに、私には何時間にも思えた。
「こっちにこれるかね。」
それから30分ほど経ってから
先生に呼ばれて、受付の前に立った。
先生は手に検査結果の紙を持っていて、そこに説明書きがあった。
紙には薬剤の滲んだ痕があり、先生が小雪を救おうと1分1秒を争って処置してくれていたことを物語っていた。
そして、そこに鉛筆で書かれた言葉に私の思考は停止した。
【予後に死亡する可能性あり】
先生はゆっくり話し始めた。
「なんとか一命は取り留めました。ただ、
小雪ちゃんは心臓に疾患がありますよね。その心臓から血栓ができて、大腿血管に血栓がつまり血液が流れなくなり、下脚が動かなくなったんだと思います。心臓の薬、血管を拡張する薬や血液が固まらないようにする薬など必要な薬は全て注射しました。今ここで出来る処置は全て行いました。でも、予後に死亡する可能性が充分にあります。いつ何が起きてもおかしくない。それが今日でも明日でも。それだけは覚悟をしておいて下さい。」
私は涙を堪えようとした。今この瞬間も頑張ってくれている小雪を思うと、泣いてはいけない気がした。
でも溢れて止まらなかった。
「はい、分かりました。先生、ありがとうございます。」
そう答えながらも心は混乱し整理できずにいた。
先生に案内されて、小雪が待つ場所へと向うと、機械でできた小さな部屋の中に小雪がいた。
「普通の部屋だと、今の小雪ちゃんの状態では酸素が上手く全身に行き渡らず、どんどん苦しくなってしまう。でも、この酸素室だと普通の半分以下の呼吸の力でいいので、このICU(酸素室)に入ってもらいました。できることは全てします。あとは、神に祈るしかありません。」と説明を受けた。
そこには、横たわり小さな体で苦しそうに必死に息をしている小雪がいた。
その姿を見て、私は抑えきれず思わず号泣してしまった。
そんな私をみて心配したのだろうか。
小雪は自分が一番痛くて辛いはずなのに、小雪は顔を起こして、下脚を引きずりながら、私の方にめいっぱい近づいてきて、
「ニャー、ニャー」と鳴いてきた。
私は酸素室に取り付けられた15cmほどの小窓を開けて手を伸ばし、小雪を撫でながら、「小雪えらいね、よく頑張った!えらいね。」と声をかけた。
目をじっと見ながら鳴く小雪。
「大丈夫!絶対良くなるから、今日は病院でいい子にねんねしてね。ちゃんと治療してもらおうね。お姉は、明日も仕事休みだから、明日の朝、また会いに来るからね。いい子にねんねするんだよ。小雪はいい子ちゃんだね。」
そして私が毎日、小雪に伝えている言葉、【お姉ちゃんのお宝さん、大好きだよ。】と伝えて撫でていると、体は正面を向いているのに、プイっと急に小雪は顔をそっぽに向けた。
「ん?小雪?どした?」
声をかけても一切こっちをみない。
私はふと思った。顔を背けることで、私に
「もう帰っていいよ。」と伝えているように感じたのだ。
頭を撫でながら、「もう帰っていいよって言ってるん?分かった。じゃあ、お姉今日はもう帰るね、また明日ね。」
そう伝えながら離れて振り返っても、まだそっぽを向いたままの小雪がいた。
一緒に連れて帰ってもらえないことが分かり拗ねていたのかもしれない。
でも私には、私が帰るのが名残惜しくならないようにしてくれているのだと感じた。
小雪はこんな日でさえ、自分のことよりも
私のことを考えてくれているように思えて、また涙が溢れた。
何とかその日は命を繋ぎ、ICUでの緊急入院が決まった。
そして、今思えば、小雪が起こしてくれる奇跡の4日間、そして『小雪の最後の大仕事』であり2人のかけがえのない時間のカウントダウンが、この日からすでに始まっていた。
《小雪が起こしてくれた奇跡=
・異変をすぐに私に伝えてくれた。
・自分の状況を見せて訴えてくれた。
・私の仕事が二連休の初日の夜だったので、誰にも迷惑をかけることなく、小雪のことに全神経を集中することができた。
(もし私の仕事中や、留守中に急変していたら、助かっていなかったかもしれない。)》