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もはや引き千切れないだろう―999『RIP IT UP』その他映像作品

DVDなんて買ったの、何年ぶりだろうか。しかも輸入盤のDVDは初めてではなかろうか。そう思いつつ、繰り返し眺めているのが先日出た999の『RIP IT UP』である。今年(2024年)の1月24日にロンドン北西のミルトン・キーンズにあるクラウファード・アームズという名のライヴ・ハウスで録られたライヴ作品である。
初めからケチをつけてしまうが、このフィジカル作品、何故DVDに同内容のCDをつけたのだろうか。そこが解せない。時には音だけに集中したい人もいるからということなのか。CDなんていらないから、その分安くしてくれよというのが本音だ。加えて私の所有するプレイヤーと互換性が悪いのか、冒頭近くとラスト近くの二か所でノイズが出る、一か所画面が静止し乱れる、どうやらカメラは基本2台のみでしかもどちらも遠目からの撮影で臨場感に欠ける・・・・とまあここは目をつむるが、肝心のバンドのプレイには最初ウームとなってしまった。
明らかにバンドは本調子ではない。ヴォーカルは上手く声が出ていないし、コーラスも音程が外れる。ギターもミスが目立つ。機材もちょこちょこトラブルがあるようだ。オリジナル・ドラマーであったパブロ・ラブリテンの後釜に入ったステユアート・メドウスと、ベーシストのアウトロ・ベーシック、このリズム・コンビの安定感が救いだが、これにしてからが、ラブリテン時代に比べると重量感に欠ける。肉体の衰えか。ニック・キャッシュは御年74歳。他のメンバーの年齢はわからないが、たいして変わらないだろう。アウトロ・ベーシックはラーカーズのメンバーとして77年から活動している、つまり999と同時代人なわけだし。2022年のライヴでは元気いっぱいだと思ったが、やはり齢なのか。
しかしやがて、これもありだよなと思えるようになってきた。今年で結成48年、パブ・ロック時代も含めれば優に50年を超えるキャリアだ。腐ってもナントかで、調子が悪かろうがトラブろうがステージに上がったら客をノセるバンドの姿がある。ニック・キャッシュはマイクを客に突き出して一緒に歌わせ、「今日は撮影だ。皆もメンバーだ」と声を張り上げ、ガイ・デイズもおどけたポーズをとり、ギターをマイクスタンドにこすりつけてスライド奏法のマネゴトをしたりなんかする。アウトロ・ベーシックは「俺はバンドに入ってまだ32年だよ」とか何とか言ってニック・キャッシュと一緒に肩を組んだりする。ライヴの雰囲気は暖かだ。客の方もバンドが調子の悪いことは判っていて、それでもケチをつけずに楽しんでやろういう姿勢だ。些末なことでいきり立って罵ることはない。こういうバンドと客との関係が成り立つのは、ひとえに999が長年にわたり勤勉にライヴを続けてきた賜物だろう。もちろん、全てのライヴがここでのように幸福な空間として成立し得ないのは自明だ。時には罵詈雑言が飛び交ったりもしてきただろう。モノをぶん投げられたりもしてきただろう。そうした永年に渡る999の、ライヴでの労苦が透けてみるからこそ、ここでのライヴの粗さと、粗さを丸ごと受け止める会場全体の空気は愛すべきであると思えてくるのだ。こんなよたっていたって999のライヴは成立し得るんだよ、というゆるぎなき視座。出来が悪いから引きちぎってポイ、とはできないのだ。

このトレイラーではライヴの様子はほとんど判らないだろうが、配信されているので貼っておく。シークレット・レコーズは後で触れる2006年のライヴ映像も発表していて、999との関係は良好であるようだ。

しかし本作が999のライヴ入門編としてふさわしいとは言えないのも道理だろう。では手始めにとなると、その姿を捉えたライヴ映像は、メジャー・レーベルの所属していた期間が短かったせいもあるのか、キャリアに比して非常に少ない。昔からよく知られた作品として1980年の『URGH!A MUSIC WAR』なるドキュメント作品がある。当時のブリティッシュ・ニュー・ウェーヴ系のバンドてんこ盛りの中―Alley Catsはアメリカ出身―、999も登場するのだが、わずかに1曲のみなので欲求不満に陥る。オリジナル・メンバーでの気合いのこもったプレイを聴かせているので全曲発掘を希望したいところだ。ちなみに、ライヴ・バンドとしての999の全盛期は1980年ではと思っているのだが、この話題は別の機会に。

曲は最大のヒット曲「ホムサイド」は無難なところか。

まとまった映像作品となると1987年の『FEELIN‘ ALRIGHT WITH THE CREW』と2006年の『EMERGENCY IN DARLINGTON』くらいだろう。どちらもYouTubeで視聴可能。ちなみに前者はテロップでは誤って1984年収録となっている。すでにオリジナル・メンバーではないが、パブロ・ラブリテンのドラムが拝めるのは今となっては貴重。

前者はかつてほどのキレっぷりはないが、それでもパンクの時代が遠くになった当時にこれだけ聴かせていたのだから、立派だと思う。

映像~アングル、演奏ともども現在までのところ、999のライヴ作品としては、これをベストとすべきだろう。この撮影収録環境で70年代~80年代初頭に映像を残していたら、ものすごいものができただろうが。そんな妄想を抱かせてしまうのが―

BBC出演時の今や伝説(?)となった1978年のライヴ。ここでの「ホムサイド」が元で、バンドはBBCへの出入り禁止となったのである。ラブリテンがケガで療養のため、ドラマーが臨時のエド・ケイスになっており、ビートが軽いのが残念だが、他の3人を見るにつけ、もっとこの時代の映像を残してくれていたらと思ってしまう。

他にもYouTubeで検索すると散発的に見つかるが、きちんと作品として発表しようという意図のあるライヴ映像は上記くらいに限られるだろう。ネット時代になってから個人のユーザーにより配信されるものはどうしても質的に劣るーこれだってかつては望みえなかったことであり、気楽に家に居ながらにして視聴できるのだから幸福だと言わねばなるまい。

―と、長々引用してしまったが、これも999の佇まいや作品に魅力があるからである。ダサいと一般的には見られても我関せず、市井の人の感情を描きつつ地道にオーセンティックなロックンロールをやり続ける。本当のカッコよさとはこれだと、私は言い切ってしまいたいのである。