AssetType③:Affordable Housingアセットとは?
1.アフォーダブル住宅特化型不動産投資法人の設立のPR
2023 年5月 31 日にインヴィンシブルREITのIRページでアフォーダブル住宅特化型不動産投資法人の設立に関するプレスリリースがあった。
ビレッジハウスREITの設立についてはすでに色々な方が言及しているため特に付け加えることはないのだが、"アフォーダブル住宅"という概念は、おそらくフォートレスが本社を置く米国ですでにアセットタイプとして確立している"Affordable Housing"を概念として日本に輸入したとも言える。では輸入元の米国等での状況はどうなのか調べてみた。
2.前置き:Non-Traditionalアセットについて
話に入る前に前置きとして、以前のブログでOffice・Multifamily・Industrial等の"Traditional"なアセットタイプに代わり、メディカルオフィス、ライフサイエンス、データセンター、セルフストレージ、シニアハウジング等の"Non-Traditional"なアセットタイプが近年脚光を浴びているということを紹介した。
Non-TraditionalアセットはCyclical な景気変動に影響を受けるTraditionalなアセットに比して、成長産業や人口動態等のStructuralな要因に起因する安定したNOI成長を内部成長として取り込める点が魅力的であり、直近はOfficeの不調が顕著になってきていることもあり、各運用会社ともIndustrialのウエイトを上げると同時に、Non-Traditionalなアセットタイプを組み入れることが重要となってきている。
これはここ数年の話ではなく、PublicマーケットではPrivateマーケットより一足先にTraditionalタイプからNon-Traditionalタイプへの転換が進んできており、現にUSリートの時価総額上位5銘柄は物流のPrologisを除くとインフラ(American Tower, Crown Castle)、データセンター(Equinix)、個人用ストレージ(Public Storage)など、Non-Traditionalにカテゴライズされる銘柄となっている。
さてAffordable Housingだが、これは賃貸住宅の類型ではあるものの、TraditionalなMultifamily賃貸住宅に対して政府による補助・構造的な人口移動等による収益を獲得しようという点でNon-Traditionalアセットタイプの一つと見ることもできる。
従前BREITについてブログで記載したが、BREITはRental Housingがアセットアロケーションの55%を占めており、この中の内訳としてAffordable Housingが8%程度組み入れられている(以下表注釈参照)。
直近の住宅価格・賃料高騰及びテレワークの進展により、郊外の安価なAffordable Housingに対する人気が上昇しているが、そうした人口動態の構造的変化を捉えて安定的なNOIを獲得するべく、Blackstoneも一部組み入れているとみられる。
なおこの場合Affordable Housingは賃貸住宅となるが、この例で分かる通りAffordable Housingは賃貸/分譲といった権利関係とは関係なく、単に中間所得層向け低廉な住宅という概念ということになる。
3.Affordable Housing関連記事
以下でいくつか記事をピックアップしてみた。
ウィキペディア Affordable housing
まずはWikipediaを確認。日本語記事はないようなので英語の記事を読む。定義としては"Housing Affordability Index(HAI)"に基づき政府により認定された、世帯所得が中央値以下の人向けの住宅のことを指す。なおHAIとは中央値の人がどの程度ハウジングにコストをかけられるかを表す指数とのことである。
また州によって、住宅補助金やローン減税とともに、行政がこうしたAffordable Housingの供給に力を入れているところもあり、一定の所得条件を満たした人が優先的に入れる。
つまり日本の公営住宅のような公共政策的側面もあるわけだ。
米国のHAIはNAR(National Associate of Realtors、要は全宅連の米国版)が出しているものと、NAHB/Wells Fargoが出しているHOI(Housing Oppotunity Index)の2つがある。
NARの方は月次で出しており、この数値が100ということはその地域の標準的な家計が、標準的な住宅ローンを組むのに十分な収入があるということを意味している。
月次の最新のHAIを見てみる。これを見ると米国の住宅事情の一端が垣間見えて結構面白い。
2020から2022にかけてAffordability Indexが低下の一途を辿っている。2022年の利上げ、そして前年の金融緩和により急上昇した住宅価格のためか、2020年の169から2022年に103と急低下している。
現在Affordable Housingが注目されているが、その背景として、手頃な住宅にありつくことが困難になっているため、より廉価な住宅へのニーズが高まっているというわけわけだ。地域別の住宅価格の中央値を見るとSouthが364,500$(≒5200万円)、Westが592,000$(≒8500万円)とエリアによって大きな差があることがわかる。一番高いWestはSF・LAを含んでいるため納得感があるが、その割には所得中央値が他の地域とそんなに変わらないというのが気になる。住宅価格は金融緩和により上がりまくったが所得はそれに追いついていないということなのか、もしくはシリコンバレーに勤めるエリートとそうじゃない人の差が激しいのか。
中央値の住宅価格が最新の数値では393,300$(≒5600万円)、Mortgage Rate(住宅ローン)が6.42%、家計収入中央値が91,106$(≒1300万円)らしい。年収1300万円は日本ではかなりの高所得者に分類されると思うが、アメリカでは"中間層"であり(嘘だろ?)、さらにその世帯は約5600万までの住宅が購入可能だという。
マンションを買う際、年収の何倍までのマンションを買っているかを表す年収倍率という目安がある。日本では一昔前までは5~7倍が目安、7000万円がサラリーマンの買える上限などと言われていたが、今や10倍も何のその、東京カンテイによると、2021年の新築マンションの日本平均年収倍率は8.93倍、東京に至っては14.69倍である。
そこで言うと、アメリカの年収倍率は単純計算で4.3倍ということになるが…日本的な感覚だとありえないくらい低い。これは6.42%という高いローン金利の故だろう。
ちなみに2023/06/25時点の住信SBIの住宅ローンは変動で0.44%、フラット35で1.42%らしい。
年収倍率という指標が如何に金利ドーピングにより左右されるのかがわかる。
U.S. housing market needs more than 300,000 affordable homes for middle-income buyers
全米不動産協会(National Association of Realtors)とRealtor.comによると、米国の住宅市場では、中所得者層が購入できる住宅が30万戸以上不足している
75,000ドル(≒1,060万円)程度の所得の世帯が購入可能な価格帯である256,000ドル(≒3,630万円)までの評価額の住宅物件が32万件近く不足している。
中所得者層が購入可能な住宅は、現在の市場において4分の1以下(23%)にとどまる。
高止まりする住宅購入費用と供給不足を見て一部の購入希望者は賃貸住宅に住み様子を見ている
Ohio市Youngstown、Akron、Toledoは最もアフォーダブル住宅が多く供給されている。
我々の国は高所得者向け住宅1件に対して中所得者向け住宅を2件は少なくとも用意する必要があるだろう。
NARのAffordable Indexをソースとした解説記事。数値は前述の表と異なるが、参照している数値が微妙に違うのだろうか。ともあれ住宅価格が上がり、Affordable Indexが低下している昨今、Affordable住宅が不足しており供給の必要があるという内容の記事だ。地域的にはNYやSFといった都市よりも、郊外に多く供給されている比較的低廉な住宅であるということがわかる。
4.まとめ
というわけでアフォーダブルハウジングについて見てきた。
ポイントとしては以下の点になるだろうか。
Affordable Housingは政府による住宅政策の一貫であり、補助金等政府の後押しもある。
金融緩和により住宅価格が上がった結果、手頃な住宅への需要が増大しているが供給量が足りておらず、一部の人は賃貸で当座をしのごうとしている。
昨今は運用会社も人口動態の構造的変化に目をつけ、安定的な収益をもたらすアセットとして一部ポートフォリオに組み入れている。
冒頭のビレッジハウスREITであるが、こうしたポイントやESGが重視される時勢を勘案すると日本でも時勢にフィットしていると言えなくもない。ただ日本はアメリカのように賃料のインフレ連動性が高いわけではなく、またすでにある程度安い賃貸住宅は供給されている。
現に、以下ビレッジハウスのHPを見ると、東京エリアだと潮見に有るようだが、HOMESで類似物件を見る限り、賃料単価がすごく安いという訳では無いようだ。
例えばOYOホテルが日本で流行らなかった一因として、すでに安くてクオリティの高いビジネスホテルがたくさんあるからと言うのが有ると思うが、それと同様、すでにある程度安い賃貸住宅がそれなりにあるエリアでは、Affordable Housingがアセットクラスとして確立する余地が乏しく、単なるレジと大差ないのでは?と思わなくもない。
ただレッドオーシャンの東京エリアはともかく、地方はそもそも賃貸住宅が存在せず、賃貸で住む唯一の択といった地域もあるだろう(例えば北海道根室にもビレッジハウスが一件あり現在募集中のようだが、Home'sで検索してもこれ以外に見つからなかった)。
そうしたエリアにプレスリリースにあるように高齢者、外国人労働者、ひとり親家庭など普通に借りるのが困難な人たちをターゲットに供給できたとしたら、局地的なエリアのニーズを独占できるかもしれない。
実際、ビレッジハウスサイトで分布を見ると都心はほとんどなく、日本全土にまんべんなく分布していることがわかる。大抵のREITの物件が東京・大阪に集中していることを考えると、REITの立地としてはかなり特殊であると言える(まだどの物件が組み入れられるかは分からないが)
なお個人的にも、田舎の物件がREITに組み入れられたとしたらキャップレートがどうなってるのか非常に気になる。上場REITは全ての物件情報が鑑定評価含め公開されるので、ビレッジハウスREITが上場されたら、普通のREITが保有してないような田舎の物件を鑑定評価する際の基準として使えるかもしれない。
例えば東京の鑑定士が拠点がない田舎の物件の鑑定評価をしようとしたら、相場感もなければまともな取引事例もないので、真面目にやるとなると地場業者に聞き込みとかしたりする必要があるわけだが、こう全国津々浦々にあると公示価格的な基盤として使えるかもしれない。
IPO水準や稼働率によるものの、興味深いREITになるのは間違いなさそうだ。