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xu&ゆっずうっずさん企画 あなたの温度に触れていたくて【バレンタイン】



「りなちゃん、アイツにチョコレートあげてくれるかな?」
テニス部のM先輩からそんな電話があったのは、バレンタインデー前日のことだった。
(アイツってT先輩?私が憧れているのを知っているのかな…)
「そんな…急に言われても…」
私は心を見透かされないように素っ気なく答えた。
それにT先輩は他の高校に彼女がいるともっぱらの噂だった。
「アイツ彼女にふられちゃったんだよ。りなちゃんからチョコレート貰ったらきっと喜ぶと思うよ」
T先輩はテニス部のキャプテンでとにかくテニスが上手くてみんなの憧れだった。

高校に入って電車通学になった時、隣の駅からラケットを持った先輩が乗り込んできた。
(テニス部なんだーカッコいいな)
中学からテニス部だった私は高校でも入部するつもりでいたけれど、毎日同じ車両でドアの脇に立ってラケットを抱え外を見ている先輩の姿がとっても絵になっていて入部するのが余計楽しみになっていた。

M先輩は同じテニス部のY子先輩と付き合っていて私のことは妹のように可愛がってくれていたのだけれど、ちょっとおせっかいで私は苦手だった。
その頃同じクラスに仲の良い男の子がいて小さいチョコレートを何個か用意していたので、そのうち2つをM先輩に渡してひとつをT先輩に渡してもらった。
大好きな先生にも渡したので私にとっては特別な人に渡したわけではなかった。

バレンタインデー翌日、ラブレター折りの手紙が私に届いた。
その時は気が付かなかったけれどその手紙の折り方はそう言うのだそうだ。しかもブリリアントグリーンのインクで文字が書かれていた。
それはT先輩からだった。
〔りなちゃんがどう言う気持ちでチョコレートをくれたのか知りたい…
チョコレート美味かった!
このインクの色は好きな人に出す手紙に使うんだよ〕
そんなようなことが書いてあった。

その後何通か友達郵便で届けられてやりとりしたのだが、私がどんな返事をしたのかどう言うやりとりをしたのかまるで覚えていない。
けれども私たちは付き合うことになった。
毎朝一緒に通って部活の後も一緒に帰った。
駅まではバスなのに歩いて帰ったりもした。

彼には5才年上のお兄さんがいたので色々なことを聞いていて当時の人気の場所に連れて行ってくれたりもした。
原宿の竹下通りの喫茶店で初めてクロックムッシュを食べた時は感動的だった。
クレープ1号店のブルーベリーハウスも原宿にしかなかった時代だった。
表参道ヒルスの前身、同潤会アパートの屋上に行ったりもした。
「笑っていいとも!」で誰もが知るようになったスタジオアルタも確か昔は二幸ビルだったか、パイガーデンがあってそこのチョコレートパイを食べた時、世の中にこんな美味しいものがあるのかと思ったほどだった。
お弁当を持って行って房総半島を一周したこともあった。

彼は男の友達にも人気があったので私とばかりいることをやっかまれたりもしていた。
彼が卒業して大学生になった時、私は受験生なのであまり会えなくなった。
彼が喫茶店でバイトを始めたいと言った時、私は友人がバイトをしている所を紹介した。
何ヶ月かして私の友人をデートに誘っていたことがわかった。
友人は私に気が引けて何回か会った後断ったようなのだが、その間に私が初めてあげたチョコレートを見せられたと言うのだった。
なにそれ?という感じで、え?食べていなかったんだ。しかもそれを友人に見せるってどう言うこと?明らかにその時は友人と付き合おうとしていたはずなのに。

友人とは付き合わなかったがその後たくさんのことで私は傷つくことになった。
彼を諦めて他の人を好きになりそうになると引き戻されたりもした。
けれども私にチョコレートをあげてくれる?と言ったあのM先輩が一番やきもちを焼いて私を彼から引き離した。私にやきもちを焼いたのではなく彼にやきもちを焼いたのだ。
その時はわからなかったがM先輩は自分と彼との時間を私に取られたくなかったのだ。

夢中になれて一番好きになった人だったけれど、今思えば幼い恋物語だった。たった一つの小さなチョコレートが恋愛の複雑さを初めて教えてくれた。


xu@さん、ゆっずうっずさん 企画に参加させていただきました。よろしくお願いします💐


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