
人生を火にくべて、彼は呪いを手に入れた 〜映画「ボレロ 永遠の旋律」
2人の上司が休暇中の金曜日、上司たちに何の不満もないが、今日の職場には連休前ということもあり穏やかな時間が流れていた。私は多忙を装いつつも、今日は早く帰ると宣言して、有言実行のために映画の最終上映の予約を入れた。「ボレロ 永遠の旋律」、本日公開だったことは後から知った。
多くの人と同様、私もラヴェルの「ボレロ」が好きだ。子供のころに父が持っていたレコードを、おそらく父よりも頻繁に聴いた。大人になってからもこの曲を繰り返しホールで聴いたが、あれは何年の公演だったか、ベジャールの振付を首藤康之さんが踊ったものを観て衝撃を受けた。私が持っていたバレエのイメージを完全に塗り替えてしまったからだ。(ジョルジュ・ドンやシルヴィ・ギエムでも観たかった…。)バレエも良かったが、何よりあの精神的な没入感を生じさせる20分弱の反復の旋律そのものに酔い、踊りのために作られたことへの腹落ちに驚嘆した。
あまり事前に情報を入れていかなかったために、映画は想像とは少し違った。少し長いようにも感じたが久しぶりのフランス映画らしい映画だと好感を持って受け止めた。「ボレロ」という音楽はモチーフに過ぎず、と言い切るには音楽そのものの存在感が強くてモチーフ以上の役割を担ってはいるのだが、主題はそこに曲想があっても虚空を掴むように捉えられない1人の音楽家の戦いと孤独と苦悩の映画だった。戦争の経験、未熟とも言える愛、母への想い、そんな人生の全てを火にくべるようにして生まれた音楽「ボレロ」は、まるで魂を売って手に入れた呪いのようだった。さすがフランス映画。ただ、映像の技法としては好みでないところも多々あった。
主役モーリス・ラヴェル役のラファエル・ペルソナの浮世離れしたナイーブな青年も、彼を取り巻く4人の女性たちも素晴らしかった。とりわけマルグリット・ロンは、芸術家らしい不思議な魅力が滲み出ていた。
ラヴェルが煙草を吸いながら窓の外を眺めるシーンが繰り返し出てきたのが印象的だった。数えていないがボレロの17回のリピートと同じくらい、そんな場面があったのではないだろうか。作品の中でラヴェルがカゴに入れられない鳥に例えられていた。音楽が彼の内から外になかなか出てこないように、彼もまた窓の外に簡単には出ていけず、そんな彼を窓から連れ出してくれるのは唯一、音楽だったのかもしれない。