クッキーと高校生
高校生の頃、文化祭の出し物で食品販売をしようという話になった。
とはいえ通信制高校でできることはたかが知れていて、クラスというのもあってないようなものだったので、その役目は生徒会が受け負っていた。
生徒会は基本人手不足だったので、そんな少人数でもたくさん作れて、火が通っていて、特別な技術がそこまで必要ないもの、という条件にうまく当てはまったのがクッキー。
活動人員たちからいつの間にか調理指揮担当に祭り上げられていた私の奮闘が、幕を開けた。
クッキーの材料はそこまで多くない。
ケーキマーガリンと卵、砂糖と薄力粉があれば基礎は完成。あとはなんでも入れてよい。なんでもは言い過ぎだが、チョコレートだのココアだのスライスアーモンドだのを入れたとして、もとの生地の計量さえきっちりしていればたいがいなんとかなる。
しかし、先のように「誰でも同じように作れるもの」としての条件を満たすためにはいささか工夫が必要だった。
家にあったレシピ本を参考に分量を増やしたり減らしたりして計算しやすくしたり、調理の手順書を作ったり。
それに加えて当日のスケジュールを組んで材料の注文、引き取り、備品のリストアップ。もはや調理に関係ないが文化祭のパンフレット制作。
この卒業制作でも実行委員をしているが、3年経ってもやることが変わっていない。ちょっと馬鹿みたいな話だ。
それでもやり始めるとそこそこ真剣に楽しんでしまうのが自分のよいところというか、都合のよいところである。
本来なら許されていないことを学校で、しかも合法で活動できるという、あのお祭りの前の非日常的な高揚にあてられやすいのかもしれない。
うちの高校は当時昼休み後の5,6限目を文化祭の枠に当てていたので、午前はふつうに授業があった。ただ期限までに規定の回数分出席していればどうスケジューリングして授業に出るかは完全に自由だったため、文化祭当日を丸々準備に使えるようにその前から出席回数の調整をしたりした。買い出しもほぼ全てに同行したうえ、販売は1種類で商品判別も何もないのに「チョコチップ」と書いてあるシールまで買って経費で落とした。
字に起こすとあまりにとんでもない熱の入れようだが、ほんとうにそれぐらい浮かれていた。
当日は早起きして朝から調理室にこもり、生地を混ぜては焼いて袋に詰めてを皆で延々と続けた。最初の方は非日常的な感覚を楽しみやいのやいの言いながら作っていた面々も、疲労と作業の繰り返しでどんどん口数が減ってゆく。最終的にはひたすら生地を混ぜるマシンのようになったころ、ようやく予定の枚数が出来上がった。
販売所はなぜか思っていた以上の賑わいで、無事にクッキーが売り切れたのを見て皆ほっと胸を撫で下ろした。
自分で作った食品を売って食べてもらう経験はきっと後にも先にもこれきりだろう。
だけれどあの隠し事めいた準備時間と後片付けのさみしさとを未だに思い出しては、バターの匂いに包まれた調理室に少しだけ戻りたくなる。