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クィンシー前日譚 第5章
【彼女の告白】
帰りの道中、彼女は何も喋らなかった。
いつもの山中の小屋に辿り着く頃には明け方近くになっていた。荷物をおいて、私は2人分の紅茶を入れた。
「『クィンシー』って知っているか?」
彼女が唐突に話し出した。私は首を横に振った。
「暴走した魔術士、力を持ち過ぎた魔術士の暗殺を専門に行う、単独で動く傭兵のような存在だ。一部の界隈でしかその名称は出回っていない。存在自体が噂話や都市伝説なんだ」
私は紅茶のカップを差し出すと、彼女は小さく『ありがとう』と言って受け取った。
「私なんだ」
この話を切り出した時には、何となく分かっていた。
「だから、お前が今後普通の人間として真っ当な人生を歩むためには、このまま私と一緒にいては、、、」
「はい、私もそのクィンシーになります」
決意を込めた目で彼女を見返す。
「、、、」
彼女は私の言葉に驚きはしなかった。この返答を何となく予想していたようだ。
彼女は紅茶のカップに目を落としながら、しばらく二人の間に沈黙が流れた。そして彼女が口を開いた。
「魔術士とは言え人を殺めるんだ。取り返しのつかない修羅の道を歩むことになる。そして、人に対する慈しみを一切捨てなければならない。人としての心を捨てるんだ」
「では、あなたはなぜあの夜に私の手を引いてくれたんですか?あれは人としての慈しみの感情からではなかったんですか!?」
私としては珍しく、語気が荒くなった。そのまま言葉を続けた。
「私は英雄になりたかった。もちろんバカな子どもの夢の話です。でも、あの夜のあなたは間違いなく私にとっての英雄でした。カッコイイとかそういう憧れの気持ちもありましたけど、あの時はそんな事を考える事も出来なくて、命と心を救ってくれたんです。
それは力が無ければ到底出来ないこと、その力がクィンシーとしての物だったとしたら私もクィンシーになりたい!」
彼女は黙って手に持ったカップに目線を落とした。そしてそのまま静かに語りだした。
「私は、この重い十字架をお前にも背負わせてしまうのか、、、」