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「私、ぺ二シリンアレルギーです」に潜むリスクについて

こんにちは、あじさいです。
今回は、たまに外来で言われるこの台詞、「私、ペニシリンアレルギーなんです」について考えてみます。



本当にペニシリンアレルギーなのか?

ペニシリンは、抗生剤の1つです。
軽症から重症、飲み薬から点滴まで、様々な病気の方に、色々な形で使われます。
この台詞を聞いた時、私たちが最初に考えるのは、「この人は、本当にアレルギーなのかな?」ということです。

患者さんの言っていることを疑っているわけではありません。
ですが、「自分がペニシリンアレルギーを持っている」と申告した人のうち、本当にペニシリンアレルギーだった方は、わずか10~20%だった、というデータもあります(1)。
ですので、「ペニシリンアレルギーだ」と言われた場合、私達はまず最初に「本物かな?」と考えてしまうのです。


なぜペニシリンのアレルギーだと思いやすいのか?

「ペニシリンアレルギーだと思うきっかけは、何だったんですか?」
外来で伺うと、答えは様々です。

「この薬を飲むと、必ず具合が悪くなるから」
「お腹がゆるくなるから」
「前に飲んだ時に、体にブツブツが出たから」
「全身の皮膚が剥けて入院したから」

なるほど。
1つずつ考えてみましょう。

まず、ペニシリンを処方されるような状況は、大体具合が悪い時です。抗生剤は、効き始めるまでタイムラグがあります(抗生剤を飲んでも、すぐには効きません)。
そのタイムラグの間に、もともとの病気(体調不良)が進行しただけかもしれません。

また、抗生剤を飲むと、一定の割合で下痢が出ます。
これを、抗菌薬関連下痢症と呼びます。
腸管内の菌のバランスが崩れてしまうために生じるもので、薬の中止で治まるものもあれば、重症化してしまうことも。
薬そのものの作用で一時的に下痢をしただけで、アレルギーではありません。

そして、これが一番厄介なのですが、体調が悪いとそれだけで発疹が出てしまうことがあります。
これを「中毒疹」と呼びます。
(毎回発疹が出るわけではなく、これも、ややこしくなる原因の1つです)

さらに、具合が悪い状況では、複数の薬が処方されることが一般的です。
例えば肺炎の場合、「抗生剤+咳止め+痰切り+解熱剤」などが出されます。
薬を何種類も飲んでいる中で、「絶対に抗生剤が原因だ!」と言い切れるでしょうか?
確かに、抗生剤は、アレルギーが出やすい薬です。
しかし、他の薬でアレルギーが出ることもあります。検査をしていなければ、抗生剤=原因と確定するのは不可能です。

ちなみに、「全身の皮膚がべろべろに剥けた」「アナフィラキシーショックになった」と言われた場合は、ほぼ間違いなく「本物のアレルギーだろうな」と考えています。


ペニシリンアレルギーでも、そうじゃなくても、どっちでもよくない?

こんなお話を外来ですると、時々
「でも先生、ペニシリンアレルギーだったとしても、別によくないですか?違うお薬がありますよね?」
と言われることがあります。

確かに、替えの薬がないわけではないです。
が、あまりにリスクが高い!

たとえば、替えの薬では効果が不十分の可能性があります。
最終的には命に関わってしまう……なんてことも。

また、替えの薬として「広く効く薬」を使うことで、その菌が耐性菌となってしまう可能性があります。
これを続けていくと、「どんな薬も効かない菌」が誕生してしまいます。
既に、薬剤耐性に直接起因する世界の死者は、2025年から2050年までの累計で3900万人を超す可能性がある、というデータも出てきています(2)。
ものすごい人数ですよね。
そのため、なるべく、その菌にあった薬を使いたいのです。

また、特に現在は流通の関係で、薬が本当に手に入りにくくなっています。
使える薬の種類は、多いに越したことはありません!


じゃあ、どうすればいいの?

このように、アレルギーじゃない物を、誤ってアレルギーだと思っていることは、よくあります。
適切に検査を行い、「この薬はアレルギーじゃないね」「安全に使えるね」と判定することを、「デラベリング」と呼びます。
この、デラベリングを行いましょう。

まずは、その時生じたアレルギーが
アナフィラキシータイプ(Ⅰ型アレルギー)」なのか
皮疹タイプ(Ⅳ型アレルギー)」なのか
他のタイプなのか、を考えていく必要があります。

アナフィラキシータイプ(Ⅰ型アレルギー)だった場合は、まずは皮膚のプリックテストを行います。
こちらは、比較的リスクの低い検査です。
これで陰性だった場合、チャレンジテスト(内服負荷テスト)に進みます。
ただしリスクが高く(アナフィラキシーの危険があります)、入院が必要になることから、全員が行うわけではありません。

皮疹タイプ(Ⅳ型アレルギー)だった場合には、まずはDLST(薬剤誘発性リンパ球刺激試験)という採血検査を行います。
結果が出るまでに数週間かかる場合があること、偽陰性や偽陽性が出ること……などのデメリットはありますが、採血だけで済むので、とにかくリスクが少ないです。
陰性の場合には、パッチテストに進みます。
汗をかく時期(夏)には出来ないという大きなデメリットはありますが、有意義な結果を得られることの多い検査です。
これでも陰性だった場合には、チャレンジテスト(内服負荷テスト)まで行うことがあります。
ちなみに、皮疹タイプの重症型だった方には、パッチテストやチャレンジテストは行いません。

また、どちらのタイプだったとしても、確定診断までは、1か月程度はかかることが多いです。

他のタイプだった場合(下痢だけ、頭痛だけ、等)の場合は、病歴を参考に、どこまで検査を推奨するか判断しています。


本当に、検査までしなきゃだめ?

これが一番悩ましい質問です。
検査をするには、時間もお金もかかります。仕事が忙しくて通院できない、などの状況もあるでしょう。
そもそも、これらの検査ができる病院も医師も、多くはありません。

たとえば、滅多に抗生剤を使わない若い方方であれば、いま無理して検査しなくても良いかもしれません。
ただ、病気をお持ちで、今後も抗生剤を使う必要がある方であれば、診断(デラベリング)の重要度は上がります。

「検査をすべきかどうかは、その人による」としか言えないのです。

とはいえ、具合が悪い時には、検査はできません。
なので、個人的には「あの時検査をしていれば……」と後悔するよりは、元気なうちに検査をしておく方が良いのでは?と思っています。


おわりに

年に数回は、外来でこのような話をしています。自分が診察していないだけで、このような方は潜在的には多くいらっしゃるんだろうな、と思う毎日です。
先日も、ちょうど同じような方を拝見したので、この記事を記載しました。
必要な方のお役に立てますように。

今回もお読みいただき、ありがとうございました!


参考文献
(1)The rational clinical examination. Is this patient allergic to penicillin? An evidence-based analysis of the likelihood of penicillin allergy, JAMA. 2001 May 16;285(19):2498-505.
(2)GBD 2021 Antimicrobial Resistance Collaborators. Global burden of bacterial antimicrobial resistance 1990-2021: a systematic analysis with forecasts to 2050. Lancet. 2024 Sep 28;404(10459):1199-1226.
1)Erica S Shenoy et al.,Evaluation and Management of Penicillin Allergy: A Review, JAMA, 321 (2), 188-199 2019 Jan 15