夜はブラック・ウルフの王国
胸に刺さったトマホークが押し込まれ、”ヒラメのトニー”の鼓動が止まった。
非常ベルが鳴り続けている。駆け付ける者はいない。ブラック・ウルフは床を埋め尽くす死体を踏みつけながら窓際へと向かう。
その髪についた羽飾りは乱闘によって大きく乱れているが、それを気にする素振りはない。赤銅色のその肌には汗一つ浮いてはいなかった。
「ッ…!待て、待て、待て待て待て!」
尻もちをついて壁にもたれながら、”カレイのトミー”が悲痛な声を上げる。
「”カレイのトミー”だな」
ブラック・ウルフは懐から一枚の写真を取り出す。
そこにはカイゼルひげを生やした、ウェディング・ドレス姿の大男の爽やかな笑顔が写る。
「モーティマー大佐、知ってるよな」
「待て、ブラック・ウルフ…!お前の部族を皆殺しにしたのは、奴じゃねえ…!」
「ンなことには興味がねえ」
ブラック・ウルフが手をかざすと、掌にインプラントされたマグネ・チップに反応してトマホークが”ヒラメのトニー”の胸から彼の手に飛び戻る。
窓の強化ガラスをトマホークで叩き割る。地上200m、60階のフロアに外気が一気に流れ込む。
「良く見ろ、ボケ」
ブラック・ウルフが首根っこを掴み、トミーの視線を強引に窓の外に向けさせる。
市街の中心部に開いた直径数百メートルはあろうという大穴から、岩と砂の体の巨大なバッファローが窮屈そうに這い出て、穴の周囲を囲むパトカーをまとめて数台踏み潰す。
シティ・1077の陽が沈もうとしている。
「俺はこの事態を収拾せにゃならん。付き合ってもらうぞ、”カレイのトミー”」
乱暴に手を離されたトミーが再び尻もちをつき、情けない悲鳴をあげる。
ブラック・ウルフは大きく振りかぶるとトマホークを投げる。それは真っすぐに市街の中心部まで飛び、巨大なバッファローの岩の顔面に突き刺さり止まった。
バッファローが、こちらを睨んだ。
(続く)