
あなたにおすすめしたい本
『狐になった奥様』を読んで、すぐに頭に思い浮かんだお客さんがいる。
2回いらっしゃって、2回とも「おすすめないですか?」ときいてくださったお客さんだ。そして、おすすめした本をうれしそうに買ってくださった。このあとのご予定は?なんてきくと、1回目は「本を読んで、シーフードカレーを作ります」、2回目は「本を読んで、ホットケーキを作ります」とおっしゃっていた。そういえば、ほかのお客さんで、昼間に本を買ったあとに、これから銭湯に行くなんて方がいらっしゃった。みなさん、素敵な日曜日を過ごしていますね。
実際、「おすすめないですか」と質問されることはままある。なんだかどきどきしてしまって、そのとき、ぱっと思い浮かばなくて、あとで、あーこれをおすすめすればよかった、なんて後悔することも。
『狐になった奥様』を読んだとき、すぐにあのお客さんが思い浮かんで、もしまた「おすすめないですか?」ときいてくださったら、ぜひおすすめしたいと思った。
この物語はタイトルどおり、散歩に出かけた先で、突然奥さまが狐になってしまったというお話。結婚したら、だんだん奥様が野生化してきた、なんて笑い話は実際ありそうだけど、そういうのとは違う。いや、そう読んでもいいのかな。まあ、とにかくいろんな読み方ができそうな話なんです。
この物語の主人公である、夫のテブリック氏は、そんな狐になった奥様をどこまでも愛するのだけど、最初は、服もきていない姿に恥じらいをみせていた奥様も、徐々に人間を忘れていって……もうこのへんでやめといたほうがいいですね。

こんな奇想天外な物語を書いたのは、イギリスの作家、ディヴィッド・ガーネットです。訳者の安藤貞雄の解説によると、ディヴィッドは大英博物館の図書部長で文学者の父から、「生涯決して筆をとるな。出版業その他の書物にかかわる仕事に手を出すな」といわれていたそう。
まあ、反対されたら、手を出しちゃうもんです。ガーネットは、父の職場である大英博物館の近くで本屋をはじめ、それだけでは飽き足らず、稀書豪華版の出版社〈ナンサッチプレス〉を設立したうえ、一九二二年に、初の作品となる『狐になった奥様』を出版したといいます。
だけど、お父さんは喜んだんじゃないかな。だって、『狐になった奥様』は、毎年度の最優秀作にあたえられるホーソンデン賞を受賞しているんだから。この作品のあとも、恋人と口喧嘩のすえ、動物園の檻のなかにはいった男の話『動物園にはいった男』などおもしろそうな作品を書いています。
そうそう、そのお客さんが先日いらしたときには『イノック・アーデン』をおすすめしました。これも夫婦の物語でした。夫婦の形はいろいろですね。楽しんでいただけたかなあ。ぜひこちらもおすすめしたいので、機会があったら読んでみてください。
