【レビュー】GEZAN, 《狂(KLUE)》 (2020)
Artist : GEZAN
Album : 狂(KLUE)
Released : 2020.01.29
Label : 十三月, Important Records
Genre : Noise Rock, Neo-Psychedelia
※このブロガーはこの作品の政治スタンスに対し中立を保っております。
だからわたくしはソウルを市民に取り戻そうとしているのです。
最近読んだ小説の一句を思い出した。上に引用したジョン・ジドンの『夜間警備員の日記』と、本作、GEZANの《狂(KLUE)》をほぼ同じ時期に読んで、聴いた。ともに何回も鑑賞し、常に新しい感想だった。本作をレビューしてみよう!と考えたとき思い出したのがあの一句で、レビューのためまた聴きなおしたときに、両方とも思考を共有するところがあると感じた。ソウルを取り戻そうとする野心と、東京を取り戻そうとする野心。引用句を「ソウル」から「東京」に変えさえすれば、それがすなわち本作の核心だ。そして、これを表現するにあたって本作は政治的に急進的な発言を含んでおり、その表現の方式は見る観点に沿って問題的になると思う。
それに対する警告はイントロから出てくる。聴者に直接話しかけ、世界の破壊が怖ければ今にでも逃げろと。鋭いドラムとベースが威嚇し、動物的で呪術的な声が持続的に鳴り響く。ちなみにこの声は作品の全体にかけて登場し、本作の有機性と統一性を担保する。
警告が終わった後、〈EXTACY〉から〈AGEHA〉までの区間で本格的な狂気が発現し出す。攻撃的なベースラインを中心に金属製のノイズがいっぱい入ったギターが早演奏されて、理性を失った動物のような叫びが呪文のように周囲で鳴り響く中、非人間化していく現代社会の問題を暴く。4トラックでできている区間だが、狂気を主題にした一つの流れとみてよろしいだろう。サイケな状態をデスメタルに近い攻撃的な演奏に作り出し、そこから新しい感覚への「進入」が行われる。
〈Soul Material〉に至って雰囲気が当惑するくらい急に折れる。このトラックは本作ですごく異質的でありながら、だからこそ重要な転換点の役割を果たす。極度にミニマルになった構成はそれなりのグルーブを作り、ここまでの進行の上で一番メロディカルなボーカルラインがこれをR&B・ロックのトラックにするが、マヒトゥ・ザ・ピーポー特有の声と呪文が本トラックを実験的な感じに作り上げる。そしてここで「東京と同じくらいは狂わなきゃ まぁ、どうでもいいじゃん?」という歌詞を通じて、前半で発現した狂気の主体が東京を支配するイデオロギーであることを類推できる。どこまでも個人的な解釈だが、少なくともこれを通じて前半と後半の明確な区分として有用だと思う。後半部から行動の主体が話者へと変わるからである。
前半で支配者たちの狂気を暴き出したなら、〈訓告〉からは本格的な解体が始まる。エコーの入ったギターリフはある種の警告音に聞こえるし、一定の拍子を維持するドラムは宗教の儀式を連想させる。そして本作のハイライトであり一番問題的なトラック、〈赤曜日〉に至り、革命が始まる。
「40分間で脳をハッキングする」と始まるトラック。攻撃的でありつつ節制のあるサイケなビートの上で戦争を宣布する。誇張したリバーブが現場感を増し、ボイスサンプルの動物性は最高潮に至り、予告してきた瞬間を実現する叙事の絶頂を迎える。だんだん湧いてきたビートは(我らを閉じ込んできた水槽の)「ガラスを叩き割れ」という行動が要求された瞬間に爆走し出す。すべての権威に向かっての殺害宣言は本作の一番カタルシスな瞬間であると思う。
しかし、本作の真のハイライトがあるならば、それは〈東京〉になるだろう。本作で比較的コードの進行が明確で、エモーショナルな要素が繊細な感情を表現する。「いまから歌うのは そう 政治の歌じゃない」から始まる歌詞は、その後様々な社会問題についての考察を出す。一瞬矛盾に聞こえるかもしれないが、これらの社会問題が政治権力の道具化した点を指摘し、それらを解放しようとする発言として受容できるだろう。情報化社会、ポストモダニズムなどと無関係に相次ぐ戦争から始め、日本社会が抹殺しようとするホームレスの問題など、色んな種類の抑圧と差別が蔓延な東京を描写する。
いまから歌うのは そう
政治の歌じゃない
皮膚の下 35℃体温の
流れる人
〈東京〉では、話者が叫んできた革命の当為性を日常に引き出す。愛する人の笑顔を守るために戦うという言葉がクリシェに陥没せず感動的に向かってくる理由は、前の10トラックを通じて話者が革命という大意をもってシステムという巨大悪と戦ってくる過程を目撃したからであろう。曲そのものの聴覚的な部分においても、呪術的で鋭く刺すようなボーカルがエモな(?)メロディーを歌うことから来る若干の乖離感がむしろ話者の感情を極大化し、「東京!」と叫ぶ瞬間、その凝縮した感情の爆発からくる影響を避けられないのではないだろうか。その感情線はアンビエンチックな間奏曲〈Playground〉を超え、アウトロの〈I〉にまで及ぶ。
いつかツイッターで「すごくコアで政治的なアルバムだと思ったけど、聴いてみたらわりと暖かいアルバムだった」との感想を見た。もちろんコアで政治的で、主張のトーンは正直苦手だ。それでもその感想に十分同意できる。本作の「暖かな瞬間」を選ぶとやはり〈Soul Material〉と〈東京〉(とその後)があるだろう。意外に少ない感じではあるが、この2曲ともアルバムの大きい傍点を打つ位置にあって、アルバム全体的に発現される攻撃性を話者の内部にとどまらせるのではなく、疎外されて傷ついた聴者を抱きながらともに戦う勇気を与える役割を果たす。
だからわたくしは東京を市民に取り戻そうとしているのです。
革命という敏感なコンセプトを優れた演奏で表現し、統一性のあるサンプルやトラック間のつながり、トーンの落差などを活用してアルバムの凝集性を高めて、個別曲の個性と完成度まで保った。政治的に硬直だと思われる日本社会だが、そのなかには多様な声が共存し、特に今の時点ではその声が非常に切実に感じられる。年号も、年代も変わった今、もう希望を論じない時代である2020年の重たい扉を荒々しく開く大作だと考える。
おすすめ度:★★★★☆
元記事 (2020. 3. 4.)