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クィンシー前日譚 第17章

【葛藤と救い】


『お前にはクィンシーは向かない』

背を向けたまま言う師匠

『人殺し!』

叫ぶ少女

『裏切り者め。俺を殺しやがって』

クライアントの男


あれから数日、毎晩夢に見る。

ダメだ。一回の出撃でもう心が折れてしまったみたいだ。情けない。あんなに意気込んでいたのに、、、

怖くて端末はコートのポケットに入れたまま、充電もしていない。買い置きしておいたインスタント麺をそのまま噛り、ペットボトルの水を飲む。このままじゃマズイ、でも心が動き出そうとしない、、、

もう日は高いだろうがカーテンは閉めたままだ。そのとき不意に足音が聞こえた。即座にベッド脇のチェストから拳銃を取り出し、窓のある壁に背をつけ外を伺う。こういう時の反射的行動は体に染み付いているんだなぁ、と、他人事のように思う。

???「あらまあ、ずいぶん立派なログハウスじゃないの〜」

この声は!

クィンシー「舞夜さん!」

驚いてドアから飛び出した。

舞夜「久しぶりね!どうしたの?昼間から引きこもっちゃって、お酒でも飲んでたの〜?」

ああ、一気に気が抜けてホッとした。

クィンシー「どうぞ中へ。ごめんなさい、わざわざ遠くから来て頂いたのに、部屋、今散らかり放題なんです」

ドアを開けて舞夜を中に招く。

舞夜「こっちこそ、急に来ちゃってごめんね、、、って、あらまあ、ホントに引きこもりの部屋じゃないの!取り敢えずお掃除しないとね。ちょうど箒とちりとりを持ってきたから。あなたは、ちょっと具合悪そうだから、これでも食べて休んでなさいな」

黒飴、、、甘くて美味しい。

私も手伝うというと、病人は安静にしてなさい!と言われてしまい、全て舞夜が綺麗にしてくれた。

クィンシー「ありがとうございます、せっかく来て頂いたのにすみません」

 舞夜「 いいのいいの、そんな事より、、、何があったのか、お姉さんに話してくれない?」

***

クィンシー「それで、自分が正しい事をしているのか、このまま続けられるのか不安になっちゃったんです、、、」

初めて人を殺めたあの晩のことを話した。

舞夜は少し考えてから、ゆっくりと静かに話し始めた。

舞夜「私も同じよ。仕事でいっつも誰かを呪って、不幸にして、それで本当に良かったのか葛藤してばっかり。でも、辞めることなくずっとそれを繰り返しているの。どうしてだと思う?」

私は首を横に振った。

舞夜「私自身の正義が、たどり着きたい場所が、その先にあるからよ」

クィンシー「自分自身の正義、ですか?」

舞夜「そうよ。ねぇ、あなたは何故クィンシーになろうと思ったの?」

クィンシー「私は、、、初めは師匠みたいになりたくて、でも途中からは師匠に追いつくため、そして今は師匠を連れ戻すため、、、」

舞夜「違う違う。それはその場だけの小さい理由よ。あなたの生きている本当の目的、目指しているものは何?」

生きる目的、目指すもの、、、憧れ、、、あ、、、

この時、祖父の顔、燃えさかる村で師匠が差し出した手、師匠を失ったあの晩の舞夜が浮かんだ。

『誰かを救う、ヒーロー、、、英雄、、、そっか』

舞夜「、、、うん、その顔を見ると、何か気がついたみたいね。いい?人っていうのはただ生きていくだけでも他人を傷つけて、誰かの怒りを買っているの。それが、こういう稼業につくと丸見えになっちゃうのよね。だからね、そんな時は自分の目指す先の事を思い出して、一時の不安な気持ちに上書きしちゃいなさい」

続けて

「それと、実をいうと老婆心ながらトワイニング家に関する噂をコンフィズリー経由で流して貰っておいたわ。暗殺された当主の弟君は、実は裏で次期当主候補のタバサ•トワイニングとその兄の暗殺を目論んでいたらしい、なので現当主が先手を打って暗殺者を雇ったらしい、ってね。あと、弟君の部屋からは暗殺計画を書き込んだ書類が見つかったそうよ。これは本当にね。

きっと、タバサとお兄さんは、知らず知らずのうちに命を救ってくれた、名も知らぬ暗殺者に感謝しているんじゃないかしらね?」

涙が、溢れてきた、、、、、

舞夜の優しさと、もしかしたら私の事を許してくれているかもしれないあの兄妹への感謝で。

舞夜「じゃあ、この稼業を続けるのにクィンシーとしての特権を教えてあげる♪」

舞夜「あのね。暗殺に関わる依頼なんて山ほどあるでしょ。それを、自分の経験値稼ぎだなんて思って片っ端から受けるのはやめなさいね。心が傷ついちゃったらマイナスになっちゃうわよ。だからね、さっき言った『自分自身の正義』が見出せそうなものだけを選んじゃえばいいのよ。せっかく選べる自由があるんだもの。私なんかは、、、」

一瞬暗い顔をして、すぐに笑顔に戻る。

「とにかく!自分を大切にすることよ!それと一人で何でも抱え込まないこと!」

そうだ、師匠に昔聞いたことがある。舞夜は孤児の立場から呪術の才能だけを認められて、それで間宮家の養子になったのだと、、、だからきっと仕事を選ぶ自由なんて無いんだ、、、

舞夜「さて、じゃあ少し早いけどお夕食の支度を始めましょうか!まずは美味しいものを食べて、身体と心に栄養をつけないとね♪」

***

舞夜「ふぅ~、お腹いっぱい!」

クィンシー「本当に美味しかったです。ありがとうございました!」

始め、お米は釜炊きが1番だと言って、どこからともなくお釜を取り出した時には驚いたが、おかずはほとんど下ごしらえ済みのものをタッパーに入れて持ってきてくれていた。(クーラーボックス持参)

さばの味噌煮、大根と人参と油揚げの煮物、ほうれん草と菜の花のお浸し、各種漬け物。

それに炊き立てのご飯と、お豆腐とワカメとタマネギのみそ汁。

最後に緑茶をすすりながらのお団子。

『夏になったら、そうめんとスイカがいいな!お祖母ちゃん!』

危ない危ない、口に出すところだった。

***

舞夜「じゃあ、元気になったところでそろそろ御暇するわね」

クィンシー「よろしければ一泊されていってもよかったのに、、、」

舞夜「いいのいいの、私は畳と布団の上じゃないと眠れないから〜」

と、言うわけで森の外れの小さな平野になっているところまでバイクで送る。舞夜が電話をかけると数分で間宮のヘリがやってきた。

ヘリに乗り込む前に舞夜が手を握ってきた。

舞夜「あんまり無理しないでね、時々お米も送ってあげるから、ちゃんと栄養のあるものを食べなさいね、困ったらすぐに連絡ちょうだいね、いつでも帰ってきていいんだからね」

え?実家のお母さん?

『あんたの部屋はそのままにしてあるからね』

謎の空耳が聞こえたあと、田舎のお祖母ちゃん、もとい実家の母、もとい舞夜さんは帰っていった。

うん、舞夜さんのアドバイスどおり、やれるだけやってみよう!最後に貰ったベッコウ飴をしゃぶりながら、バイクにまたがった。ふと頭の中に懐かしい声が響く。

『ようやくここまで来たか』

「師匠!?」

空耳?いや、はっきりと聞こえた。

「はい。見ていて下さい。必ず追いつきますから!」

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