
アレルギー専門医が、積読チャンネル堀元さんの「パクチー食べると具合悪い」について考えてみた
※今回はいつもの更新とは違い、やや雑談に近い内容となります。
もともと読書が好きでして、本に関するYoutubeも多く見ています。
その中のひとつ、以前から拝見していた「積読チャンネル」。そこで今回紹介されていたのは
『アレルギー 私たちの体は世界の激変についていけない』
アレルギー | 検索 | 古本買取のバリューブックス (valuebooks.jp)
ちょうど専門分野。
実はこの本、我が家でも積読しています(ごめんなさい……)。まだ読んでなかったから丁度いいと思い動画を見ていたところ
堀元さん「台湾でパクチーを食べると具合が悪くなるんだよね」
(18分50秒~)
!?
ほんとに!?
なんと興味深い……!!
パクチー(コリアンダー)はセリ科のスパイス。日本におけるスパイスアレルギーは報告が非常に少ないはず……。
堀元さんは本物のパクチーのアレルギーなのか?
どうしても気になってしまったので、アレルギー専門医として、本気で考えてみました。
※本文では、アレルギーを、「IgEによって生じるⅠ型アレルギー反応」の意味で使っています。
どんな症状だったのか?
まずは症状の確認から。
動画を拝見すると、「急に具合が悪くなって貧血になった」というお話でした。
確定はできませんが、「食事中」もしくは「食後すぐ」に、「眼前暗黒感」などの「血圧低下」によると思われる症状が生じたのではないでしょうか。
この時に皮膚症状が出ていたか、もしくは呼吸器症状(咳・息苦しさ)や腹部症状(腹痛・嘔吐・下痢)があれば、アナフィラキシーと判断できます。
今回は主観的な評価であり、かつ、判断材料が少ないため、アナフィラキシーと診断はできません。
本当に原因はパクチーなのか?
次に考えるべきは、本当に原因はパクチーなのか?
「同じ食物に対しては、毎回同じ反応を生じる」のがアレルギーの原則です(例外はあります)。
しかし動画の中で、堀元さんは「日本でパクチーを食べた時は全然大丈夫だった」と仰っていました。
もし本当にパクチーが原因だとすると、日本で食べるパクチーにも反応するはず。
そのため、「パクチー料理」を食べて具合が悪くなったとしても、「パクチー以外のなにか」に対して反応していた可能性が否定できません。
パクチー以外にも、八角といったスパイスなど、台湾に特徴的な食品はあるでしょう。
(ちなみに八角はマツブサ科ですので、セリ科とは交叉しないと考えてよさそうです)
また、食べてから数時間~半日(長ければ1日)経過した後に、ようやくアレルギー症状を引き起こす食物がいくつか存在します。
ですので、もしかしたら、パクチーの前、もしくは更に前の食事が原因だったかもしれません。
もしくは単純に、「体調不良がたまたま台湾で出た」「食事に当たった」「たまたま具合悪くなった時に食べていたのがパクチーだった」可能性だってあります。
これ以上、この考察を深めるのは不可能なので、次に進みます。
パクチーが原因だったとして
ここからが本題。体調不良の原因=パクチーだった場合です。
2つの仮設が考えられます。
仮説A)パクチーの摂取量が多かった
特定の食物に反応する=アレルギー、ではありません。
動画でも紹介されていた、牛乳を飲んでお腹を下す「乳糖不耐症」は、牛乳を分解する酵素が少ないために症状が出ます。
また、薬理活性物質(仮性アレルゲン)というものもあります。食物の中にアレルギーを起こす物質そのものが貯留しており、これを食べるとアレルギーに似た症状が生じる、という反応です。
代表的な食品がサバです。サバは、常温で放置するとヒスタミンというアレルギー物質が貯留します。ヒスタミンが溜まったサバを食べれば、おそらく、誰でもアレルギー様症状が出るでしょう。
これらの反応は、摂取量に依存します(食べる量が多いと反応しやすくなります)。
アレルギーじゃなかったとしても、食べたパクチーの量があまりにも多かったために反応した可能性がある、ということですね。
仮説B)パクチーに対するアレルギーを持っている
ようやく本物の「パクチーアレルギー」説です。しかしここにも、2つの可能性があります。
B-1:パクチーそのものにアレルギーを有している
パクチーそのものに何度も接触していた場合、「感作が成立」していた可能性があります。「感作が成立」とは、ざっくり言うと「その物質に反応する経路が確立する」という意味です。
たとえば堀元さんが、
今までパクチーが好きで、頻繁に食べていた
パクチーを吸入していた
手が荒れた状態で、パクチー料理を頻繁に作っていた
パクチーに囲まれた環境に住んでいた
など、パクチーにしょっちゅう触れていた場合には、パクチーそのものにアレルギーを有している可能性があります(※感作の成立のしやすさには個人差があります)。
スパイス類の吸入を続けて喘息を発症した症例も報告されています。
堀元さんは喘息をお持ちとのことでしたので、もしこのパターンだった場合は、スパイス類の吸入で喘息症状が出現しないか注意が必要になるでしょう。
B-2:花粉症があり、その一環で反応した場合
花粉症を持っていると、特定の食物(特に果物)に対してアレルギーが出現する、という病態があります。これを花粉食物アレルギー症候群(Pollen-food allergy syndrome: PFAS)と呼びます。
モモやリンゴを食べると、口の中がイガイガする……という経験があるかもしれません。それです。
さて、パクチーは、セリ科コエンドロ属の植物です。
セリ科といえば、クミンやパセリ、フェンネルといったスパイスが属している科です。またセロリやニンジンもセリ科の野菜ですね。
これらのセリ科スパイスに対するアレルギーは、ヨモギ花粉やセリ科の野菜との交叉によって発症することが多く、ヨモギスパイス症候群、とも呼ばれています。
ヨモギ花粉は、東京では8~10月に飛散します。ヨモギは北海道から沖縄にかけて、日本には広く分布しています。ですので、北海道出身の堀元さんがヨモギ花粉症を持っていてもおかしくありません。
もし堀本さんがヨモギの花粉症を持っていたら、この説の可能性は上がりそうです。
結局、何なのか?
では結局、「パクチーを食べると具合が悪くなる」原因は何なんでしょう?
直接診察をしていないので、ただの一意見と考えてください。
個人的に、もっとも考えやすいのは
「パクチーに対する軽い過敏性or軽症のパクチーアレルギーを有していて、旅行という負荷がかかって発症した」
です。
「疲労」や「ストレス」が溜まった状態では、どんな症状も、通常より大きくなります(「どく」のような状態異常では、受けるダメージが大きくなるのと同じです)。
痛み止めの内服や、入浴、飲酒、運動なども、反応の出やすさに影響します。また、関連する花粉が飛んでいる時期は反応も出やすくなるので、季節も非常に重要です。
堀元さんが、どれぐらい疲れている状態で、どれぐらいの量のパクチーを食べたのか?いつ行ったのか?お酒を飲んでいたのか?
動画からは不明ですが、この辺りの条件が複数重なっていたら、症状が出てもおかしくないと思います。
次に可能性があるとしたら、仮説B-2のヨモギスパイス症候群。
いま、日本ではPFASの方が非常に増えています。アレルギー外来に来られる方だけではなく、一般診療の場でも「花粉症があって、果物アレルギーもあります」という方を多く拝見します。
ですので、堀元さんがヨモギ花粉症を持っていて、ヨモギスパイス症候群の一環として、パクチーを食べて具合が悪くなった可能性はあっても良いと思います。
ただ、スパイスアレルギーって本当に珍しいんです。
ヨモギスパイス症候群も、他のPFASと比べると少ない。
なので、「可能性としてはありそうだけど、検査してみないと分からない」(多分違うと思うけど、一応否定は必要だよね)という感じです。
あとは、「たまたま具合悪くなった時に食べていたのがパクチーだった」説です。
つまり、パクチーは全く関係なかった、というパターンですね。
これ、意外とあるんです……。特に海外で発症し、帰国後は何ともない患者さんに結構多く……確定診断をつけるのは非常に困難を極めます……。
診察していないので何とも言えませんが、以上が、いちアレルギー科医としての意見でした。
アレルギー診療に携わってる先生、もし見ておられましたら、ご意見を伺えますと幸いです。
最後に
アレルギーかどうかはさておき、非常にワクワクするお話でした。
堀元さん、もし診断が気になる場合はいつでも当院をご受診ください。
「一概には言えない」ことが多いかもしれませんが、我々アレルギー科医がお待ちしております。
また、積読チャンネルで「アレルギー」を取り上げていただき、ありがとうございました。
飯田さんが「一概には言えない」と仰るたびに、「そう!!!!」と頷きながら拝見しておりました。
これからも楽しみにしております。
それから、全国の医学生、先生方。
アレルギー科は、科としていまいち確立されていません。食物アレルギーなんて授業でも殆どやらないでしょうし、アレルギー(特に成人の食物アレルギー)を専門に見ている先生は全国にも殆どいないと思います。
しかし、こんなに面白いんです。
検査は地味だし、オペもないけど、患者さんの話と検査結果から原因が判明した時の達成感たるや!謎解きが好きな方、特にオススメです。
(というか困ってる患者さんが沢山おられるのに、診療できる先生が少なすぎて本当に困っています!!)
ぜひ一緒にアレルギーやりましょう。ご連絡、お待ちしております。
参考文献
・セリ科スパイスアレルギーの2例 原田晋ら アレルギー 56(12), 1515-1521, 2007
・Ebo DG, Bridts CH, Mertens MH, Stevens WJ. Coriander anaphylaxis in a spice grinder with undetected occupational allergy. Acta Clin Belg. 2006 May-Jun;61(3):152-6. doi: 10.1179/acb.2006.025.
・Manzanedo L, Blanco J, Fuentes M, Caballero ML, Moneo I. Anaphylactic reaction in a patient sensitized to coriander seed. Allergy. 2004 Mar;59(3):362-3. doi: 10.1111/j.1398-9995.2004.00189.x.