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クィンシー前日譚 第47章
【射撃場にて】
幻夢境への初ダイブのメンバーが決まり、日にちは明後日の朝に決まった。明日は朝からミーティングとシミュレーションのため、今夜は各自ゆっくり休息となった。
ダナ「では、今夜は新メンバー2人の歓迎会とシルヴィさんのおかえりなさい会ですね♪」
ミリアム「やりません。2人には施設の説明と案内を先にして、夕飯時に合流します。パーティーも呑みも今日は控えるように」
シュン、とダナが小さくなってしまった。パトリシアが『元気だして』と肩を叩いている。
私はひとまず射撃場に行く事にした。
***
クィンシー「、、、おかしいですね」
射撃場はルルイエに来てから何度も行っている。さすがにもう迷子になることは無い。(初めに5回ほど迷ったが許容範囲内だ)
道順は間違いないはずなのだが、内装の雰囲気が変わっている気がする。
クィンシー「あ、ルイーズさん。射撃場ってこっちであってますよね?」
作業着姿で電動工具を持ったルイーズに出くわした。
ルイーズ「ん?ええ、合ってるわよ。ああ、今やってる事?リンが色々と壊しちゃってたから修理してたの。ついでにドアだけじゃなくて他にもガタが来ていたところもね」
そう言うとルイーズは壁の継ぎ目の溶接を始めた。なるほど、内装丸ごとリフォーム中だったのか。道順が合っていて良かった。
ルイーズ「あ、射撃場に行くのね。奥の6番レーンだけど、ターゲットの奥の倉庫と通路がデッドスペースになっていたから、ちょこっといじって300mくらい延長しておいたわよ。後で改善点とかあったら教えてね〜」
クィンシー「ありがとうございます。助かります」
さすがは万能超人。溶接機を片手に何故かチェーンソーまで構えている。
***
射撃場に入るとすでに先客がいた。
あれはリンドマン姉妹。ここはビジネスの基本として顔繋ぎを作っておこう。
クィンシー「リディアさん。お疲れ様です。訓練でしょうか?」
リディア「、、、、、、、、、、、、」
クィンシー「リディアさん、リディアさん」
リディア「、、、おい、わざと無視してるんだ。気安くボクに話しかけるな」
クィンシー「リディアさんの拳銃って中折れ式のリボルバーですよね?」
リディア「、、、、、、話を聞かないやつだな。そうだよ、それがどうした?」
よかった。答えてくれた。
クィンシー「中折れ式の銃って、実は始めて見るんです。触りませんから見せて頂けませんか?私もリボルバーを使っているんです。もしよければ見ます?」
私はホルスターから愛銃を取り出してリディアに差し出した。彼女は渋々それを受け取ってシリンダーを開けたりしてカチャカチャやっている。
リディア「ふん、コンバットマグナムなんて玩具には興味無いが、、、それも357マグナム弾なんてバカが使う弾丸だよ。だが、、、メンテも調整も完璧でガタが一切無い、、、それなのに全てが滑らかに動作する、、、」
少し考え込んでから、リディアはショルダーバッグ風のホルスターから自分のリボルバーを取り出して見せてくれた。
クィンシー「わあ、クラシックですごく美しいです!これって、シリンダー形状から見ると専用の弾丸しか使えないんでしょうか?」
リディア「ふん、コイツはカスタム品だから44マグナム弾も使えるのさ。グリップも魔獣の牙から削り出した特注品だ」
リディアが得意気に話してくれる。共通の趣味の話が出来るっていうのはいい事だな。
クィンシー「この銃って確かリロード時に自動で空の薬莢が排出されるんですよね?6発の空薬莢が舞うところ、観たいなぁ、カッコいいんだろうな〜」
リディア「お前が犬のように這いつくばって弾を拾うなら、見せてやらないこともないよ」
本人も何だかんだで会話を楽しんでいるようだ。
クィンシー「はいっ!是非見せて下さい!」
彼女が撃鉄周りをカチャリと動かし、直後拳銃が真ん中で折れてチャキッという音とともに薬莢が宙を舞った。
クィンシー「おお〜!!」
キンッ、キンッ、キンッ、と音を立てて薬莢が床に落ちて綺麗な金属音が響いた。私が地面に落ちた弾を拾っていると、、、
ミルヴァ「なぁに?2人で楽しそうにしてるわね。あ、お姉ちゃん、そのピストルは?」
リディア「ああ、今這いつくばっている犬の持ち物さ」
ミルヴァ「へー、クィンシーちゃんってピストルも持ってるのね。とっても綺麗でかわいいわ」
リディア「クィンシー!?コイツが?」
リディアが驚いた顔で見る。歓迎会の時に自己紹介したんだけどな、、、
リディア「、、、クィンシーは何人もいるのか?ボクが知っているクィンシーはこんなガキじゃない」
ひょっとして師匠の事だろうか。
クィンシー「あの、リディアさんが知ってるクィンシーって黒髪の女性でしたか?でしたらその方は私の師匠にあたる人です。今は私がクィンシーの後を継いでいます。師匠は訳あって、、、今はもう、、、」
リディア「へぇ、そうなると先代クィンシーは死んで、お前が現役のクィンシーなのか」
はっきり言うなぁ。ミルヴァが続けて言う。
ミルヴァ「クィンシーちゃん、私達、昔あなたの師匠に助けてもらった事があるのよ」
***
リンドマン姉妹と言えばその悪名は誰しもが知っている。クィンシーへの暗殺依頼だろう。だが、助けたとはいったい?
リディア「毎度の事ながら、ボク達が殺したクズどもの身内が、復讐とか言って暗殺依頼を出してきたのさ。まあ、何度有能と言われる殺し屋を雇っても返り討ちに合ってきたから、コネなりなんなりを使ってクィンシーとコンタクトを取ることに成功したんだろうね」
ミルヴァが続けた。
ミルヴァ「でもね、あなたの師匠は私達が今まで出会った殺し屋さんとは全然違う人だったの」
リディア「そう。スナイパーがライフルを持たずに直接ボク達の隠れ家を訪ねて来たんだ。こんばんはってね」
ミルヴァ「そうなの。それで『傭兵にならないか?私が手引きするから』ですって」
師匠がそんな事を?
ミルヴァ「私達は育てられた施設を潰しちゃったあとで、ほとんどその日暮らしの生活をしていたの。お腹が空いたら商店とか銀行を襲ったり、隠れ家が知られたらまた新しいところに移ったり。お姉ちゃんと一緒だったから寂しくはなかったけど、とっても面倒だったわ。お気に入りのお菓子屋さんを見つけても、すぐに移動しなくちゃならなかったり」
『お菓子』という言葉に反応して、廊下を通りかかったマルタのお腹が鳴った。
マルタ「あとで詳しく」
ミルヴァ「ごめんね、マルタちゃん。そのお店、壊しちゃったからもう無いのよ。えふふ♪」
マルタ「それは残念」
リディア「、、、それで、ボク達は別に構わないしお前がやりたいなら勝手にしろって言って、、、」
クィンシー「、、、え?師匠を襲わなかったんですか?」
リディアがため息をついて言う。
リディア「あのなぁ、なんで襲う必要がある?ボク達は別に快楽殺人鬼じゃないぞ。気に障る事でも無ければ別に殺しはしないよ」
クィンシー「ごめんなさい、、、」
ミルヴァ「それでね。私達は『リンドマン姉妹』というそのままの名前で傭兵になったの。生活拠点も出来て、まとまったお金も入ってくるようになって、『普通』の人間に近づけたわ♪」
完全に偏見を持っていた。
そうか、師匠は本当に尊敬に値する人だったんだ。もちろん知っていたけど、他人の口から言われると説得力が全然違う。早く師匠に会わなくては。話したいことが山積みになっていく。