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アロンソのF1キャリア 2001-2021年


2001年 ミナルディ
2000年にルノー、フラビオ・ブリアトーレと契約。ミナルディからの19歳という若さでF1デビュー。印象的な走りで魅せた。

Minardi  PS01
ライコネン・モントーヤと同じ年にF1デビュー

2002年 ルノー(第1期)
ベネトン体制からルノー体制に移行。マイルドセブンカラーとなる。この年はテストドライバーとして、トゥルーリ、バトンを支える

Renault R22

2003年 ルノー
バトンと交代で正ドライバーとして復帰。ハンガリーGPでは当時の史上最年少優勝22歳26日を果たす。

Renault R23
ハンガリーGP初優勝。フラビオ・ブリアトーレと共に。

2004年 ルノー
飛躍が期待される年であったが、フェラーリ黄金時代に未勝利で終わる。

Renault R24
トゥルーリとのペア2年目

2005年 ルノー
ルノー黄金時代。最速ガラスのマクラーレンに乗るライコネンとの争いを制し7勝。当時の最年少ワールドチャンピオンに輝く。

Renault R25
最年少ワールドチャンピオン 25歳273日


2006年 ルノー
皇帝シューマッハ時代の終焉。圧倒的な速さ・安定性で開幕9戦で6勝。シーズン中盤でマスダンパーが禁止されたことにより、シューマッハの猛攻を受けるも2年連続ワールドチャンピオンに輝く。世代交代と言われた。

Renault R26
シューマッハからアロンソの時代へ

2007年 マクラーレン(第1期)
確執のマクラーレン。カーナンバー1を携えて移籍。最強マシンを持ち3連覇が期待されたが、新鋭ハミルトンとの関係性が悪化。ロン・デニスとの対立もあり、チームからの支援が受けられず1pt差でチャンピオンを逃す。

McLearn-MP4-22
戦国時代を迎えるF1

2008年 ルノー(第2期)
古巣ルノーに復帰。前年のミシュランタイヤ撤退により競争力を失っていたルノーは序盤苦戦。終盤はマシン開発が進み、シンガポールGP(のちにクラッシュゲートで、ルノー首脳陣がF退任)、日本GPで連勝。第3のフェラーリドライバーと言われるようになりマクラーレンと闘った。

Renault R28
翌年クラッシュゲートで渦中に巻き込まれる二人

2009年 ルノー
空力レギュレーション変更・KERS搭載に伴い、フェラーリ、マクラーレン、ルノーの3強が失速。2008年からのエンジン開発凍結に伴い開発チームを解散していたルノーの失速は特に著しく、最高順位が3位という結果に終わる。

Renault R29


フェラーリ移籍を見据えるアロンソ

2010年 フェラーリ
念願のフェラーリ移籍。契約が残っていたライコネンはF1を去ることとなる。開幕戦は優勝という華々しいデビュー。当時禁止されていたチーム―オーダーによりドイツGPで2勝目を果たし、最速レッドブルに対して善戦。終盤、ティフォシの前でイタリアGP優勝、シンガポール・韓国GPも制し、ランキングトップに踊り出るも、最終戦にチーム戦略ミスによりチャンピオンを逃す。

Ferrari F10
開幕戦ワンツーの新フェラーリ体制

2011年 フェラーリ
現役最強と言われ臨んだフェラーリ2年目。空力の奇才エイドリアン・ニューウェイが作るレッドブルが19戦11勝とシーズンを掌握。わずか1勝で終わる。

F150°Italia
フェラーリ・F1で絶対的な地位を築く

2012年 フェラーリ
アロンソの絶頂期。テストからマシンの不調が続き開幕戦予選12位と失意のスタートも、次戦マレーシアGPでは雨条件で優勝。この年は開幕7戦で5チーム7人のウィナーが現れ大荒れとなった。ストリートサーキットのヨーロッパGPで予選11位からアロンソマジックを起こし奇跡の逆転優勝。劣るマシンで現役最強の名に恥じないパフォーマンスでランキングトップを維持。日本GPのクラッシュから終盤はレッドブルの逆襲に合い、最終戦ブラジルGPではベッテルとの激戦を末、チャンピオンを逃した。

Ferrari F2012
ドイツGPでライバルから祝福を受ける

2013年 フェラーリ
前半戦で2戦するも後半戦はベッテルが9連勝し、終わってみればベッテルの19戦13勝という圧倒的な成績を前に沈む。

Ferr19ari F138
母国での勝利が最後の優勝となった・・・

2014年 フェラーリ
ライコネンとのチャンピオンペアにより臨んだシーズン。V8から変更となったV6ターボ・ハイブリッドエンジンにおいて、メルセデスがフェラーリ・ルノーに対して凌駕し、ベッテル・アロンソが1勝もできずに、ハミルトンが2回目のタイトルを譲ることとなった。

Ferrari F14T
契約2年残しフェラーリを去ることとなった

2015年 マクラーレン(第2期)
フェラーリを去り移籍先がないアロンソは、ロン・デニスと和解しマクラーレン復帰。ホンダエンジンを新たに搭載したが、レース完走が困難な程の信頼性と、GP2エンジン!と無線で言われるほどのパワー不足で、入賞2回、リタイヤ7回という結果に。ホンダによりアロンソの時代は終焉したと言われた。

Maclearn MP4-30
Q1リタイヤを余儀なくされたアロンソは日光浴をして話題となる

2016年 マクラーレン
ホンダエンジンで復調の兆しが見えるも、メルセデス>>フェラーリ・ルノー>>ホンダという超えられない壁は続き、メルセデス黄金時代が続く。開幕戦でキャリア最大のクラッシュを喫してしまうが、命に支障はなく第3戦より復帰を果たす。

Maclearn MP4-31
ベネトンルノー時代、マクラーレン時代を共にしたバトンが引退

2017年 マクラーレン
長年チームを率いてきたロン・デニスが解任。ホンダの新パワーユニットはテストから不調を来し、入賞5回、リタイヤ6回という結果に終わる。マクラーレンとホンダはこの年で決別を果たす。アロンソは、モナコGPを欠場しインディ500に参戦。ラップリーダーになる活躍を魅せるもトラブルでリタイヤに終わった。

Maclearn MCL32
インディ500で快走するアロンソ。他のカテゴリへ視野を広げる。

2018年 マクラーレン
ホンダからルノーエンジンに変更も、シャシーの問題が露呈。指導者・技術者が離れたマクラーレンの復調は遠いと感じる年となった。この年でアロンソは引退を決意。最終戦はスペシャルカラーで臨み、一時代を築いたハミルトン、ベッテルと感動的なドーナッツターンを共演し、F1キャリアに幕を下ろした。

Maclearn MCL33


スペシャルカラーで臨む最終戦アブダビGP

2021年 アルピーヌ
ルノーの後釜からF1電撃復帰。シーズン序盤はチームメイトに後塵を拝するも、中盤以降は持ち前のオーバイテイク・ブロッキングを発揮し復調。カタールGPでは3位となり8年ぶりの表彰台を獲得。

Alpine A521
新チャンピオンと共に上がった8年ぶりの表彰台