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クィンシー前日譚 第11章

【継ぐ者として】


唐突に一人きりになってしまった。

師匠の魂の移転の一件のあと、舞夜は連絡先だけ教えてくれ間宮家のプライベートヘリで去っていった。世界有数の呪術師一族だけある。

今、師匠が消えてしまった森の一角で倒木に座りながら、舞夜が置いていってくれたハクサイの漬け物を食べている。ああ、師匠がお酒を飲んでる時に少しだけ貰ったことがあった、あの味だ。今だけは緊張を解いて感傷に浸ってもいいだろう。上を見上げると朱色に染まった空と紺色の星空のグラデーション。仕事の帰り道に師匠に繋いでもらった手の温もりを思い出す。

『会いたい、会いたいよぉ、師匠、、、』

***

翌早朝、まだ朝靄が深い森の中を警戒しつつ師匠のいた狙撃地点に戻った。昨日舞夜が仕込んだダミーの死体は跡形もなく消えていた。周辺に血痕すら無い。私が狙われた人質がいたところも全く同じだ。しばらく周囲を捜索すると、小さな窪み程度の塹壕のようなものがいくつか見つかった。ここに奴らは潜んでいたのか。雇われたのはきっと凄腕の傭兵かスナイパー、しかも魔術でカモフラージュしてしまえば完全に存在を消せるだろう。何かクライアントに繋がる痕跡は無いか探してみたが、当然向こうもプロだ。そう安々とは尻尾を掴ませない。だが逆にそれが手がかりになった。有能な傭兵やスナイパーを複数人雇い、それら全てを一晩で無かった事に出来るほどの財力、クィンシーを雇えるレベルに裏世界に精通している、そしてクィンシーを消す事で利益を得る、もしくは動きやすくなる組織、、、

ひとまず今の時点で『クィンシーは死んだ(かもしれない)』という情報が裏世界に流れるだろう。私にとっては好都合だ。仕事の受け方は師匠に教わったが、暫くは違う動きをしよう。自分の腕を磨きつつ、手始めに師匠の仇を討つ。それと同時に幻夢境についての情報集めだ。ラヴクラフト財団という巨大組織が、現在幻夢境との行き来を可能にするゲートを管理しているらしい。その動向を常に把握しておきたい。

表立ってクィンシーとして仕事をしなくても暗殺依頼はいくらでもある。実戦経験はそこで積もう。弾丸や生活費に困った場合は舞夜から貰った謎の黒いクレジットカードがある。舞夜曰く『買い物する時はこのカードを見せて間宮の者だって言えばいい』らしい。使用履歴も全て隠蔽されるという。必要あらば戦闘機も買えるとか言っていたが、、、

まずはいつもの隠れ家に戻る。例のカードをありがたく使わせてもらい、隠れ家の少し手前の村でタクシーを降りる 。よく師匠のバイクの後ろで帰った道を、今は一人歩きながら帰る。夕日が目に眩しい。作戦開始からほぼ2日経っていた。隠れ家についたらまず寝よう。頭が疲れていると考えもまとまらない。

そう、私はクィンシー。世界最強のスナイパー(になる予定)なのだ。

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