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クィンシー前日譚 第2章
【全ての始まり】
私はヒーローになりたかった。
ずっと昔にあった紛争を戦い抜いた祖父のように、私も誰かを守りいつか祖父のようになりたいと思っていた。そんな話をすると祖父は頑として反対したが、それでも孫には甘かったのか猟銃の使い方や狩猟の方法など、基本的な知識だけは教えてくれた。
今眼の前にあるのは幸せな両親との何気ない生活。不満はない。でもいつか世界中の人々を救える英雄になれたら、と、子供のような夢を持ち続けていた。
私の育った村は、小さかったが特別貧しいわけでもなく、それなりに不自由のない暮らしを過ごしていた。世界の各地で紛争が起こっている事は知っていたが、それは遠い異国の話だった。最近1人旅の女性が、村から少し離れた古い水車小屋でキャンプしているらしい。大きな街と街の間に位置するこの村ではこういった話は珍しくなく、今回の旅人も同じ類の人なのだろう。特に気に留める事もなく、村には普段通りの時間が流れていた。
朝起きて、日課である家畜の世話、母の料理の手伝いと、猟の仕度をする父を傍らで見ながら、村の友達と走り回っていた。夕飯は母の作るコーンたっぷりのシチュー、笑顔で語る父の狩猟の自慢話、時々深夜にこっそり祖父から譲り受けたライフルをいじっていた。(もっとも、弾は無いので一度も撃ったことは無いのだが、、、) ずっとこの幸せな日々が続くものだと思っていた。
***
その全てが、たった一晩で絶たれた。
真夜中に突然響いた爆発音と割れたガラスの飛び散る音。家に吹き込む暴風。何が起こったのか分からず、壊れた窓枠からそっと顔を出す。燃え盛る炎と逃げ惑う人々、ゆっくり移動する黒いローブを纏い杖を構えた影が数人。杖の先には炎の弾。猟銃を持った村の住民たちが立ちはだかるが、見るも無惨に吹き飛ばされていく。
黒い者達は歩調を変えずに手当たり次第に火を放ちながら移動していく。恐怖で声も出ず、何もできずにその場にへたり込んだ。永遠とも思える恐怖の中、『こっちに来ませんように!』と懇願しながら。それでも無情に近づいてくる人の気配、『ああ、見つかった、、、』 その時遠くから聞こえた一発の発砲音。私はそのまま恐怖で動けなくなり震えていた。
***
気が付くと人々の悲鳴も炎が放たれる音も消え、燻る残火のパチパチという音だけになっていた。
『お父さんとお母さんは、、、』
ふらふらと覚束ない足取りで、壊れたドアから外に出た。すでに恐怖を通り越し何も感じなくなっていた。
燃え尽きた村、血と肉片で真っ赤に染まった小川、昨日一緒に花冠を作った友達の黒焦げの死体、死体、死体、、、
そしてその中に、猟銃を持って倒れているお父さんと、庇うように覆い被さっているお母さんが、、、2人とも胸から下は、、、
私は家族と全てを失った。
涙が出ない。眼の前の光景を受け入れられなかった。呆然とその場にへたり込んでいた。
その時、遠くからゆっくりと近付いてくる足音と人影。警戒心も忘れフッと顔を上げた。グレーの迷彩柄のスーツに身を包み、印象的な長いスカーフを羽織った短髪の女性。
???「くそっ、無事なのは君だけのようだな、、、まずはここから離れようか」
燃え上がる私の村を見ながら、見知らぬ女性に手を引かれて炎から離れた。彼女の羽織る長いスカーフに視界を覆われ、そのまま目を閉じる。
私はこれからどこに向かうのだろう。